雲のたまてばこ~ゆうすげびとに捧げる詩とひとりごと

窓の雨つぶのような、高原のヒグラシの声のような、青春の日々の大切な箱の中の詩を、ゆうすげびとに捧げます

私が人に卒煙を勧める理由

2014年01月25日 | エッセイ

 私が卒煙を人に勧める理由


 立場が変われば、人間って自分勝手だなあと思う機会はたくさんあるが、飲食店で近くの席の人が煙草を吸うことを迷惑だと感じるときもその一つだ。
 私はかつて30年間に渡って、煙草を1日30本は吸っていたヘビースモーカーだったからだ。煙草の受動喫煙が問題視され分煙化が進むようになってからは、さすがに飲食店や公衆の場での喫煙は控えるようになったが、それまでは周りの迷惑に全くの無頓着であった。ところが卒煙をして数年すると、やたらと煙草の匂いに敏感になった。コーヒーや蕎麦など、香りを楽しみたい店で煙草の煙の匂いがしてくると途端に幸せな気分が台無しになり、喫煙している人の無神経に腹が立ってくるのだ。以前の自分がどれだけ周りにいた家族・友人・知人・赤の他人に迷惑をかけて来たのだと今更ながら身の縮まる思いである。
 私が今この文章を書いている目的は、読者の中の喫煙者に卒煙を勧ることが第一。周りの喫煙者に卒煙を勧めたいと思っている人がいたら、卒煙を勧める際の参考になればよいと考えることが第二だ。30年間ヘビースモーカーだった私が、自分の断煙の経験を踏まえて、可能な限り多くの人に断煙を勧めることは私の義務であり、そのことで少しでも喫煙者だった頃の罪滅ぼしが出来ればと考えている。
 私が積極的に人に卒煙を勧める理由は、確かに禁煙することには苦しい時期があるが、それを乗り越え卒煙した前と後のビフォー・アフターを比較すると、アフターの良い点ばかりで何一つ悪い点が無いと自分自身が強く感じているからである。
 また私が喫煙をしていた頃に、私に卒煙を勧めてくれた人が3人いたが、そのときは少し煙たい話しだと内心思ったことも事実だが、卒煙をすることが出来た後は、その3人に対して心から感謝しているからだ。
 もちろん私は、私の周りで煙草を吸うすべての人に対して、卒煙を呼び掛ける訳ではない。身近で、ある程度の信頼関係があり、この人には長生きして欲しいと思う人に対して、卒煙の話をするのだ。実際、現時点で私が卒煙を呼び掛けた人は数人に限られている。だからより多くの人に目を通して頂けるブログでいつかは卒煙の話しをしたいと思っていたのだ。
 禁煙のマイナス面でよく耳にすることが、体重が増えること。確かに朝起きてからのムカムカした気分が無くなり爽快な朝を迎えるようになると、朝食がさらに美味しい。また口寂しいので、煙草の代わりにあめ玉やガムなどを口にするために、それが体重増加の原因になっているようだ。でも断煙と体重増加は別問題で、少々の体重増を補って余りあるプラス面があると私は考える。
 では、煙草を止めて良かったことは何だろう。具体的に上げてみると、まず喫煙によって誘発される様々な疾患に対するリスクが減った。今更と思う年配の方もおられるかもしれないが、何歳であっても今日断煙すれば、明日断煙するよりリスクが減るそうだ。
 副流煙で起きる周りの人への健康被害が無くなった。年々禁煙ゾーンが増えて、旅先などで喫煙場所が見つかる迄イライラしながら探しまわる必要がない。部屋や車の中、服や髪の毛の臭い匂いも無くなった。自らPM2.5を吐き出していた訳で、地球環境にもいい。朝からの吐き気や、喉の不快感、痰が減った。爽快な気分で朝を迎えられることだけでも何と言う大きな幸せだろう。
 そしてさらに、今や1箱400円以上する煙草の価格。1日30本以上吸っていた私が今も煙草を吸っていたら、月に平均1000本吸っていたとして、月50箱2万円。1年間で24万円は煙となって消えていたことになる。毎年豪華な家族旅行が出来そうだ。
 喫煙者で、この文章をここまで読んで下さった方は、たぶん心の底では煙草を止めたいと思っている方です。もう煙草は十分。煙草を卒業しませんか?いいことばかり。ただ喫煙していた当時の私の月に1万数千円はかかっていた煙草代は、吸わなくなった今何処に行ったのだろうと時々とても不思議になる。(2014.1.24)

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