ダイヤモンド・プリンセスの呆れた感染対策、厚労官僚はなぜ暴走したのか
岩田健太郎・神戸大学教授がYouTubeで告発した、ダイヤモンド・プリンセスのお粗末な新型コロナウイルス対策。アフリカや中国と比べてもひどいという感染対策そのものも大問題だが、意見を口にする者を現場から締め出すという、徹底した「言論統制」を敷いていることも明かされた。なぜ、エリート揃いの厚労省が、こんな暴走をしているのだろうか。(ノンフィクションライター 窪田順生)
● 感染対策の専門家も 呆れる惨状
「アフリカや中国と比べてもひどい感染対策、まさかここまでひどいとは…」
18日、感染対策の専門家である岩田健太郎・神戸大学教授がYouTubeにアップした「ダイヤモンド・プリンセスはCOVID-19製造機。なぜ船に入って一日で追い出されたのか」という動画が、日本中に衝撃を与えている。
17日、ダイヤモンド・プリンセス号に乗船を許された岩田氏が見た光景は驚きの連続だった。
まず、感染対策の世界では“基本のキ”である、レッドゾーン(防護服を着る区域)とグリーンゾーン(防護服を着なくてもいい安全な区域)に明確に分けることもしておらずグチャグチャ。どこの手すり、どこの絨毯が汚染されているかもわからないというカオスな状態だったという。
さらに、これまた世界の感染対策の現場では鉄則とされている「医療従事者の安全」もないがしろにされていた。例えば、発熱した乗客が自室を出て、普通に廊下を歩き回って、防護服をつけていない医療スタッフなどと普通にすれ違っているそうで、医療従事者も「自分も感染しても仕方がない」と諦めムードの中で乗客のサポートをしているらしい。これは、アフリカや中国の感染対策と比べてもひどいレベルだ、と岩田氏は指摘している。
要するに、世界の常識と大きくかけ離れ、医療従事者が玉砕覚悟で現場に飛び込む「カミカゼ感染対策」ともいうべき、支離滅裂な“ウイルスとの戦い”が繰り広げられているのだ。
感染対策のプロとして20年以上のキャリアを持ち、アフリカのエボラ出血熱や中国のSARSなど過酷な現場での経験もある岩田氏だが、これまでは自分が感染する恐怖はなかったという。専門家としてどうすれば感染しないのかということを理解しているので「対策」が取れるからだ。
だが、ダイヤモンド・プリンセスのカオスな現場では、はじめて感染するかもしれないと恐怖に感じたという。実際、動画を撮影している時点で、岩田氏は自身も感染したかもしれないというリスクを考慮して、家族などと離れて1人で部屋にこもっていると述べている。
● 北朝鮮も真っ青の 言論統制が敷かれている
ダイヤモンド・プリンセス号では18日現在、厚労省職員も含む542人という凄まじい数の感染者が出ている。
これを受けて一部メディアは、「もともと英国籍の船で、国際ルールの中で日本政府は強制力がなかったからしょうがない!」とか、「船内隔離をしないで上陸させていたら、もっとひどいことになっていた」という政府擁護の姿勢を見せているが、岩田氏の「決死の告発」を踏まえれば、擁護できる部分は1ミリもない。
アフリカや中国よりもひどい感染対応によって、健康な人にまでウィルスを広げてしまった「人災」の可能性が否めないからだ。
では、何かにつけて「日本の医療レベルは世界一」だと喧伝するこの国の感染対策が、なぜこんなお粗末なことになってしまったのか。情報の少ない現時点ではまだなんともいえないが、岩田氏の告発からうかがえる一因として、「厚労官僚の暴走」がある。
前にも述べたように、岩田氏は17日にダイヤモンド・プリンセスに乗船を許された。これは岩田氏が個人的につながりのある厚労省の人間と交渉をしたからということらしいが、そこで岩田氏は“奇妙な約束”をさせられる。
「DMAT(災害派遣医療チーム)のメンバーとして乗船し、決して感染対策の仕事はしてはいけない」というものだ。
