雲のたまてばこ~ゆうすげびとに捧げる詩とひとりごと

窓の雨つぶのような、高原のヒグラシの声のような、青春の日々の大切な箱の中の詩を、ゆうすげびとに捧げます

喫茶ルノアール傘袋事件

2011年06月13日 | ポエム



 喫茶ルノアール 傘袋事件

 先日、久しぶりに東京を訪ね、若い頃、その中の目白店を利用していた系列の喫茶ルノワールを見つけ、まだ続いていたのかと驚いた。雨の日にデパートやショッピングモールを利用すると、入り口に細長い筒状のビニールの傘袋が置いてある。傘の雫で店内が濡れないようにする配慮だ。その傘袋を見ると、いつも思い出す、喫茶ルノワール目白店でのエピソードがある。
 当時の私は、美大の浪人で、同じ高校から同じ美大予備校に通う、仲良し3人組で行動を共にしていた。今は知らないが、当時の美大の浪人生といえば、もともとジーンズにTシャツ、素足にサンダル、いかにも不潔な長髪というラフな格好の上に、服や顔や掌や腕や足には、デッサンで使った木炭の炭や、絵の具がついていて、テレピン油の匂いも染み付いていた。おおよその喫茶ルノワールの客筋とはあきらかに違っていて、そんな我々に対しても、変わらぬ態度で接客してくれた店員も、今思うと、おそらく内心は舌打ちしていたであろう。そこは、我々も少しは常識を働かせ、まずもっともお客さんが少ない時間帯に出没するのである。そしてコーヒーを飲み干した後も席を立たず、可能な限り粘る。すると、今は知らないが、当時の喫茶ルノワール目白店では、頼んでもいない昆布茶のサービスがあった。我々の少しの常識でもってさえも、そのサービスの昆布茶が「そろそろ出てくださいね」というお店側の意思表示であることは理解出来た。しかし我々の方は、最初から一杯のコーヒー+昆布茶を飲むつもりで、たっぷり時間があるときにのみ、喫茶ルノワールに踏み込むのだ。
 ある雨の日の、とてもとても暇だった我々3人は、喫茶ルノワール目白店に入った。入り口に傘立てはなく、各自の傘は、そこに置かれている傘袋に収納し、各テーブルに持ち込むシステムになっていた。
 その日は、雨脚が強く、3人の傘から滴り落ちた雨水は、たよりないビニールの傘袋にたっぷりとたまっていた。
 例によって時を過ごし、昆布茶をいただいた我々は、入り口のレジでお金をはらった。
 我々と入れ替わるように、ちゃんとした身なりの、中年の男女十数人のグループが入店して来た。
 3人の最後にコーヒー代を払った私が、出口に向かったとき、最初に支払いを済ませていたT君が入り口を背に、私とK君に身体を向けながら、傘から傘袋をはずすのがわかった。
 「あーっ」と思うのと同時に、私ともう一人のK君は、何食わぬ顔をして、小走りで店を出た。
 T君は、何を思ったか、何も考えなかったのか、傘からはずした傘袋をその勢いで、ブンと一回振り回してしまったのだ。
 ビニールが破れぬか思う程、たっぷりとたまっていた雨水は、レジ付近で店員の案内を、図らずも一列になって待っていた中年グループのほぼ全員とレジ機のあるカウンターをうまい具合に一列に襲ったと、その後T君に聞いた。
 T君を見捨て、いっしょに謝らなかった我々3人の友情は、それ位でひび割れることも無かった。

(2011.6.13)
 




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