“下水”xia4shui3と言っても、「下水道」のことではありません。一般に“猪下水”と言い、豚の内臓、臓物のことです。中国では、豚をよく食べますが、豚の内臓料理も発達しています。“午夜”wu3ye4は真夜中の12時頃のこと。さて、真夜中に豚の内臓をどうするのでしょうか。ここに、広東の食文化の一つが見てとれます。
■ 許多年以后,我依然清晰記得第一天入学的情景。我想,這是因為小学一年級課室墻壁上的那幅彩色海報,主題詞:“猪的一身都是宝。”
・海報 hai3bao4 ポスター。本来は、芝居や映画の宣伝ポスターのことです。語源は、昔の上海で、商業演劇のことを“海”と言い、この商業演劇を職業にすることを“下海”と言ったそうです。こうした演劇や芝居の内容の宣伝の為、貼りだしたものを“海報”と呼ぶようになったそうです。
□ もう長い年月が経つのに、私は今でも学校に入学した初日の情景をはっきりと憶えている。思うに、これは小学一年生の教室の壁に貼られた色刷りのポスターのせいで、その表題には「豚の全身は皆宝物」と書かれていた。
■ 画面上有大白猪一口 ―― 確切地説,是大白猪之生理解剖図一幅。白猪随身携帯的所有物品,包括毎一肢体,毎一器官,毎一内臓,都被標簽了若干簡明扼要的文字,説明其民生及工農業用途。方框里的毎一段文字説明,皆有一条直線或斜線指向被説明的部位,看慣連環画的,会以為那是猪在做自我介紹。而時尚雑志経常刊出的街頭美女彩照之所以譲我倍感親切和懐旧,想必是因為美女的全身上下(不是剖面)也有一些由直線或斜線拉出的文字?分別説明着従染髪剤、眼影、口紅、項鏈、手机縄直到手鐲、靴子以及甲彩等物的品牌、価格和采購地。
・口 kou3 [量詞]家畜、主に豚を数える
・生理解剖図 sheng1li3 jie3pou1tu2 ここでの“生理”は、「生理学」の生理で、体内の各器官、機能のこと。“生理解剖図”は生物の体内解剖図のこと。
・肢体 zhi1ti3 手足
・扼要 e4yao4 要点をかいつまむ。要点を押さえる
□ 画面には大きな白豚が一頭描かれていた――正確に言うと、これは大きな白豚の体内解剖図であった。白豚が体内に持っている全ての物、それには一本一本の手足、一つ一つの器官、内臓が含まれ、全てに簡潔で要点を押さえた文字でラベルが付けられ、その私たちの生活や工業、農業での用途が説明されていた。四角の枠の中の文字による説明一つ一つには、直線や斜線で説明された部位が指し示され、見慣れた漫画のようで、これは豚が自己紹介しているかのように思えた。そして流行雑誌がよく載せている、街頭の美女のカラー写真が私にとって一層親しみ深く懐かしく思える由縁は、思うに美女の全身の上下(断面図ではない)に直線や斜線で引き出した文字があるからではないだろうか。それぞれ、ヘアカラー、アイシャドー、口紅、ネックレス、携帯ストラップからブレスレット、ブーツ、及びネイルアートなどのブランド、価格、購入場所が説明されている。
■ 丘吉尓説,猫藐視我們,狗景仰我們,只有猪与我們平等相処。按照紀暁嵐的看法,猪是最容易転世做人的一種畜生。這些説明固然不能証明,猪与人類是性情上最為相近的動物,不過,猪肯定是被人類做了最充分的開発利用的家畜。従猪鬃算起,猪皮、猪頭(又可分拆為猪耳、猪臉及猪脳)、猪脚、猪骨、猪血和以内臓為核心的一系列“下水産品”,可謂無一処不可用,無一処不可食。
・丘吉尓 qiu1ji2r正式名は、温斯頓・倫納・斯賓塞・丘吉尓爵士(Sir Winston Leonard Spencer Churchill)。イギリスの政治家、チャーチルである。ちなみに、称号の“Sir”は“爵士”jue2shi4。これは又、“Sir”を名乗ることを許される「ナイト」の爵位のことでもある。
・藐視 miao1shi4 見下げる。軽蔑する
・景仰 jing3yang3 敬慕する。敬い慕う
・相処 xiang1chu3 付き合う
・紀暁嵐 清・乾隆年間に活躍した政治家
・転世 zhuan3shi4 =転生 zhuan3sheng1 (仏教でいう輪廻にもとづき)生まれ変わる。
・畜生 chu4sheng1 “畜”は「家畜」という名詞で使う時はchu4と発音します。[例]家畜jia1chu4。一方、「家畜を飼う」という動詞で使う場合はxu4となります。[例]牧畜mu4xu4、畜産xu4chan3
