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映画『東京家族』について

映画『東京家族』 (その7)  「熱海の温泉宿」から「横浜のホテル」へ (2)

2013年04月10日 | 映画『東京家族』
 思うところがあって、今日、神田神保町へいって、『小津安二郎全集』を買ってきた。

 資料の2として、該当箇所を引く。



 75 熱海の街  
         街を囲む山_
         海岸の防波堤_

 76 海に近い宿屋の一室(二階)

         宿の浴衣に着更えた周吉ととみが、お茶を飲みながら_

       とみ 「思いがけのう温泉へもはいらしてもらって……」

       周吉 「ああ……思わん散財をかけた……」

       とみ 「ええ、気持ですなあ」

       周吉 「ウム、明日は一つ早う起きて、この辺をずっと歩いてみうか」

       とみ 「そうですなあ。なんでもこの先の方にええ景色のとこがあるそうですよ、女中さんがそういうとりました」

       周吉 「そうか_(海の方を見て)静かな海じゃのう」

       とみ 「へえ」

 77 その静かな海_

 78 同夜 宿屋の廊下(階段下)

         大時計がもう十一時半ころをさしている。
         女中が寿司の大皿を持って、階段を上ってゆく。

 79 二階の廊下

         女中が寿司を一室へ運んでゆく。

 80 その部屋

         二つの部屋をあけ放して、二タ組(ふたくみ)の客が、敷いた蒲団をまくり上げて、マージャンを囲んでいる。
         女も加えて、総勢十一、二人。どこかの会社の団体であろう。
         蒲団の上に寝そべっている者などもある。
         遠く艶歌師の流行歌が聞えている。
       
       女中 「お待遠さま_」
       
         と寿司を置いて出てゆく。

       男A 「おい、来たぞ寿司_おい、ポン!」

       男B 「あ、持ってたか」

       男C 「痛てえとこポンしやがったな」

       男D 「いやァ、痛くない痛くない、いいポンだ(と、ツーモして、そのパイを捨てながら)バッカヤロウ!」

       男C 「ほーらい、通るか」(と捨てる)

       男B (ツモって、捨て)「リーチ!」

       男A 「リーチ? これお前捨てたんだな?」

       男B 「捨てたよ」

       男D 「バッカヤロウー」(とツモる)

 81 廊下
   
         マージャンの音_艶歌師の流行歌が近づく。
         糸川べりへでも出かけたらしい男が二人、帰ってきて、その部屋へ這入ってゆく。

 82 老夫婦の部屋

         周吉もとみも床に就いている。
         マージャンや艶歌師の騒音が聞えて、二人とも眠られないらしい。

       とみ 「ひどう賑やかですのう」

       周吉 「ウーム」

       とみ 「もう何時ごろでしょうかのう」

       周吉 「ウーム……」

 83 廊下
       
         マージャンの騒音に加えて、艶歌師の流行歌が一層近づく。

 84 宿の前の往来

         勢いこんで歌いまくる艶歌師の一団_

 85 老夫婦の部屋

         周吉、我慢していたが、いよいよ寝苦しくなって「ウーム」と起き返り、溜息をする。
         とみも起き返って、ガッカリしたように溜息をする。
         艶歌師の歌は益々うるさい。

 86 朝

         (_熱海_)
         
         街を囲む山々が明るく映えて_

 87 宿の二階

         廊下の片隅に昨夜の名残の皿小鉢やビールの空瓶が纏められて_
         女中が流行歌の鼻唄で部屋の掃除をしている。

 88 防波堤

         宿の浴衣を着た周吉ととみが朝風に吹かれながら休んでいる。

       とみ (周吉がだるそうに頸を叩いているのを見て)「どうかしなさった?」

       周吉 「ウーム」

       とみ 「ゆうべよう寝られなんだせいでしょう」

       周吉 「ウム_お前はよう寝とったよ」

       とみ 「嘘いいなしゃ。わたしも寝られんで……」

       周吉 「嘘をいえ。鼾ィかいとったよ」

       とみ 「そうですか」

       周吉 「_いやァ、こんなとこあ若キァ者の来るところじゃ」

       とみ 「そうですなあ」



                                                   「東京物語」 『小津安二郎全集』 井上和男編

 

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