■爆弾 2022.8.3
呉勝浩 『 爆弾 』 を読みました。
1ページびっしりと文字で埋め尽くされていると、この歳では読む前に疲れを感じる。
会話文があるとほっと出来る。
それもウイットに富んだ楽しい会話なら、さらに読む気力も増す。
p425、頑張ってたどり着きました。流石に疲れた。
「ふつうの人間、ですか」
「そう。名前も顔も知らなくても、この社会をいっしょに回してる仲間だって思える人間はいるんだ。無愛想な宅配のニイちゃんだろうと、公園で鳩にエサやってるおっさんだろうと」
長い警察官人生のなかで骨身にしみた教訓は、「救いようのない者はいる」だ。被害者も加害者も、救えない点ではかわらない。
「警察官はみんなそう。長くやっていると、必ず悔いが残る事件に当たる。それでつぶれちゃ駄目だし、開き直るのも駄目。運がなかったって思いつつ、でも運を手繰り寄せるために訓練とかして、がんばらなくちゃって、そう思わないとね」
「工夫も要ります」無口さんがぼつりともらし、「そうそう、根性だけじゃな」と班長が気さくに応じた。
「他人の本音なんて、知らないほうがいいんです。隠しておくべきだ。見て見ないふりが正しい。そのほうが幸せなことってたくさんあるでしょ? だって人は、ひとり残らず汚い部分をもっています。身勝手な支配欲、嫉妬、破壊衝動。ぜんぶ、当たり前にもっています。そんなの、いちいち見抜いてたらコミュニケーションなんて無理だ。大昔なら、ちょっとした諍いが命の取り合いにもなったでしょうし、つまりそういう力って、じつは生存に、これっぽっちも向いてない」
「スズキに、そんなふざけた力があると?」
「たんに勘が良いだけかもしれませんがね。聞くところでは、脳みその前頭葉皮質が肥大した人間は相手の心情や思考を読む才に長けているんですってね」
「こっちはウエルカムなのに?」
「残念です。いつだって想いは一方通行と決まっています。求める場合も、求められる場合も」
「ああ、ふざけてる」
そう答えながら等々力は、やはり波立たないおのれの心に直面していた。この動画に感化されるのは底なしの馬鹿だけだ。九九パーセント以上の人間がくだらないと唾棄するはずだ。そして怒りを覚えるだろう。爆弾事件を知ってる者は恐れも抱くにちがいない。
そのどれもが、等々力に当てはまらない。ただ、なるほど、と感じている。なるほどな、と。
何が「なるほど」なのか、自分でもわからなかった。わかるのは、これがまともな思考でないことだけだ。
「そろそろやらない? 《九つの尻尾》」
「刑事さんとはしませんよ。嘘つき相手じゃ、あれは意味がないですからね」
「おれが嘘つき? 心外だなあ。正直一筋で生きているつもりだけどね」
「ええ、そうなんだろうと思います。刑事さんは、だから嘘をつくんです。自分に正直な人間ほど、平気で他人を騙せますから」
「なかなか、含蓄のある台詞だね」
「昔から、周りの人間が馬鹿に見えて仕方なかったんでしょ?」
すっとスズキが、牙を剥いた。
『 爆弾/呉勝浩/講談社 』
呉勝浩 『 爆弾 』 を読みました。
1ページびっしりと文字で埋め尽くされていると、この歳では読む前に疲れを感じる。
会話文があるとほっと出来る。
それもウイットに富んだ楽しい会話なら、さらに読む気力も増す。
p425、頑張ってたどり着きました。流石に疲れた。
「ふつうの人間、ですか」
「そう。名前も顔も知らなくても、この社会をいっしょに回してる仲間だって思える人間はいるんだ。無愛想な宅配のニイちゃんだろうと、公園で鳩にエサやってるおっさんだろうと」
長い警察官人生のなかで骨身にしみた教訓は、「救いようのない者はいる」だ。被害者も加害者も、救えない点ではかわらない。
「警察官はみんなそう。長くやっていると、必ず悔いが残る事件に当たる。それでつぶれちゃ駄目だし、開き直るのも駄目。運がなかったって思いつつ、でも運を手繰り寄せるために訓練とかして、がんばらなくちゃって、そう思わないとね」
「工夫も要ります」無口さんがぼつりともらし、「そうそう、根性だけじゃな」と班長が気さくに応じた。
「他人の本音なんて、知らないほうがいいんです。隠しておくべきだ。見て見ないふりが正しい。そのほうが幸せなことってたくさんあるでしょ? だって人は、ひとり残らず汚い部分をもっています。身勝手な支配欲、嫉妬、破壊衝動。ぜんぶ、当たり前にもっています。そんなの、いちいち見抜いてたらコミュニケーションなんて無理だ。大昔なら、ちょっとした諍いが命の取り合いにもなったでしょうし、つまりそういう力って、じつは生存に、これっぽっちも向いてない」
「スズキに、そんなふざけた力があると?」
「たんに勘が良いだけかもしれませんがね。聞くところでは、脳みその前頭葉皮質が肥大した人間は相手の心情や思考を読む才に長けているんですってね」
「こっちはウエルカムなのに?」
「残念です。いつだって想いは一方通行と決まっています。求める場合も、求められる場合も」
「ああ、ふざけてる」
そう答えながら等々力は、やはり波立たないおのれの心に直面していた。この動画に感化されるのは底なしの馬鹿だけだ。九九パーセント以上の人間がくだらないと唾棄するはずだ。そして怒りを覚えるだろう。爆弾事件を知ってる者は恐れも抱くにちがいない。
そのどれもが、等々力に当てはまらない。ただ、なるほど、と感じている。なるほどな、と。
何が「なるほど」なのか、自分でもわからなかった。わかるのは、これがまともな思考でないことだけだ。
「そろそろやらない? 《九つの尻尾》」
「刑事さんとはしませんよ。嘘つき相手じゃ、あれは意味がないですからね」
「おれが嘘つき? 心外だなあ。正直一筋で生きているつもりだけどね」
「ええ、そうなんだろうと思います。刑事さんは、だから嘘をつくんです。自分に正直な人間ほど、平気で他人を騙せますから」
「なかなか、含蓄のある台詞だね」
「昔から、周りの人間が馬鹿に見えて仕方なかったんでしょ?」
すっとスズキが、牙を剥いた。
『 爆弾/呉勝浩/講談社 』
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