「は?感染対策の専門家に仕事をさせないってどんな理屈だよ」と呆れる方も多いかもしれないが、驚くのはそれだけではない。
船内を案内された後、岩田氏はスタッフらのミーティングで意見を述べてもいいかと打診をしたところ、感染対策を取り仕切っている何者かの怒りを買ったということで、わずか1日で下船を命じられたというのだ。
岩田氏によれば、船内では厚労省の方針への異論を許さぬムードが蔓延しているという。岩田氏が訪れる前にも、感染対策の専門家は何人か乗船したというが、ほとんどがこのようなムードを忖度して進言をしない。もちろん、「同調圧力」に屈することなく進言をする者もいたが、厚労省側は耳を貸さず、岩田氏のように船から追い出されてしまうらしい。
つまり、中国や北朝鮮のような「言論統制」が、現場の専門家たちの「粛清」を引き起こして、ただでさえ稚拙な感染対策をさらにひどい状態にしているのだ。
● 異常な自己保身をしてきた 厚労省のカルチャー
では、なぜ厚労官僚は日本国民の安全に関わるような危機を前にして、このようなワケのわからない暴走をしてしまうのか。国民の奉仕者になりたいと一生懸命に、国家公務員試験の勉強をしたようなマジメな人たちが、なぜこんな愚かなことをしてしまうのか。
いろいろな意見があるだろうが、筆者は、厚労省という「組織のカルチャー」が大きく影響していると思っている。
古くは薬害エイズ問題、消えた年金問題、そして近年では毎月勤労統計のデータ捏造、介護保険料の算出ミス、シベリア抑留者の遺骨が日本人のものではないと知りながらも放置していた問題などなど、厚労省は不祥事が絶えない。
これらに共通するのは、自分の「立場」さえ安泰ならば改ざんも隠蔽もいとわない、何か大きな問題があっても見て見ぬふりをする、という、異常なまでの「自己保身カルチャー」だ。
こういうクサいものにフタ的な組織からすれば、岩田氏のような人物が「危険分子」であることはいうまでもない。「なぜこんなメチャクチャな感染対策をしているんですか?」と意見をされたら、誰かの立場が危うくなってしまうからだ。
これを避けるには、「危険分子」を追放するしかない。人間の免疫機能が、外部から侵入したウイルスに対して、総力を挙げて攻撃をするように、自分たちの保身のため、外部から来た「異物」は総力を挙げて潰すのである。
この強烈な縄張り意識、偏狭なセクショナリズムが、感染対策の専門家たちの口を封じて、追放するという常軌を逸した行動を招いたと考えると、すべて説明がつく。
そこで疑問なのが、なぜここまで厚労官僚は「自己保身カルチャー」が強いのかということだろう。
役人の自己保身というのは、国によって程度の違いはあれど、世界のどこでもある普遍的なカルチャーである。だが、感染対策の専門家を追い払ってまで自分の立場を守るというのは、どう考えても「異常」だ。なぜこんな自国民の生命安全を軽視した暴走ぶりになってしまうのか。
● 厚労省に受け継がれる 「旧日本軍」の系譜
いろいろなご意見があるかもしれないが、筆者は厚労省という組織が、やはり自国民の命を軽視して暴走した「旧日本軍」の系譜にあるからではないかと思っている。
ご存じの方も多いかもしれないが、厚労省の前身・厚生省は敗戦後、大陸や南方に取り残された日本人たちの復員・引揚事業を引き継ぐ形で、旧陸軍省と旧海軍省を吸収している。戦傷病者や戦争遺族に対する支援を厚労省が引き継いでいるのはそのためだ。
と言うと、「組織として繋がりがあるからといって、組織カルチャーまで陸軍や海軍と同一視するというのは暴論だ!」というお叱りもあるかもしれないが、ならば銀行業界はどうなのか。
いまだにメガバンクで旧興銀派とか旧富士銀行派、旧三和派なんて言葉があるように、合併などで吸収された組織のカルチャーは完全に消え去ることはなく、新しい組織内で脈々と受け継がれている。日本の戦後体制をつくったのが、戦時中のエリートたちであるように、旧体制の人間は1人残らず一掃されました、というような状況にでもならない限り、組織カルチャーというものは世代を超えて受け継がれていくものなのだ。