・猪鬃 zhu1zong1 豚の首と背中の剛毛。ブラシを作るのに用いられる。
□ チャーチルは、こう言った。猫は我々を見下げる。犬は我々を敬い慕う。豚だけが我々と平等に付き合うと。紀暁嵐の見方によれば、豚は最も来世で人に生まれ変わり易い畜生である。これらの説はもとより証明することができないが、豚は人類と気持ちの上で最も近しい動物である。しかし、豚は間違いなく人類により充分に開発利用された家畜である。豚の剛毛から始まり、皮、頭(これは又、耳、顔、脳みそに分けられる)、豚足、豚骨、豚の血と、内臓を中心とする一連の“下水製品”、つまり臓物類は、一つとして使えないものは無く、一つとして食べられないものは無い。
■ 猪下水,又称猪雑,雖説猪心也是肉做的,但是包括猪心在内的“下水”,是不被認可作猪肉的。如果説猪肉是大部頭的小説或文集,猪雑就相当于雑文、小品文,或者専欄。“下水”的賤格,系生理功能上的“堕落”而令人産生強烈的不潔感和厭悪感,当然胆固醇也是一種更具科学性的顧慮。因此,它除了不能躋身猪肉的行列之外,進食“下水”者非但“堕落”,更是純属“自甘”。
・大部頭 da4bu4tou2 分厚い書物
・小品文 xiao3pin3wen2 小品。エッセイ
・専欄 zhuan1lan2 コラム
・胆固醇 dan3gu4chun2 コレステロール
・顧慮 gu4lv4 心配。懸念。気懸り。動詞として使うこともできる。
・躋身 ji1shen1 あるレベルや領域に身を置く。昇りつめる。[例文]~文壇(文壇に身を置く)/~于明星之列(スターの地位に昇りつめる)
・純属 chun2shu3 まさしく……である。まったく……である。[例文]~捏造(まったくのでっちあげだ)
・自甘 “自甘堕落” zi4gan1 duo4luo4 自堕落に甘んじる
□ 豚の“下水”、臓物は、また“猪雑”とも言う。豚の心臓も肉でできているけれども、豚の心臓を含む“下水”(臓物)は、豚肉とは見做されていない。もし豚肉を分厚い小説や文集とすれば、臓物、つまり“猪雑”は雑文、エッセイ、コラムに相当する。“下水”(臓物)の卑しさは、生理機能上の“堕落”であり、人に強烈な不潔感と嫌悪感をもたらす。もちろん、コレステロールもより科学性を備えた心配事である。だから、これらは豚肉の仲間の中に身を置くことができないばかりか、“下水”(臓物)を食べることは“堕落”であるばかりでなく、まさしく「自堕落に甘んじて」いるのである。
■ 小説《飄》中曾提到:“冷天和宰猪季節一到,白人就有新鮮猪肉,黒人也有猪下水好吃了。”除了善于猪腸這種堕落的外衣里填塞健康的内容,白人一向不近這類東西。不過,這并不表示白種人天性抗拒内臓。猪肝不僅是如假包換的内臓,而且完全是一副脂肪肝病変已到晩期的内臓。
・宰 zai3 家畜や家禽を殺すこと。する
・小説《飄》piao1 アメリカ マーガレット・ミッチェルの《風と共に去りぬ》
・善于 shan4yu2 ……に長けている。……が上手である。
・抗拒 kang4ju4 拒む。(体が)受け付けない
・如假包換 ru2jia3bao1huan4 =“如果假貨,保証交換”もし偽物だったら、必ず交換する。商店が客を信用させるための歌い文句。
・病変 bing4bian4 =病理変化 bing4li3 bian4hua4 病理の変化
□ 小説《風と共に去りぬ》の中で、こう書かれている。「冬になり豚を屠る季節が来ると、白人は新鮮な豚肉を得、黒人も美味しい臓物を得ることができた。」豚の腸のような、堕落の上着を纏いながら中に健康な内容を詰めるのに長けたものを除き、白人はずっとこうしたものには近づかなかった。しかし、このことは決して白色人種が生まれつき内臓を受け付けないということではない。豚のレバーは、「偽物だったら必ず交換する」という内臓であるだけでなく、脂肪肝が悪化して末期を迎えた内臓である。
■ 即使在我們中国人内部,対猪下水的態度也不是完全一致的。過去我一直認為,貧困是養成“連下水也不放過”之飲食習俗的主要原因。最近従一個走南闖北的朋友那里聴聞,即使在最貧瘠的北方偏遠地区,下水也従来都是扔掉喂狗的。進食下水之所以在改革開放以后漸成上述地区的新風尚,倒是因了富裕和小康,才被多出来的那份饞癆的閑心拉下了水。
