思うところがあって、今日、神田神保町へいって、『小津安二郎全集』を買ってきた。
資料の2として、該当箇所を引く。
75 熱海の街
街を囲む山_
海岸の防波堤_
76 海に近い宿屋の一室(二階)
宿の浴衣に着更えた周吉ととみが、お茶を飲みながら_
とみ 「思いがけのう温泉へもはいらしてもらって……」
周吉 「ああ……思わん散財をかけた……」
とみ 「ええ、気持ですなあ」
周吉 「ウム、明日は一つ早う起きて、この辺をずっと歩いてみうか」
とみ 「そうですなあ。なんでもこの先の方にええ景色のとこがあるそうですよ、女中さんがそういうとりました」
周吉 「そうか_(海の方を見て)静かな海じゃのう」
とみ 「へえ」
77 その静かな海_
78 同夜 宿屋の廊下(階段下)
大時計がもう十一時半ころをさしている。
女中が寿司の大皿を持って、階段を上ってゆく。
79 二階の廊下
女中が寿司を一室へ運んでゆく。
80 その部屋
二つの部屋をあけ放して、二タ組(ふたくみ)の客が、敷いた蒲団をまくり上げて、マージャンを囲んでいる。
女も加えて、総勢十一、二人。どこかの会社の団体であろう。
蒲団の上に寝そべっている者などもある。
遠く艶歌師の流行歌が聞えている。
女中 「お待遠さま_」
と寿司を置いて出てゆく。
男A 「おい、来たぞ寿司_おい、ポン!」
男B 「あ、持ってたか」
男C 「痛てえとこポンしやがったな」
男D 「いやァ、痛くない痛くない、いいポンだ(と、ツーモして、そのパイを捨てながら)バッカヤロウ!」
男C 「ほーらい、通るか」(と捨てる)
男B (ツモって、捨て)「リーチ!」
男A 「リーチ? これお前捨てたんだな?」
男B 「捨てたよ」
男D 「バッカヤロウー」(とツモる)
81 廊下
マージャンの音_艶歌師の流行歌が近づく。
糸川べりへでも出かけたらしい男が二人、帰ってきて、その部屋へ這入ってゆく。
82 老夫婦の部屋
周吉もとみも床に就いている。
マージャンや艶歌師の騒音が聞えて、二人とも眠られないらしい。
とみ 「ひどう賑やかですのう」
周吉 「ウーム」
とみ 「もう何時ごろでしょうかのう」
周吉 「ウーム……」
83 廊下
マージャンの騒音に加えて、艶歌師の流行歌が一層近づく。
84 宿の前の往来
勢いこんで歌いまくる艶歌師の一団_
85 老夫婦の部屋
周吉、我慢していたが、いよいよ寝苦しくなって「ウーム」と起き返り、溜息をする。
とみも起き返って、ガッカリしたように溜息をする。
艶歌師の歌は益々うるさい。
86 朝
(_熱海_)
街を囲む山々が明るく映えて_
87 宿の二階
廊下の片隅に昨夜の名残の皿小鉢やビールの空瓶が纏められて_
女中が流行歌の鼻唄で部屋の掃除をしている。
88 防波堤
宿の浴衣を着た周吉ととみが朝風に吹かれながら休んでいる。
とみ (周吉がだるそうに頸を叩いているのを見て)「どうかしなさった?」
周吉 「ウーム」
とみ 「ゆうべよう寝られなんだせいでしょう」
周吉 「ウム_お前はよう寝とったよ」
とみ 「嘘いいなしゃ。わたしも寝られんで……」
周吉 「嘘をいえ。鼾ィかいとったよ」
とみ 「そうですか」
周吉 「_いやァ、こんなとこあ若キァ者の来るところじゃ」
とみ 「そうですなあ」
「東京物語」 『小津安二郎全集』 井上和男編
資料の2として、該当箇所を引く。
75 熱海の街
街を囲む山_
海岸の防波堤_
76 海に近い宿屋の一室(二階)
宿の浴衣に着更えた周吉ととみが、お茶を飲みながら_
とみ 「思いがけのう温泉へもはいらしてもらって……」
周吉 「ああ……思わん散財をかけた……」
とみ 「ええ、気持ですなあ」
周吉 「ウム、明日は一つ早う起きて、この辺をずっと歩いてみうか」
とみ 「そうですなあ。なんでもこの先の方にええ景色のとこがあるそうですよ、女中さんがそういうとりました」
周吉 「そうか_(海の方を見て)静かな海じゃのう」
とみ 「へえ」
77 その静かな海_
78 同夜 宿屋の廊下(階段下)
大時計がもう十一時半ころをさしている。
女中が寿司の大皿を持って、階段を上ってゆく。
79 二階の廊下
女中が寿司を一室へ運んでゆく。
80 その部屋
二つの部屋をあけ放して、二タ組(ふたくみ)の客が、敷いた蒲団をまくり上げて、マージャンを囲んでいる。
女も加えて、総勢十一、二人。どこかの会社の団体であろう。
蒲団の上に寝そべっている者などもある。
遠く艶歌師の流行歌が聞えている。
女中 「お待遠さま_」
と寿司を置いて出てゆく。
男A 「おい、来たぞ寿司_おい、ポン!」
男B 「あ、持ってたか」
男C 「痛てえとこポンしやがったな」
男D 「いやァ、痛くない痛くない、いいポンだ(と、ツーモして、そのパイを捨てながら)バッカヤロウ!」
男C 「ほーらい、通るか」(と捨てる)
男B (ツモって、捨て)「リーチ!」
男A 「リーチ? これお前捨てたんだな?」
男B 「捨てたよ」
男D 「バッカヤロウー」(とツモる)
81 廊下
マージャンの音_艶歌師の流行歌が近づく。
糸川べりへでも出かけたらしい男が二人、帰ってきて、その部屋へ這入ってゆく。
82 老夫婦の部屋
周吉もとみも床に就いている。
マージャンや艶歌師の騒音が聞えて、二人とも眠られないらしい。
とみ 「ひどう賑やかですのう」
周吉 「ウーム」
とみ 「もう何時ごろでしょうかのう」
周吉 「ウーム……」
83 廊下
マージャンの騒音に加えて、艶歌師の流行歌が一層近づく。
84 宿の前の往来
勢いこんで歌いまくる艶歌師の一団_
85 老夫婦の部屋
周吉、我慢していたが、いよいよ寝苦しくなって「ウーム」と起き返り、溜息をする。
とみも起き返って、ガッカリしたように溜息をする。
艶歌師の歌は益々うるさい。
86 朝
(_熱海_)
街を囲む山々が明るく映えて_
87 宿の二階
廊下の片隅に昨夜の名残の皿小鉢やビールの空瓶が纏められて_
女中が流行歌の鼻唄で部屋の掃除をしている。
88 防波堤
宿の浴衣を着た周吉ととみが朝風に吹かれながら休んでいる。
とみ (周吉がだるそうに頸を叩いているのを見て)「どうかしなさった?」
周吉 「ウーム」
とみ 「ゆうべよう寝られなんだせいでしょう」
周吉 「ウム_お前はよう寝とったよ」
とみ 「嘘いいなしゃ。わたしも寝られんで……」
周吉 「嘘をいえ。鼾ィかいとったよ」
とみ 「そうですか」
周吉 「_いやァ、こんなとこあ若キァ者の来るところじゃ」
とみ 「そうですなあ」
「東京物語」 『小津安二郎全集』 井上和男編