お早うございます。
今朝はお詫びからスタートします。
昨日の記事で使った写真について、「スノーフレーク」ではないかとのご指摘を頂きました。
インターネットによれば、「鈴蘭とスノーフレーク(鈴蘭水仙)とよく間違うが、花弁の縁に緑がついているのがスノーフレーク」とありました。
早朝に行って参りましたところ、今年は多くは咲いておりませんでしたが、花弁の縁に緑がありましたので、ほぼスノーフレークではないかとの思いに到りました。
公園管理者はまだ出勤しておりませんでしたので、後日確認します。
まずはお詫びいたしますと共に、いろいろなご示唆・ご指導に感謝していたします。
ここからは記事が異なり、知人の交通事故の話です。
東京の近郊都市でスナックのママさんをしている友人が、昨年の秋頃、追突事故に遭った。
救急で担ぎ込まれたはA病院では、「追突による頸部の捻挫」という診断だったようだ。
(診断書の具体的な記述内容は確認していない)
ところが何ヶ月治療しても、身体の不快感は治らなかったようで、年末には、発熱するに到ったというのだ。
悩みに悩んだ末、やむを得ず病院を変えて診察したところ、「頸椎の捻挫」のほか「胸骨が圧迫骨折している」との診断がなされたようだ。
脊椎の上から11番目が、圧迫骨折していたというのだ。
あらためて加害者側との話し合いがなされることになったのだが、間に入った保険会社は、「事故の後遺症」として処理したい意向だったようだ。
A病院も、「追突による頸部捻挫」とした診断書の手前もあり、「後遺症扱い」が好ましい。
そのような思惑があったので、A病院は、当初診断書の「頸部捻挫」にこだわり、診断書の書き替えには応じようとはしないらしい。
保険会社も「後遺症として扱っても、金銭的には同じように処理するので」と言いながら、「胸骨の圧迫骨折」を後遺症としたいいこうなのだそうだ。
つまり、病院も当初の診断誤りを認めたくないし、保険会社も既定の処理方針を変えたくないようなのだ。(そのほかにどのような思惑があるか、私には見えない)
知人は大いに困り、「どうしたものだろうか」、と電話をしてきたのだ。
彼女の気持ちとしては、賠償保障に関する経済側面が保証されるのであれば、「腑に落ちないが、圧迫骨折を後遺症として処理してもやむを得ないか」、という線で妥協しかかっていた。
スナックという客商売柄、トラブルの表面化を避けたいという本音もあるようなのだ。
私には納得のいかない話だった。
早く問題処理をしたい知人の気持ちは理解できる。
しかし、「誤診」を「後遺症」として処理しようとするA病院は許せないし、「もう一度整理し直すのは社内処理上煩わしい」と思っているらしい保険会社も許せなかった。
彼らには、もっとほかに、事故の際の「圧迫骨折」を後遺症とするメリットがあるのかも知れないが、素人の私には知るよしもない。
「複雑にしないためには、元に戻って、事実に基づいた整理が肝要ではないか」
「たとえ金銭的に差異がなくとも、病院の当初診断書の書き替えを求め、根っこから整理し直した方がいい」
これが私のアドバイスだった。
経験からくる生活の知恵は、時間の消費や感情のもつれなどを避けるため、小細工で処理したがる。
しかしそれは事実を歪めることにもなり、後日に火種を残すことになりかねない。
時間を惜しまず、事実を事実として根っこから整理し、一歩一歩処理するにしくはない。
知人も納得し、「根っこの整理をし直すことから始めたい」と言ってくれた。
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