小田島久恵のクラシック鑑賞日記 

クラシックのコンサート、リサイタル、オペラ等の鑑賞日記です

LFJ2024③ カンティクム・ノーヴム アンサンブル・オブシディエンヌ

2024-05-12 10:57:04 | クラシック音楽
ラ・フォル・ジュルネ2024のテーマは「オリジン」で、音楽のあらゆる原型をおさらいするという壮大なテーマだったので、採り上げられる作曲家も多岐にわたり、一瞬テーマのことを忘れる瞬間もあったが、このふたつの音楽グループは紛れもない「オリジン」だった。

カンティクム・ノーヴムは地中海沿岸の伝統楽器アンサンブルで「キリスト教世界と東洋世界が出会う地中海地方の音楽と、西欧の音楽を自在に融合させる器楽・声楽演奏」をする8人組だが、西洋的な要素よりもエキゾティックな色彩がだいぶ濃厚で、譜面にどう書いてあるのか想像できない、微分音をふんだんに駆使したメロディが奏でられる。それぞれのパートには「歌」「ウード」「カーヌーン」「ニッケルハルバ」「フィドーラ」「笛」「パーカッション」など記されている。紅一点の女性が優しい歌を歌い、男性たちの多くも歌うが、日本の「謡」にも通じる懐かしさがあり、楽器の響きには我々の遠い先祖たちが、もともと同じ大陸にいた痕跡(!)が感じられる。時を超えた音楽であり、この演奏会のタイトルの「Afsaneアフサネ」はペルシャ語で「伝説」という意味、ギターの先祖にあたるウードという楽器を広めたジルヤーブ(8世紀末~9世紀)の伝説を出発点にして組まれたプログラムであった。

曲はトルコのもの、シリアのもの、オスマン帝国の音楽が並び、西洋音楽に親しんだ耳には不快にも感じられるかも知れないが、個人的には好みのタイプで、こうした音楽に拒絶感を示す人は逆に「耳がよすぎる」のだろう。煙のようにたゆたうメロディは「香り」にも似て、音楽を香りに置換して楽しむというやり方で、すごく堪能した。実際に、彼らからはお香のようないい香りがしたのだ。演奏家たち、ふだんはどんなライフスタイルなのだろう。吟遊詩人の魂をもつ音楽家たちは、非文明的な生活をしているようにも見え、違う次元を生きている存在のようでもあった。

彼ら同様、もうひとつどうしても聴きたいグループがアンサンブル・オブシディエンヌで、ともに2019年の「ボヤージュ」がテーマの年に来日し、その年の1~2月にはナントの音楽祭でも演奏を聴いていた。カンティクム・ノーヴムもアンサンブル・オブシディエンヌも、遥か昔の音楽を奏でているが、西洋音楽ゴリゴリでないところが私に合っていると見立てていただいたのか、彼らに直接取材したり、レクチャーの司会を務めさせてもらったこともあった。
アンサンブル・オブシディエンヌはフランス中世の音楽をやる集団で、メンバーは5人だが、とにかく楽器が多い。一人で何種類もの楽器を担当するが、ずらりと並んだ管楽器にはとても珍しいものもあり、小さなシタール風の弦楽器も含め、タピスリーなどの古い図案を参考にして「どのような音が出るのかは分からないが」自分たちで制作して音を出すのだと教えてくれた。

「当時の恋歌は、まだ見ぬ貴婦人への憧れを詩人が歌うというものでした」とリーダーのリュドヴィック・モンテが語り、「野生のナイチンゲールを真似て歌います」「愛の喜び、楽しさ、安らぎ、そして勇気の歌」「とても愛しています」といったタイトルの歌が、これも採譜が難しそうな音程とリズムで歌われる。「追放または十字軍の歌」「アダン・ド・ラ・アル(13世紀の作曲家)の歌」「アルフォンソ10世の歌」などが続く。

アンサンブル・オブシディエンヌも、初めて聴いた瞬間が忘れられない。魂が反応し、海の底に沈んだものが浮き上がってきたような幻想的な感慨に包まれた。この日もみんなが現代の人には見えず、風のように軽やかに「すべての時代をトリップしている存在」に見えた。2019年には、ジャーナリストとアーティストが同じレストランで食事をしていたので、そこで通訳さんを交えて色々話をしたこともあったが、近くで見る音楽家たちは服装も独特で、現代的な欲とは無縁の妖精のような人々に見えたのだった。

アンサンブル・オブシディエンヌの古いフランスの歌は、ラ・フォル・ジュルネでしか聴けないもので、この音楽祭がフランスの歴史を伝えるものでもあることを考えさせられる。ある意味、フランス・プロモーション的な要素もあるのかも知れないが、そういう言葉を使うよりやはりもっとピュアな表現を選びたくなる。

ラ・フォル・ジュルネは日本では東京のみの開催になったが、一時期は金沢、新潟、鳥栖などでも開催されていた。ラ・フォル・ジュルネの名を冠した音楽祭になると、フランスのアーティストがメインになり、ある程度のコストがかかる。金沢に関しては、何年か前にルネ・マルタンは「彼らは我々の音楽祭からノウハウを学んで、彼ら独自のことをやるためらに別れた。セ・ラ・ヴィだね」と語っていた。政治的なことは分からないが、ラ・フォル・ジュルネとして開催するには、大変なことも多いのだろう。それゆえに、今回のこの二団体との再会は、大変貴重に感じられた。地中海とフランスの歴史を音楽で体感し、それがとてもユニバーサルなバイヴレーションを放っていることに改めて気づかされた。




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