実際、今回の新型コロナの対応を見ていると、厚労省は旧日本軍の思想を引き継いでいるとしか思えない。例えば、厚労省の感染対策に批判的だった岩田氏をダイヤモンド・プリンセス号から追放したのは、「このままでは日本は負ける」と軍部に批判的な人間を次々と投獄して拷問をした「言論統制」と丸かぶりだ。
さらに、この2つの組織が、特に親子のようにソックリだと感じるのは、「情報」の軽視ぶりである。
岩田氏のような専門家をここまでわかりやすく排除していることからもわかるように、厚労省がこのウイルスとの戦いにおいて、「情報」というものを恐ろしいほど軽視しているのは明白だろう。専門家のネットワークで得られた知見や情報よりも、役所の論理や、国家の事情が優先されているのだ。
実はあまり知られていないが、この「情報軽視」というのは、旧日本軍という組織の最も際立った特徴だったのだ。
ご存じのように、世界の戦史研究家たちの間では、日本の旧帝国陸海軍は、「情報戦」に失敗した組織の典型例として語り継がれている。
それを象徴するのが、1946年4月、米軍が政府に提出した「日本陸海軍の情報部について」というレポートだ。ここには日本型組織の“情報軽視”ぶりが辛辣に指摘されており、当事者である大本営陸軍部参謀にいた堀栄三氏も「あまりにも的を射た指摘に、ただ脱帽あるのみ」と白旗をあげている。
● 「情報軽視」が 被害を拡大させる
では、具体的にどのような「情報軽視」をしていたのか。堀氏の著書『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』(文藝春秋)から引用する形でご紹介したい(カッコ内は堀氏の注釈)。
「情報関係のポストに人材を得なかった。このことは、情報に含まれている重大な背後事情を見抜く力の不足となって現われ、情報任務が日本軍では第二次的任務に過ぎない結果となって現れた。(作戦第一、情報軽視)」
このように正しい情報を得て、バックグラウンドを読み解くことを怠ると、どのような悲劇が待っているのかということは、旧海軍の台湾沖航空戦がわかりやすい。
実際は、この戦いはボロ負けだった。しかし、情報を軽視していた軍部は「こちらに壊滅的な犠牲者が出ているのだから、米海軍もそれなりにダメージを受けているはずだ」というとんでもない思い違いをして、希望的観測のような「過大戦果」を発表した。そして、この「デマ」を真に受けて甚大な被害を受けたのが陸軍だ。敵の戦力を完全に見誤ったがゆえ、無謀な作戦が立案され、死ななくていい兵士たちが大勢亡くなったのである。
この情報軽視からの甚大な被害という流れは、今回の「ダイヤモンド・プリンセスの悲劇」も全く同じである。
汚染された船内で、素人が考えたような雑な感染対策をしていても、二次被害や三次被害が広がっていくだけなのは、岩田氏のような専門家に助言を仰げばすぐにわかる。しかし、情報を軽視していた厚労省は、「船の中に閉じ込めて陸に上げなければ、国内の感染は防げるのだからそれなりに意味があるはずだ」というとんでもない思い違いをして、「船内にとどまらせるのが最善策」だと自己正当化につとめた。そして、このデマを真に受けて、多くの乗客、医療従事者、自衛隊などの支援スタッフがウイルスにさらされたのである。
厚労省が旧日本軍の組織文化を引きずっているとしたら、今回の「ウイルスとの戦争」の行く末はかなり暗い。国家の体面やエリートの保身のために、「みんなで立ち向かえばきっと勝てる!」みたいな精神論によって、多くの国民が犠牲になるからだ。
「ダイヤモンド・プリンセス号の542人感染者」は、これから始まる大きな悲劇の序章なのかもしれない。