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天使と嘘  わたしが愛する人はみんな死ぬ。

2022年02月21日 | もう一冊読んでみた
天使と嘘(上・下)/マイケル・ロボサム  2022.2.21

天使と嘘(上・下) 』 を読みました。

たたみ掛けるように話が進み、下巻後半から、物語は俄然面白くなります。

最後の「宗教に関する冗談」には笑ってしまった。
どのよう内容なのかは、本書をご一読あれ。



 「さっき見ただろう? 人が嘘をつくとわかるんだ。“真実の魔術師”だよ----おまえがそう書いていたじゃないか」
 「まさかあの論文を読んだのか」
 「ああ隅から隅まで」
 わたしは眉をひそめる。「書いたのは八年前だぞ」
 「公開されている」
 「それに、真実の魔術師などいないというのが結論だった」
 「いや、おまえはこう書いていたよ。人口のごくわずかだけ----五百人にひとりくらいの割合で----存在し、特にすぐれた者は八十パーセントの的中率を誇る。感情にも左右されず、対象への知識不足も物ともせずにその技術を大きく伸ばせる者、より確度の高い者もいる、とも書いてあった」


 「イーヴィは一度も話していないのか、自分の身に----つまり、その家のなかで何が起こったかを」
 「話してない。本人によると、過去も家族も記憶もないらしい」
 「目をそらしているんだ」
 「かもな。そして嘘をつき、ぼかす。煙幕を張って、誤った方向へ導く。あの子は悪夢そのものだ」
 「真実の魔術師だとは思わない」わたしは言う。
 「わかったよ」


 悪口を言われても気にならないのは、どの職員よりもあたし自身が自分にきつくあたってるからだ。ここまであたしのことをきらってる人はいない。自分の体がきらいだ。自分の考えもきらい。あたしは醜くて、ばかで、穢れている。欠陥品だ。あたしを必要とする人なんか、この先も現れない。
 悪い子は吠える。悪い子は笑う。悪い子は勝つ。


 また長い沈黙がおり、やがてレニーがため息とともに肩をあげて落とす。「この世界には、正真正銘のろくでなしが野放しになっているのよ、サイラス。そしてその一部は天使の仲間だと思われている。

 「問題が起こったの」
 「これまでの経験によると、問題を訴えてくる人間は、いつだって自分の問題を押しつけようとするんだ」
 「力を貸して」


 沈黙がひろがる。亀裂が生じたのではなく、履き古したスリッパや大好きなセーターのように、慣れ親しんだ心地よいものだ。レニーと出会ったのは、わたしが十三歳のときだった。レニーは二十代半ばぐらいだった。それからずっとレニーはわたしの最大の支援者であり、最も手きびしい批評家であり、養母であり、容赦のないおばであり、友人であり、共鳴する同志であり、いちばんの理解者である。

 ジョディがこの会話を聞いているかも知れないと思っているかのように、マギーは目を天井へ向ける。 「神に怒りをぶつけてもかまわないとパトリック神父はおっしゃいます。怒りというものは、どうすることもできない状況や理解が及ばない事態に対するごく自然な反応だとのことでした。いまでも納得できません。ジョディがこんな目に遭うのはおかしい。わたしが遭うのもおかしいです。走ることができなくなったら歩けばいい、とパトリック神父はおっしゃいます。歩けなければ這えばいい、這うのも無理なら仰向けになって天を見上げ、キリストに助けを求めればいいと」

 人は聖書にかけて、真実を、すべての真実を、真実のみを述べるなんて誓うけど、そんなの寝言もいいところだ。だれだって嘘をつく。弁護士。ソーシャルワーカー。カウンセラー。医者。里親。ティーンエイジャー。子供。人はみんなそう。呼吸し、食べ、飲み、そして嘘をつく。

 見え見えの嘘がいちばんわかりやすい。そうじゃない嘘はうまく隠されてるか、真実に近すぎて境界線がぼやけてる。自分勝手な嘘もある。誇張したり、合成したり、和らげたり、ただだまってたり。いいと思ってつく嘘もある。人はたいしたことじゃないと思って嘘をつく。真実を話したら収拾がつかなくなるとか、真実は都合が悪いとか、期待を裏切りたくないとかで、嘘を言うこともある。ほんとうだとどうしても信じたいからってときも。あたしはそういう嘘を全部訊いたことがある。そして全部言ったことがある。

 イーヴィは驚くほど冷たい目でこちらを見て、わたしのなかの何かを打ち砕く。彼女のなかで何かが欠けていると感じたのははじめてではない----欠損と言うべきか、遅滞と言うべきか。これほど徹底したニヒリストにはお目にかかったことがない。まるで、何もかも否定しようとする自己嫌悪にまみれて育った新しい人種で、かつて見えていたであろう自愛の心もそのせいで破滅させられたかのようだ。イーヴィの頭と心のなかでは、自分は歩いている地面や吸っている空気を汚す存在だ。彼女のあらゆる強さ、あらゆる知的能力が、世界を憎まなくてはならないと自分自身に告げている。世界に破壊される前に、自分が世界を粉々に打ち砕かなくてはならない、と。

 「じゃあ、きみのほんとうの名前を教えてくれ。それくらいは教えてくれてもいいだろう」
 「言えない」
 「どうして?」
 「わたしが愛する人はみんな死ぬ。あなたをそうさせたくない


    『 天使と嘘(上・下)/マイケル・ロボサム/越前敏也訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』

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