放菴日記抄(ブログ)

これまでの放菴特集・日記抄から「日記」を独立。
流動的な日常のあれこれを書き綴ります。

角館ー花巻紀行(南部風鈴)

2019年03月11日 00時50分09秒 | あんなこと、こんなこと、やっちゃいました

 花巻楽しかった。けど、もう離れなければならない。
 午後を廻っている。暗くなる前に仙台に戻りたい。
 とか言いながら、相変わらず高速(東北道)には乗らず県道をひたすら南下する。

 みんな何となく迷っていた。
 まっすぐ仙台に帰るとその分早く休日は終わってしまう。家に着けばいつもの日常が始まるだけ。それは何だか勿体無いような気がする。

 どっか寄ってく?
 長男が「えさし藤原の郷は?」と提案。そこは前回訪れたものの時間切れでお土産屋さんしか見ていない所。
 「んー、どうかなぁ。」
 すかさず次男も提案。
 「花巻に引き返そう!」
 「なんでやねん!」即却下。
 
 「あのお」「何?」「行きたいところがあるんだけど」実はさっきから思っているところがある。そこは夏にしか見れない、聴けないところ。
 「どこ?」
 すばやく地形を見る。ここは岩手の県道13号線。南下中だから左手に東北道と国道4号線が並走しているはず。道路案内表示はこの道が江釣子に向かっていることを示している。
 「JR水沢駅。」
 「へぇ?」みんな不思議そうな顔をする。
 それは今しか聴けない音。夏にしか聴けない。
 「今しか聴けないものって、何?」
 「風鈴。」
 「風鈴、って・・・。」
 風鈴のために「えさし藤原の郷」案を排除すんのかよ、と信じられない顔の長男。
 BELAちゃんが言い添えてくれた。
 「南部鉄器だよね?」
 「そうそう。」
 すごいんだよ。何がって、数が!
 県道をくねくね南進する。時々国道に出くわしたり、また脇道いったり。途中、旧仙台藩の領地に入ったらしく、一里塚も残っていた。

 やがてJR水沢駅に到着。げげ、有料駐車場しかない。しかも駅の裏側。地下道をくぐるしかないか。
 その時、かすかだけど風鈴の音が聞こえてきた。
 せわしく激しく鳴っている。煌めきながらぶつかり合いながら、キラキラキラキラ鳴り響いている。
 
 30年くらい昔、学生だった僕は各駅停車の車窓から風鈴を聴いている。
 たしか盛岡から仙台に帰る途中だっと思う。お金がない時分、おそらく青春18きっぷでも買ったか、そうでなくても途中まで電車賃を浮かすために各駅車両に乗ったか、今となっては思い出せないけれど、盛岡駅をはじめ他の駅でも南部鉄器の風鈴が激しく激しく煌めくようなするどい音でいっぱいだったのを覚えている。
 
 この激しさは、鬼剣舞そのものだ。
 剣を打ち鳴らしまたは切り結び、鼓舞し鼓舞し鼓舞し続ける。
 底には火山の国でもある激しい情緒が脈打っていて、なれなれしく近付こうものならたちまち全身剣で刻まれる。その音は荒々しく、熱く、重い。
 南部鉄器の風鈴一つだけならば、むしろ涼やかで、透きとおった音をだす。それが無数に集まるとこうも荒々しくなるものかと不思議である。
 
 地下道をくぐって、駅の表側に出る。改札口に入場きっぷを持っていくと、駅員さんに不思議な顔をされた。
 「どちらまで?」
 「どちらにも行きません。ただ風鈴を聴きに来ました。」
 すまして答えると、駅員さんは訝るような目をして、それでも黙って切符にハサミを入れてくれた。
 
 構内に出るときは、まるで大海へ泳ぎだすような気持ちだった。無限の音の大海へ。
 見上げれば半畳ほどの編み棚に風鈴をこれでもかとぶら下げて、それが構内のあちこちに設置されている。相当な数である。 
 駅のホームに風鈴を吊るすなんて、よく考えたなぁ。
 なぜって? それはホラ、あれ見て。
 列車がホームに入ってくる時、どうっと風も入ってくる。すると風鈴は一斉に激しくキラキラキラキラ鳴り響く。そして短冊もまるで花吹雪のようにちらちらと激しく舞うのである。
 もとを質せば金属のぶつかる音である。それが純度の高い鉄だから高音域がすごい。のびやかで強い響き。空気の波動があたりいちめんに乱反射している。
 まさしく天然のハイレゾ音域。それこそ「半端ない」。
 
 音も一つ一つの風鈴で違う。
 松傘風鈴の錆びたような高音から、お鈴を想わせるような凜とした音まで、さまざま。作家さんの制作方法の違いだけではなく、きっと個性もあるのだろう。音の洪水に浸るのもいいが、一つ一つ音色を聞き分けながら歩くのも楽しい。
 
 ついでに渡り廊下を登り、向こうのホームへと渡った。
 こちらも剣舞の嵐。会話に支障が出るくらいに激しく鋭く音がぶつかりあう。
 また列車がきた。
 風がホームいっぱいに吹き込み、風鈴は激しく激しく鳴り響く。

 ふと遠くの改札口の駅員さんと目があった。
 だいじょうぶ、列車には乗らないよ(これは銀河ステーションには行かないのだろう?)。

 けれど、そろそろ行かなきゃ。

 旅の最後に風鈴を聞けてよかった。まだ耳朶にしびれるような音が残っている。
 もう東北道に乗ってしまおう。楽しかったよ。

 雨もあがり、また猛暑の日差しにもどりつつあった。 

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