■ザ・チェーン連鎖誘拐/エイドリアン・マッキンティ 2020.8.3
設定が面白い 『ザ・チェーン連鎖誘拐』。
いよいよ犯人に迫る。
「第二部 迷宮にひそむ怪物」 へ進む。
怪物は、どんな顔をしているか。
チェーンの創設者を想像する。
どんな邪悪な人物だろうか。
どのように毎日を生きているのか。
早く会ってみたい。 アリアドネの糸を手繰れ!
「できないのはわかってるでしょ」
自分たちが鏡を通りぬけて、悪夢が現実になる世界へ踏み込んでしまったことは、誰にも話すわけにいかない。
問題はそこではない。地下室へおりたことだ。おかげでカイリーもアミーリアの監禁に協力してしまった。被害者でありながら加害者になってしまった。ほかのみんなと同じように。被害者にして共犯者。それが<チェーン>のやり口だ。人をさんざん苦しめてから、こんどは共犯者にして他人を苦しめるのだ。
これで娘も誘拐の共犯者になってしまった。レイチェルは悔しさと怒りを覚える。
「やる。もう突き進むしかないんだから」彼女は答える。
だが、実際は“突き進むしかない”なんて生やさしいものではない。もはやマクベス夫人を全開にするしかない。それを演じ、信じ、なりきるしか。ピートのため、自分のため、カイリーのために----家族の命が危険にさらされているのだ。
レイチェルはラップトップを閉じ、窓の外の闇を見つめる。
「ようし、やってやる」夜の闇に向かってそうささやく。
「やろうよ」
「なぜ?」
「何もしなかったら絶対に終わらないから。<チェーン>はカイリーをじわじわ殺してるし、いまもまだそこにいて、あたしたちにつきまとって、あたしたちのことを憶えてるし、ほかの家族や、母親や、子供たちをひっぱりこんでるから」
「まるで<チェーン>に命があるみたいな言い方だな」
「あるんだってば。<チェーン>は数日ごとに人間の生贄を要求する怪物なの」
レイチェルは自分のブログを見にいく。コメント欄への新着通知がある。“匿名さん”から。画面を下へスクロールしてコメントを読む。
“やつらに見られる前にブログを削除しろ。 《ボストン・グローブ》 の個人広告欄に注意していろ”とある。
<チェーン>とは、人間のもっとも大切な感情----愛する力----を利用して金を儲ける残酷な手口だ。そんな手口は、親子愛もきょうだい愛も、ロマンチックな愛も存在しない世界では通用しない。そんなものを自己の目的のために利用できるのは、愛情が欠如しているか愛情を理解できない社会病質者だけだ。
愛のおかげで、アリアドネとテセウスは解放されたのだ。
そしてボルヘスの物語では、ミノタウロスも。
講師のひとりは、“内面へと向かう道は謎に満ちている”というドイツの詩人ノヴァーリスの言葉を引用する。ジンジャーはその言葉が気に入る。自分もいつかそんな内面の旅をして、自分はなぜこのような人間なのかという根源の理由にたどりつきたいものだと思う。だが、それは自分がひとりで行う旅だ。精神科医になど、自分の過去や頭の中の考えを打ち明けるつもりはない。
セックスは重要だ。それはオリーも頭では分かっている。
オリーはそれを科学と数学で理解している。だが、それでもセックスは予測不可能のカードであり、愛は----まずいことに----もっと予測不可能のカードだ。
解説で、書評家 杉江松恋氏は、たびたび「マッキンティは私の好みとしては少し書きすぎるところがある。エンターテイメント作家たろうとして、ちょっとサービスしすぎなのだ。」と述べている。
ぼくも、多少それを感じた。さて、みなさんはどうでしょうか。
<チェーン>の運営者は、身代金で集めた大金を何に使ったとあなたは思いますか。
想像してみて下さい。
「折角集めた大金なのに」と思ったのは、ぼくだけでしょうか。
あなたなら、使い切れない大金が転がり込んできたら、何に使いますか。
『 ザ・チェーン連鎖誘拐(上・下)/エイドリアン・マッキンティ/鈴木恵訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
設定が面白い 『ザ・チェーン連鎖誘拐』。
いよいよ犯人に迫る。
「第二部 迷宮にひそむ怪物」 へ進む。
怪物は、どんな顔をしているか。
チェーンの創設者を想像する。
どんな邪悪な人物だろうか。
どのように毎日を生きているのか。
早く会ってみたい。 アリアドネの糸を手繰れ!
