1889年1月3日
トリノでのこと
フリードリヒ・ニーチェは
カルロ・アルベルト通りの
部屋を出た
散歩か それとも
郵便局へ向かったのか
その途中
間近に あるいは遠目に
強情な馬に
手こずる御者を見た
どう脅かしつけても
馬は動かない
ジュゼッペか カルロか
恐らくそんな名の御者は
烈火のごとく怒り
馬を鞭で打ち始めた
ニーチェが駆け寄ると
逆上していた御者は
むごい仕打ちの手を止めた
屈強で 立派な口ひげを
たくわえたニーチェは
泣きながら
馬の首を抱きかかえた
ニーチェは家に運ばれ
2日間 無言で寝椅子に
横たわっていた後――
お約束の
最期の言葉をつぶやいた
“母さん 私は愚かだ”
精神を病んだ最後の10年は
母と看護師に付き添われ
穏やかであった
馬のその後は誰も知らない
ぎょ-しゃ【御者・馭者】 ① 馬を取扱う人。
② 馬車の前に乗って、馬をあやつり走らせる人。
うま-ひき【馬引】 うまかた。まご。
うま-かた【馬方】 ① 駄馬をひいて客や荷物を運ぶことを業とする人。
『広辞苑 第六版』