南海の澄み切った波の下に真っ黒になるほどの巨大な口白が銀鱗をひらめかして遊泳している、その数は20匹や30匹ではない。コマセにすっかりノボセ浅場に上がってきたのだろう
「俺は夢でも見ているのではないか」と思わず頬をつねってみたが、やはり痛い。
ふと横を見ると、置き竿の穂先がまたもや舞い込んで、殆ど垂直に近い角度で、激しく上下にシャクっている。驚いて飛んでいったが一瞬遅くハリハズレ。
さればと、餌を付け替えるのもモドかしく、真っ黒な魚の集団の真ん中に抛りこんだが、
どうしたものか途端にもう当たらない。下を覗くと、潮の流れが今までとは逆になってあれほどもいたヒサが一瞬のうちにフイッと姿を消している、まるで嘘のような話だが、潮が石鯛の
就餌と動向に、絶対的な作用を持つという現実をマザマザと見せつけえられる思いがした。
時計を見ると4時今日は4枚バラして3枚仕留めただけだが、よし、明日こそは釣って釣って釣りまくるぞ、口白よ、明日こそお前と勝負しょう。と心の中で呟いて、竿を納めて船に帰った。真紅の太陽が音もなく東シナ海の波間を染めて消えていく、身の引き締まるような荘厳な眺め、やがて夜のとばりが徐々に暗く空を覆い、星が手の届く近さで、降るようにまたたき始めた。
その頃からまたクエを試みたが、ソの夜も私の私の竿にはアタリは遂に来なかった。
林さんが2貫足らずの小さいのを1本あげたのみ。
死闘、馬乗り碆
翌朝、今日の大漁を恵美須さんにお祈りして、持参の焼酎を海にたらす。そこへ、今日は私も御一緒にお供しますと言いながらやってきた船頭氏の道具を見て驚いた。
田辺のクエ竿の倍も太い青竹に道糸全部がマグロ用のワイヤである。
「ひるからアラ(クエ)をやるんですか?」
「いえヒサ(石鯛)です、貴男の合成(ナイロン)ではここのヒサは一寸無理でしょう」
「なかなかこれで3貫までは大丈夫ですヨ」
この自信満々の言葉が図らずもOAC(大阪磯釣クラブ)の名誉を傷つけるような私の
未熟さを暴露する結果になろうとは神ならぬ身の知るよしもなかった。
潮の加減で、今日は昨日と反対側に竿を打つ、勿論馬乗り碆、昨日の復讐戦というわけだ
昨日の失敗にこりているからハエずれを避け、出来るだけ前方に竿を突き出した。足場を固め
さア来いと言う体勢で、アタリを待つ、林さんと船頭氏2人が盛んにフジツボをこませてくれる、潮は相変わらず速い、このポイントは遠投すると前のハエにかかるおそれがあるので、足元を釣ることになるが、それでも15ヒロは軽く出る。 続く