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「黒いトランク」 本格ものの古典を一冊

2017年08月08日 | もう一冊読んでみた
黒いトランク/鮎川哲也  2017.8.8

ミステリ国の人々』(有栖川有栖)紹介の古典、その2は、本格ものより 鮎川哲也作 『黒いトランク』 です。

  親しき友よ、健在なれ。

ミステリ国の人々』(有栖川有栖)の紹介文。

 『黒いトランク』は精密にできているから、ぼーっと読み流すと筋が判らなくなる小説で、ある程度の集中を要求されるが、そんなことは映画やドラマでもよくあるし、登場人物がいっぱい出てくる小説よりはずっと読みやすい。
 青春の傷みを感じながら執念の捜査を見せる鬼貫は、物静かで粘り強く、ストイックな中年刑事だ。戦前、満洲の国際都巾ハルビンの警察に奉職していた時の上司はロシア人で、彼はロシア語ができる。クラシック音楽とココアを愛し、くたびれたリアリズムの刑事とは無縁。
 スマートな伊達男に描かれているのに、私はこんなカッコいい警部を他に知らない。世界のどこへ持って行っても通用する<名探偵>だ。
 何故こんなカッコいいのかと言えば、取りも直さず解明するトリックの出来映えが素晴らしいからだ。彼が相対するのは偽装アリバイなので、事件はいつも計画殺人である。ここが大きなポイントだ。


ぼくは、本格ものの古典の一冊として、この「黒いトランク」を選びました。

 大体が若松市は石炭債出しの人足と仲仕の多いところだから、これまであった犯罪の大部分は彼等のきったはったの刃傷沙汰で、その動機にしても、女に閔する怨恨が酒のちからで爆発するという単純なものだけに、ある意味では底のあさい陽性な事件が犯罪統計のほとんどを占めていた。したがって、相手の屍体をトランク詰めにして送りだしたこの事件は、他の都会では決して珍しくないありふれた出来事かもしれないが、若松署にとっては、外科専門の医者のもとに精神病者がつれこまれたようなものであり、署長もおどろくことこそしなかったけれど、些かとまどいを感じたのは事実である。

 流れのふちの小道にあらわれては、またすぐに横路にかくれてしまうこの町の住人も、燃えつきようとする残り火がいぶるに似て、ただ息をひそめて生きているように思える。白秋がこの廃市を、『水郷柳河はさながら水に浮いた灰色の柩である』といったのも、今にしてよく理解できた気持だった。梅田はそっと首すじをのばして、鍵の手にまがった旅舎のやねを見上げた。『その屋根に薊の咲きほうけた古い旅籠屋などに、ほんの商用向の旅人ぐらいが殆ど泊ったけはいも見せないで立って了う』という一節をおもいおこしたからである。だが、今の季節に薊の生えているはずもなく、やねの横の電線にかかった奴凧が、肩をいからせて力んでいるきりだった。

 予はめかけという商売も好かぬが、このカツという名も嫌いだ。力行と夕行のかたい発音が、男まさりの勝気な女を思わせる。果して予感あやまたず、多少じめじめした場所なるもその構えは妾宅に相違なく、出てきた女もめかけであるに違いない。しかしこの眼がつり上ったきんきん声のヒステリ面に旦那氏は如何なるよさを発見しているのだろうか。タデ喰う虫も好き好きとはいえ、ダンナの気持は解らない。否、彼が雇傭契約を締結したのは決して享楽のためではなく、精神修養を目的としたものであるかもしれぬ。心頭を滅却すれば、希代の醜女も亦絶世の佳人と化する可能性はある。心頭を滅却する修練をつむには、ヒステリ面をながめて弁天と錯覚するよう努めればよろしかろう。ともあれ人を知らずして人を批判すべきではない。

この「黒いトランク」の舞台となった時代は、戦後まもない昭和20年代後半です。
その雰囲気を感じさせる部分を、少々長い引用になりましたが載せました。
この物語が漂わせているユーモアも感じ取って下さい。

省線、所構わず煙草を吹かす、夜行電車など昭和のなっかしさが随所にみられます。

  夜行電車 準急長崎行き 2025(列車番号)
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     東京発  23:50
     広島   23:09
     岩国   0:31
     徳山   2:24
     小郡   3:33
     下関   6:10
     門司   6:20
     長崎着 14:08
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こんな味な時代もあったのですねえ。

   『 黒いトランク/鮎川哲也/創元推理文庫 』


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