■ザ・チェーン連鎖誘拐(上)/エイドリアン・マッキンティ 2020.7.27
『ザ・チェーン連鎖誘拐』 設定がおもしろい。
こう都合良く、次の連鎖が見つかるものか疑問だが、それは物語。
結構、夢中になれます。
誘拐された娘本人とわが子を誘拐された母親の気持ちは違う。
誘拐された娘は、母の気持ちが分かったとしても、自分と同じ被害者になった子供の恐怖を考えると、モンスターとなった母を複雑な気持ちで見つめるだろう。
さて、チェーンの創設者だ。
どんな邪悪な人物だろうか。
どのように毎日を過ごしているのか。
早く会ってみたい。 アリアドネの糸を手繰れ!
「五分後に、レイチェル、おまえに生涯でもっとも重要な電話がかかってくる。車を路肩に停める必要がある。落ち着いている必要がある。詳細な指示があるはずだ。バッテリーが充分にあることと、指示を書きとめるためのペンと紙があることを確かめろ。簡単な指示だと言うつもりはない。これからの毎日はきわめて困難なものになるだろう。だが、<チェーン>はおまえに、かならず最期までやり遂げさせるはずだ」
あらゆる悪の根源には退屈と恐怖がある----キルケゴールはそう述べているが、<チェーン>の背後にいる悪党どもが望むのは金を集めることであり、恐れるのは全体を停止させかねない個人だ。
泣きたい気分だが、もう泣き尽くしてしまった。心が石になってしまった。ジブラルタルの岩山に。またあの考えがよみがえる----昨日のレイチェルは死んだ。いまのあたしはマクベス夫人のように、とうの昔に涙が涸れ果て、別人になってしまった。
あんたの堕落はめまいがするほど急速だ。檻に閉じこめられたまま地獄へ落下している。だから事態は悪化する一方だ。どんどん悪化する。まずは癌で、次が離婚、それから娘が誘拐され、こんどは自分がモンスターになってしまった。
「そんなシステムをもし使っていたら、ヘレンなんかいかにもSNSで自慢しそうだけど、ひと言も書いてないよ」レイチェルはそう言い、自分の辛辣さに自分で驚く。人は自分が不正を働いた相手を憎む、というタキトゥスの言葉を思い出す。
人はわが子が危険にさらされて初めて真の恐怖を知る。死ぬことなど、わが身に起こる最悪のできごとではない。わが身に起こる最悪のできごとは、わが子にまちがいが起こることだ。子供を持つと人はたちまち大人になる。不条理とは、この世界に意味があってほしいという願望と、意味をみつけることの不可能性とのあいだに生じる、存在論的なずれだ。わが子をさらわれた親には味わっていられない贅沢だ。
絶対とは言えない。どうしょう。でも、“完璧”は、“充分”の敵だとヴォルテールも戒めている。
息を大きく吸って吐き、また吸って吐く。人生とは、意味も目的もなく降りつもる“いま”の連続だ。あまたいる哲学者のなかで、ショーペンハゥアーだけがそれを正しく理解していた。
「まあ、きっとうまくいくさ」
「でも、たとえ何もかもうまくいったとしても、やっぱりものすごく悲惨なことになる」彼女はみじめな気分でそう答える。
マットレスに横になる。寒い。寝袋にはいり、カメラから見えないところまでもぐりこむ。
そうしていると安心する。
あのふたりに見えないって、すごいことだ。アニメの《ルーニー・テューンズ》でダフィー・ダックがよくやるごまかしと同じ。おれにおまえが見えなけりゃ、おまえは存在しない。
「だいじょうぶ。自然に解決するから」継母はよくそう言ったものだ。たしかにそのとおりだった。問題というのはたいてい自然に解決する。継母自身も最終的にはもちろん解決された。
空は灰色になり、西に不吉な黒雲が現れる。雨は歓迎だ。誰も犬を散歩させたり、余計な詮索をしたりしなくなる。
ピートは四十歳になったばかりだが、すでに二度離婚している。もちろん彼の知るほぼ全員が同じ問題に直面しているが、下士官はことにひどい。最期の海外勤務で一緒だったマクグラース軍曹など、四回も離婚している。
『 ザ・チェーン連鎖誘拐(上・下)/エイドリアン・マッキンティ/鈴木恵訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
『ザ・チェーン連鎖誘拐』 設定がおもしろい。
こう都合良く、次の連鎖が見つかるものか疑問だが、それは物語。
結構、夢中になれます。
誘拐された娘本人とわが子を誘拐された母親の気持ちは違う。
誘拐された娘は、母の気持ちが分かったとしても、自分と同じ被害者になった子供の恐怖を考えると、モンスターとなった母を複雑な気持ちで見つめるだろう。
さて、チェーンの創設者だ。
どんな邪悪な人物だろうか。
どのように毎日を過ごしているのか。
早く会ってみたい。 アリアドネの糸を手繰れ!
