■木挽町のあだ討ち 2023.10.23
「人を見下す野郎だって、いずれ焼かれて骨になる」
永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』を読みました。
面白かった。
木挽町での菊之助のあだ討ちは、相成った。
そのあだ討ちの顛末を、芝居小屋を訊ね執拗に聞いて回っている男がいる。
その詳しい素性も訊ねる理由も定かではない。
読みながら、違和感を感じる。
菊之助の仇討ちの部分は、早々に語られる。
しかし、その二年後、菊之助の知り合いという武士が木挽町に現れ、仇討ちの話をいろいろ聞いて回る。
話を聞いたのは、次の人々。彼らは、つれづれに自らの人生についても語るのだった。
一八 遊郭の幇間から芝居小屋の木戸芸者に転身した男。
立師の与三郎 江戸住まいの御徒士の三男坊。
芳澤ほたる 隠亡の米吉爺さんに育てられた衣装係。
阿吽の久蔵 小道具職人。その妻お与根。
篠田金治 戯作者。旗本の放蕩息子。
俺は森田座だけじゃなく、中村座やら市村座にも顔を出す。しかしあの頃はどうにも絹之介が気になって森田座に入り浸っていた。
「小屋にばかりいないで、机にかじりついてでもとっとといい本を書かねえか」
って、大看板の旦那たちに叱られたりもしたけれど、それでも小屋に居座っていた。
そうやって菊之助を見ていると、木戸芸者の一八だけじゃねえ。立師の与三郎やら衣装部屋のほたるやら、小道具の久蔵夫婦までもが、菊之助、菊之助ってあいつを可愛かっている。
俺も含めてこの悪所に集うやつらはみんな、世の理ってやつから見放されて、はじき出されて転がり込んで、ようやっとここに落ち着いた連中だ。それが、まだ武士の理を引きずりながら仇討を立てているあいつに、どういうわけか心惹かれていく。
それはあいつが、苦悩しているのが分かるからだ。
何せ辛さも割り切れなさも人一倍知ってる連中だから、あいつを救ってやりたくて仕方ねえ。そこには、武士も町人もねえ。あるのは情だけだ。
江戸にやって来て芝居小屋に居ついてからというもの、それまでの己が如何に世間を知らなかったのか思い知らされるばかりだった。国元では、武士の他は出入りの商人と領民の数人と会うほかは、異なる出自の人に会うことは稀であった。だがこうして芝居小屋にいると身上もそれぞれに違う。一八さんは吉原生まれの元幇間。与三郎さんは元御徒士。ほたるさんは隠亡に育てられたみなしごで、久蔵さんは職人。金治さんは元旗本。それ以外にも役者や絵師も武士とは全く違う生まれ育ちだし、お客たちも物乞いのようななりをした人から御大名のように豊かな町人たちまで様々だ。
作兵衛も江戸は初めて来たのだろう。私と同じように世間の広さを思い知ったのかもしれない。さすれば小さな我が家の為に命を賭すことなど嫌になっても仕方ない。賭場で儲けて金回りが良くなれば、この江戸ならば幾らでも生きる道はある。
私は元より作兵衛を殺したくないのだ。このまま仇討など止めよう。
しかし、残された母上はどうなるだろうと考えると、やはり討たねばと思う。堂々めぐりとはこのことだ。同じ問いを自らに投げ、答えはいつも違う。
今思えば、仇討に立った時の私は幼かった。父上への敬慕があればこそ、見えなかったものもある。だが父上もまた、一人の人として苦しんでおられた。
それが今は分かる。もし今少し私を信じ、胸の内を語って下さっていたら。恥を忍んで、周りに助けを求めて下さっていたら。私か木挽町の方々に助けられたように、救う道があったかもしれないと、思わずにはいられない。
『 木挽町のあだ討ち/永井紗耶子/新潮社 』
「人を見下す野郎だって、いずれ焼かれて骨になる」
永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』を読みました。
面白かった。
木挽町での菊之助のあだ討ちは、相成った。
そのあだ討ちの顛末を、芝居小屋を訊ね執拗に聞いて回っている男がいる。
その詳しい素性も訊ねる理由も定かではない。
読みながら、違和感を感じる。
菊之助の仇討ちの部分は、早々に語られる。
しかし、その二年後、菊之助の知り合いという武士が木挽町に現れ、仇討ちの話をいろいろ聞いて回る。
話を聞いたのは、次の人々。彼らは、つれづれに自らの人生についても語るのだった。
一八 遊郭の幇間から芝居小屋の木戸芸者に転身した男。
立師の与三郎 江戸住まいの御徒士の三男坊。
芳澤ほたる 隠亡の米吉爺さんに育てられた衣装係。
阿吽の久蔵 小道具職人。その妻お与根。
篠田金治 戯作者。旗本の放蕩息子。
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俺は森田座だけじゃなく、中村座やら市村座にも顔を出す。しかしあの頃はどうにも絹之介が気になって森田座に入り浸っていた。
「小屋にばかりいないで、机にかじりついてでもとっとといい本を書かねえか」
って、大看板の旦那たちに叱られたりもしたけれど、それでも小屋に居座っていた。
そうやって菊之助を見ていると、木戸芸者の一八だけじゃねえ。立師の与三郎やら衣装部屋のほたるやら、小道具の久蔵夫婦までもが、菊之助、菊之助ってあいつを可愛かっている。
俺も含めてこの悪所に集うやつらはみんな、世の理ってやつから見放されて、はじき出されて転がり込んで、ようやっとここに落ち着いた連中だ。それが、まだ武士の理を引きずりながら仇討を立てているあいつに、どういうわけか心惹かれていく。
それはあいつが、苦悩しているのが分かるからだ。
何せ辛さも割り切れなさも人一倍知ってる連中だから、あいつを救ってやりたくて仕方ねえ。そこには、武士も町人もねえ。あるのは情だけだ。
江戸にやって来て芝居小屋に居ついてからというもの、それまでの己が如何に世間を知らなかったのか思い知らされるばかりだった。国元では、武士の他は出入りの商人と領民の数人と会うほかは、異なる出自の人に会うことは稀であった。だがこうして芝居小屋にいると身上もそれぞれに違う。一八さんは吉原生まれの元幇間。与三郎さんは元御徒士。ほたるさんは隠亡に育てられたみなしごで、久蔵さんは職人。金治さんは元旗本。それ以外にも役者や絵師も武士とは全く違う生まれ育ちだし、お客たちも物乞いのようななりをした人から御大名のように豊かな町人たちまで様々だ。
作兵衛も江戸は初めて来たのだろう。私と同じように世間の広さを思い知ったのかもしれない。さすれば小さな我が家の為に命を賭すことなど嫌になっても仕方ない。賭場で儲けて金回りが良くなれば、この江戸ならば幾らでも生きる道はある。
私は元より作兵衛を殺したくないのだ。このまま仇討など止めよう。
しかし、残された母上はどうなるだろうと考えると、やはり討たねばと思う。堂々めぐりとはこのことだ。同じ問いを自らに投げ、答えはいつも違う。
今思えば、仇討に立った時の私は幼かった。父上への敬慕があればこそ、見えなかったものもある。だが父上もまた、一人の人として苦しんでおられた。
それが今は分かる。もし今少し私を信じ、胸の内を語って下さっていたら。恥を忍んで、周りに助けを求めて下さっていたら。私か木挽町の方々に助けられたように、救う道があったかもしれないと、思わずにはいられない。
『 木挽町のあだ討ち/永井紗耶子/新潮社 』
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