「できないのはわかってるでしょ」
自分たちが鏡を通りぬけて、悪夢が現実になる世界へ踏み込んでしまったことは、誰にも話すわけにいかない。
問題はそこではない。地下室へおりたことだ。おかげでカイリーもアミーリアの監禁に協力してしまった。被害者でありながら加害者になってしまった。ほかのみんなと同じように。被害者にして共犯者。それが<チェーン>のやり口だ。人をさんざん苦しめてから、こんどは共犯者にして他人を苦しめるのだ。
これで娘も誘拐の共犯者になってしまった。レイチェルは悔しさと怒りを覚える。
「やる。もう突き進むしかないんだから」彼女は答える。
だが、実際は“突き進むしかない”なんて生やさしいものではない。もはやマクベス夫人を全開にするしかない。それを演じ、信じ、なりきるしか。ピートのため、自分のため、カイリーのために----家族の命が危険にさらされているのだ。
レイチェルはラップトップを閉じ、窓の外の闇を見つめる。
「ようし、やってやる」夜の闇に向かってそうささやく。
「やろうよ」
「なぜ?」
「何もしなかったら絶対に終わらないから。<チェーン>はカイリーをじわじわ殺してるし、いまもまだそこにいて、あたしたちにつきまとって、あたしたちのことを憶えてるし、ほかの家族や、母親や、子供たちをひっぱりこんでるから」
「まるで<チェーン>に命があるみたいな言い方だな」
「あるんだってば。<チェーン>は数日ごとに人間の生贄を要求する怪物なの」
レイチェルは自分のブログを見にいく。コメント欄への新着通知がある。“匿名さん”から。画面を下へスクロールしてコメントを読む。
“やつらに見られる前にブログを削除しろ。 《ボストン・グローブ》 の個人広告欄に注意していろ”とある。
<チェーン>とは、人間のもっとも大切な感情----愛する力----を利用して金を儲ける残酷な手口だ。そんな手口は、親子愛もきょうだい愛も、ロマンチックな愛も存在しない世界では通用しない。そんなものを自己の目的のために利用できるのは、愛情が欠如しているか愛情を理解できない社会病質者だけだ。
愛のおかげで、アリアドネとテセウスは解放されたのだ。
そしてボルヘスの物語では、ミノタウロスも。
講師のひとりは、“内面へと向かう道は謎に満ちている”というドイツの詩人ノヴァーリスの言葉を引用する。ジンジャーはその言葉が気に入る。自分もいつかそんな内面の旅をして、自分はなぜこのような人間なのかという根源の理由にたどりつきたいものだと思う。だが、それは自分がひとりで行う旅だ。精神科医になど、自分の過去や頭の中の考えを打ち明けるつもりはない。
セックスは重要だ。それはオリーも頭では分かっている。
オリーはそれを科学と数学で理解している。だが、それでもセックスは予測不可能のカードであり、愛は----まずいことに----もっと予測不可能のカードだ。
解説で、書評家 杉江松恋氏は、たびたび「マッキンティは私の好みとしては少し書きすぎるところがある。エンターテイメント作家たろうとして、ちょっとサービスしすぎなのだ。」と述べている。
ぼくも、多少それを感じた。さて、みなさんはどうでしょうか。
<チェーン>の運営者は、身代金で集めた大金を何に使ったとあなたは思いますか。
想像してみて下さい。
「折角集めた大金なのに」と思ったのは、ぼくだけでしょうか。
あなたなら、使い切れない大金が転がり込んできたら、何に使いますか。
『 ザ・チェーン連鎖誘拐(上・下)/エイドリアン・マッキンティ/鈴木恵訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
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