「五分後に、レイチェル、おまえに生涯でもっとも重要な電話がかかってくる。車を路肩に停める必要がある。落ち着いている必要がある。詳細な指示があるはずだ。バッテリーが充分にあることと、指示を書きとめるためのペンと紙があることを確かめろ。簡単な指示だと言うつもりはない。これからの毎日はきわめて困難なものになるだろう。だが、<チェーン>はおまえに、かならず最期までやり遂げさせるはずだ」
あらゆる悪の根源には退屈と恐怖がある----キルケゴールはそう述べているが、<チェーン>の背後にいる悪党どもが望むのは金を集めることであり、恐れるのは全体を停止させかねない個人だ。
泣きたい気分だが、もう泣き尽くしてしまった。心が石になってしまった。ジブラルタルの岩山に。またあの考えがよみがえる----昨日のレイチェルは死んだ。いまのあたしはマクベス夫人のように、とうの昔に涙が涸れ果て、別人になってしまった。
あんたの堕落はめまいがするほど急速だ。檻に閉じこめられたまま地獄へ落下している。だから事態は悪化する一方だ。どんどん悪化する。まずは癌で、次が離婚、それから娘が誘拐され、こんどは自分がモンスターになってしまった。
「そんなシステムをもし使っていたら、ヘレンなんかいかにもSNSで自慢しそうだけど、ひと言も書いてないよ」レイチェルはそう言い、自分の辛辣さに自分で驚く。人は自分が不正を働いた相手を憎む、というタキトゥスの言葉を思い出す。
人はわが子が危険にさらされて初めて真の恐怖を知る。死ぬことなど、わが身に起こる最悪のできごとではない。わが身に起こる最悪のできごとは、わが子にまちがいが起こることだ。子供を持つと人はたちまち大人になる。不条理とは、この世界に意味があってほしいという願望と、意味をみつけることの不可能性とのあいだに生じる、存在論的なずれだ。わが子をさらわれた親には味わっていられない贅沢だ。
絶対とは言えない。どうしょう。でも、“完璧”は、“充分”の敵だとヴォルテールも戒めている。
息を大きく吸って吐き、また吸って吐く。人生とは、意味も目的もなく降りつもる“いま”の連続だ。あまたいる哲学者のなかで、ショーペンハゥアーだけがそれを正しく理解していた。
「まあ、きっとうまくいくさ」
「でも、たとえ何もかもうまくいったとしても、やっぱりものすごく悲惨なことになる」彼女はみじめな気分でそう答える。
マットレスに横になる。寒い。寝袋にはいり、カメラから見えないところまでもぐりこむ。
そうしていると安心する。
あのふたりに見えないって、すごいことだ。アニメの《ルーニー・テューンズ》でダフィー・ダックがよくやるごまかしと同じ。おれにおまえが見えなけりゃ、おまえは存在しない。
「だいじょうぶ。自然に解決するから」継母はよくそう言ったものだ。たしかにそのとおりだった。問題というのはたいてい自然に解決する。継母自身も最終的にはもちろん解決された。
空は灰色になり、西に不吉な黒雲が現れる。雨は歓迎だ。誰も犬を散歩させたり、余計な詮索をしたりしなくなる。
ピートは四十歳になったばかりだが、すでに二度離婚している。もちろん彼の知るほぼ全員が同じ問題に直面しているが、下士官はことにひどい。最期の海外勤務で一緒だったマクグラース軍曹など、四回も離婚している。
『 ザ・チェーン連鎖誘拐(上・下)/エイドリアン・マッキンティ/鈴木恵訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
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