・走南闖北 zou3nan2chuang3bei3 [成語]多くの地方を旅する。各地を遍歴する。
・貧瘠 pin2ji2 土地がやせている
・偏遠 pian1yuan3 辺鄙(へんぴ)で遠い
・喂 wei4 =喂養 wei4yang3 動物に餌を食べさせる
・進食 jin4shi2 食事する
・風尚 feng1shang4 風習。流行
・小康 xiao3kang1 家の経済状態がまずまずで、衣食住に困らない状態。社会が安定していること。これから更に進んで、皆が豊かになり、世の中から争いの無くなる理想的な世の中を“大同”と言う。
・饞癆 chan2lao2 病的なほどの食いしん坊。“饞”chan2は口がおごっていて、意地汚いこと。“癆”lao2は結核のこと。
・閑心 xian2xin1 心のゆとり
・閑心拉下了水 “閑心”が“拉下了水”(水を運んできた)と“下水”(臓物)を掛けて、洒落っぽい言い方にしている。
□ 私たち中国人の中でさえ、豚の臓物への態度は完全に一致はしていない。これまで私はずっと、貧困が「臓物さえ放っておかない」飲食習慣の主な原因であると思っていた。最近、各地を旅してきた友人から聞いた話では、最も土地のやせた北方の辺鄙な地方でさえ、臓物はこれまで捨てられ犬に食べさせるものであったそうである。臓物を食する所以(ゆえん)は改革開放後上記の地域で次第に培われた新たな風習で、豊さと安定により、逆に増えてきた病的な食い意地という心のゆとりがもたらしたものである。
■ 鵞肝及鵞肝醤出現在中国部分城市的部分餐卓之上,吃猪下水始升級為一種另類享受。広州人尤好此道,近郊番禺一帯的屠場,午夜十二点左右必有新鮮猪雑供応,故飛車前往当地的大排档赴猪雑之約,已成広州夜生活的最后一站。“午夜猪雑席”上最受歓迎的一道,是“水浸猪肝”,又称“猪潤水”:用猪骨、鶏脚及杞子、淮山、党参、桂元肉等薬材熬成湯底,再投入切片的鮮猪肝燙熟即食。于月黒風高之夜囲坐在郊外露天処大嚼三十分鐘前剛剛従生猪腹中取出之血淋淋、熱騰騰之物,這就是広州的城市浪漫経典,“午夜的收音机”,見你個大頭鬼去吧!
・鵞肝醤 e2gan1jiang4 フォアグラ
・月黒 yue4hei1=“月黒天”闇夜。月のない夜。陰暦の月末と月初めの月のない夜。“月黒夜”とも言う。
・淮山 huai2shan1 =“山薬”shan1yao4 山芋(ヤマイモ)のこと。淮河流域が産地であることから、“淮山”、“淮山薬”という呼び方がある。
・党参 dang3shen1 [漢方薬]党参(とうじん)。キキョウ科の植物で、根は強壮剤に用いられる。元々、山西省上党に産したのでこの名がついた。朝鮮人参より安価なので、その代用として用いられる。
・-淋淋 lin2lin2 [接尾語]形容詞、名詞の後について、「したたる」様を表す状態形容詞を作る。[例]血xue4~
・大頭鬼 da4tou2gui3 =“闊老”kuo4lao3 金持ち。(広東語)
□ がちょうのレバーやフォアグラが中国の一部の都市の一部の食卓に出現し、豚の臓物を食べることはある種の別の楽しみに昇格した。広州人はとりわけこの料理を好み、近郊の番禺一帯の場では、夜中の十二時頃に必ず新鮮な豚の臓物の供給があるので、車を飛ばして当地の屋台に行き、豚の臓物を予約することが、広州のナイトライフの最終コースとなっている。「真夜中の豚の臓物宴」で最も人気のある料理は、“水浸猪肝”、またの名を“猪潤水”と言う。豚骨、鶏の脚(もみじ)と枸杞(クコ)、山芋、党参、竜眼などの漢方薬の材料を煮詰めてスープのベースにし、そこへ薄く切った新鮮な豚のレバーを入れ、火が通れば食べられる。闇夜の風の強い夜、郊外の露天で席を囲み、三十分前に生きた豚の腹の中から取り出されたばかりの血のしたたる、熱々の物をむしゃぶり食う、これこそ広州の町のロマンの典型、「真夜中のラジオ」である。さあ、あなた方、金持ちの皆さんに会いに行こう。
【出典】沈宏非《写食主義》四川文藝出版社 2000年9月
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