小田島久恵のクラシック鑑賞日記 

クラシックのコンサート、リサイタル、オペラ等の鑑賞日記です

佐藤美枝子&西村悟 デュオ・リサイタル (3/20)

2020-03-22 11:48:39 | クラシック音楽

みなとみらいホールで行われたソプラノ歌手・佐藤美枝子さんとテノール歌手・西村悟さんのデュオ・リサイタルを聴く。13時30分スタートだったが、時間を間違えて13時50分頃にホールに到着してしまい、冒頭の日本の歌4曲は聴くことができなかった。武満徹「小さな空」は今聴きたい曲だったので無念。トークと歌による構成で、佐藤さんがコンクールで西村さんの審査をしたエピソードなどが楽しく語られた。佐藤さんも西村さんもテンポよくお話がとてもうまい。
リサイタルで歌手の伴奏をされるのは初めてだというピアニストの松本和将さんが、ブラームスの間奏曲op.118-2を弾かれたが、その前日にオペラシティでアンドラーシュ・シフが弾いた同じ曲だったので「あっ」と思った。声楽家の表現する音楽と、ピアニストが表現する音楽は、同じ音楽でありながらコミュニケーションの「性質」が違う。松本さんのブラームスが内省的で哲学的で、シフと通じるものがあったから気づいた。「身体が楽器」である歌手の方々は、内に秘めた力を客席にむかって太陽のように放つ。佐藤さんが歌うカンツォーネ「勿忘草」が、ホールの大きさを超えて空間の外側にまで拡がっていく凄い感覚があった。西村さんの「グラナダ」も、誠実で明るいエネルギーに溢れていて「そういえば、西村さんもパヴァロッティも天秤座のアーティストだな」と愛されるテノールの共通点を考えたりした。「オー・ソレ・ミオ」はお二人のデュエットで、輝かしいソプラノとテノールの歌声が空間を満たした。

 政府から外出自粛のアナウンスがあった休日だったため、客席は「オペラのゲネプロより少し多いくらい」。この状況で渾身のパフォーマンスを披露してくれるお二人が有難く思われた。歌手の生命力、ポジティヴな精神、どんなときもブレない強い信念を感じたリサイタルでもあった。客席がステージの音を吸わないので、サウンドのひとつひとつが異様なほどはっきりと聴こえた。後半一曲目は『椿姫』から「乾杯の歌」と、ヴィオレッタの1幕の長尺のアリアで、佐藤さんの一音も粗末にしないドラマティックで透明な声に改めて度肝を抜かれた。歌手は、その日のリサイタルがどういう条件であれ、24時間自分の人生に責任を持って生きている。この事態になって、歌う人、踊る人から毎回凄い活力をもらっているが、歌もダンスも、伝統に対して敬意をもって厳密に演じなければならない厳しい世界だ。プロになる過程で、さまざまなダメ出しや、悪意すれすれの凹む言葉を浴びる。「それでも」自分を信じて舞台を勝ち取った人の音楽には、決して消えない炎のようなまぶしさを感じる。パフォーマーの内側の魂が輝いている。佐藤さんの声が、正統派でありながら「個性的だ」とも思った。過去に聴いた佐藤さんのルチアやジルダもそうだったが、迷いなく危険に向かって飛び込んでいく勇敢さと鋭さがある。「何も怖いものはない!」というパワーの根源には、芸術と自分の生き方への信頼があるのだ。

「生きる!」という一途で真剣な思いを持たなければ負けなのかも知れない。自分や自分をめぐる状況に不満をもって、嘆いてばかりいても時間の無駄だ。「あなたはどう生きたいの?」と問われている気がした。もうだいぶ前から佐藤さんは、佐藤さんの生きる道を選んで、引き返せないその道を真剣に進んできた。
厳しい生き方だが、声が与えてくれるものはとても優しく温かい。バーンスタインの「キャンディード」からクネゴンデが歌う「着飾ってきらびやかに」は予想外のハイライトで、朱赤の花のようなゴージャスなミニ丈のドレスをお召しになり、難しい音程のクレイジーな歌を聴かせた。佐藤さんのクネゴンデは初めて聴いたが、以前リリースされたCDには収録されていたそうである。崇高さとサービス精神が共存しているのが、歌手という人たちの面白いところだ。

西村さんもバーンスタインを歌われた。『ウエストサイドストーリー』からの「マリア」はロマンティックで、西村さんは「愛し愛される才能」に優れたアイドル体質の男性なのではないかと思われた。レパートリーはベルカントから「ラインの黄金」のローゲまで幅広く、「今度はどんな表情を見せてくれるのか」と楽しみになる。性格は芸術家の力だ。無口で意地悪な歌手を…そんな歌手は少ないと思うが…応援しようとするのは正直なところ努力がいる。みなとみらいは遠いが、1月のジャパン・アーツさんの新年会でこのコンサートへの抱負を語ってくれた西村さんが、本番の舞台で頑張っている姿を見たくてやってきた。

アンコールの『メリー・ウィドウ』のデュエットのあとに、佐藤さんが歌われた「見上げてごらん夜の星を」は聖母マリアの祈りの歌だった。佐藤さんがこの世界にいることが有難く、この特殊な状況下で多くの人々が聞くことのできなかったこのリサイタルの大きな価値を思った。いずれ、通常のコンサートが行われるようになっても、今日と同じように楽しむと思うが、「内側から生きる」「今あるものを材料に何とか生きる」というアイデアをこれほど感じることはなかったと思う。西村さんと佐藤さんという新鮮な組み合わせも最高だった。



 


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