「池袋暴走事故」を再考する! 高齢者に運転免許証返納を“強制”するのは本当に合理的なのか
3/31(日) 8:11配信
Merkmal
池袋暴走事故の余波
交通事故現場のイメージ(画像:写真AC)
2019年4月に発生した東池袋自動車暴走死傷事故(池袋暴走事故)の遺族である松永拓也さんに以前、次の殺害予告が送られた。
【画像】えっ…! これが60年前の「海老名サービスエリア」です(計15枚)
「歳のいった飯塚にお金を払わせるのはおかしいので、近いうち松永を殺す」
「飯塚」とは、元通産省工業技術院長の飯塚幸三受刑者のことである。東大工学部出身のエリートで、2024年6月には93歳になる。
殺害予告を受けて、松永氏はメディアに次の点を要望した。
・飯塚受刑者は自賠責・任意保険に加入していた
・民事裁判で確定し報道された金額は保険会社から支払われる
・飯塚受刑者個人との直接金銭のやり取りは無い
松永さんが激しい誹謗(ひぼう)中傷を受けたことが連日報道されたが、筆者(伊波幸人、自動車ライター)はこの問題の本質を
「高齢者バッシングに対する現役世代の怒りが殺害予告につながった」
と見ている。そう、感情論である。
いくら「若者も事故率が高い」「高齢者が当事者となる事故率は低い」と訴えても、高齢者を経済的に支える現役世代は、高齢者が当事者となる事故に対する見方を変えない。特に、現役世代が被害者となったり、高齢者が事前に運転自粛を通告されたりした事故は、バッシングを受けやすい。
そこで本稿では、池袋暴走事故で議論される
「運転免許証の年齢制限の実施」
による経済的・社会的コストの意義を問う。
公共交通利用の経済的側面
自家用車と公共交通機関を利用した場合の比較(画像:内閣府)
高齢者が一定の年齢に達した場合、運転免許証を強制的に返納させる制度が導入されれば、高齢者は移動に公共交通機関を利用することになる。
この点について、内閣府「高齢者の交通安全対策に関する調査(令和4年3月)」の自家用車と公共交通機関を利用した場合の経済的負担を参考にした。以下が概要である。
・居住地は都市部、地方都市、過疎地の3タイプを想定
・年間移動距離は1500km、4000km、7000kmの3通り
・普通自動車と軽自動車を比較
・自家用車の車両代と各保険料、維持費(各税金・車検代、ガソリン代、消耗品費)
・公共交通機関は鉄道、バス、タクシーを利用した場合を検討し、機会損失も加味する
自家用車の維持費に駐車場代が加味されていないのは、内閣府「平成30年高齢者の住宅と生活環境に関する調査結果」によると、高齢者の約8割が持ち家(駐車場あり)であるためだ。公共交通機関の機会損失とは、自家用車に比べて待ち時間や徒歩時間が失われることで、「ロスした時間を高齢者が働いた場合の平均賃金」で検討している。
画像は年間移動距離4000kmを想定しており、機会損失が大きい地方や過疎地ほど負担が大きいことがわかる。例えば、バスを利用する過疎地では、移動時間のロスに年間12万8720円、待ち時間のロスに年間115万8480円が加味される。
過疎地における公共交通機関の年間利用料金と自家用車(軽自動車)を単純に比較すると、
・公共交通機関(バス利用):16万1200円/年
・自家用車(軽自動車):22万5824円/年
である。
公共交通機関を利用した方が安い(71%)。一見すると、公共交通機関の利用が増えることは、歩く機会にとってもよいことのように見える。また、年間移動距離が1500kmでは、機会損失を加味しても都市部や地方都市では経済的負担が少なく、啓発活動によって運転免許証の自主返納が促進されるとしている。
しかし、そう単純な話ではない。筆者も高齢者の移動支援に携わっているが、複雑化した公共交通機関を利用することへの“心理的ハードル”が一番大きいのだ。
その結果、外出する機会が減り、介助が必要になりやすい。このことは、国立長寿医療センター予防老年学研究部が行った研究結果からも裏付けられる。
3/31(日) 8:11配信
Merkmal
池袋暴走事故の余波
交通事故現場のイメージ(画像:写真AC)
2019年4月に発生した東池袋自動車暴走死傷事故(池袋暴走事故)の遺族である松永拓也さんに以前、次の殺害予告が送られた。
【画像】えっ…! これが60年前の「海老名サービスエリア」です(計15枚)
「歳のいった飯塚にお金を払わせるのはおかしいので、近いうち松永を殺す」
「飯塚」とは、元通産省工業技術院長の飯塚幸三受刑者のことである。東大工学部出身のエリートで、2024年6月には93歳になる。
殺害予告を受けて、松永氏はメディアに次の点を要望した。
・飯塚受刑者は自賠責・任意保険に加入していた
・民事裁判で確定し報道された金額は保険会社から支払われる
・飯塚受刑者個人との直接金銭のやり取りは無い
松永さんが激しい誹謗(ひぼう)中傷を受けたことが連日報道されたが、筆者(伊波幸人、自動車ライター)はこの問題の本質を
「高齢者バッシングに対する現役世代の怒りが殺害予告につながった」
と見ている。そう、感情論である。
いくら「若者も事故率が高い」「高齢者が当事者となる事故率は低い」と訴えても、高齢者を経済的に支える現役世代は、高齢者が当事者となる事故に対する見方を変えない。特に、現役世代が被害者となったり、高齢者が事前に運転自粛を通告されたりした事故は、バッシングを受けやすい。
そこで本稿では、池袋暴走事故で議論される
「運転免許証の年齢制限の実施」
による経済的・社会的コストの意義を問う。
公共交通利用の経済的側面
自家用車と公共交通機関を利用した場合の比較(画像:内閣府)
高齢者が一定の年齢に達した場合、運転免許証を強制的に返納させる制度が導入されれば、高齢者は移動に公共交通機関を利用することになる。
この点について、内閣府「高齢者の交通安全対策に関する調査(令和4年3月)」の自家用車と公共交通機関を利用した場合の経済的負担を参考にした。以下が概要である。
・居住地は都市部、地方都市、過疎地の3タイプを想定
・年間移動距離は1500km、4000km、7000kmの3通り
・普通自動車と軽自動車を比較
・自家用車の車両代と各保険料、維持費(各税金・車検代、ガソリン代、消耗品費)
・公共交通機関は鉄道、バス、タクシーを利用した場合を検討し、機会損失も加味する
自家用車の維持費に駐車場代が加味されていないのは、内閣府「平成30年高齢者の住宅と生活環境に関する調査結果」によると、高齢者の約8割が持ち家(駐車場あり)であるためだ。公共交通機関の機会損失とは、自家用車に比べて待ち時間や徒歩時間が失われることで、「ロスした時間を高齢者が働いた場合の平均賃金」で検討している。
画像は年間移動距離4000kmを想定しており、機会損失が大きい地方や過疎地ほど負担が大きいことがわかる。例えば、バスを利用する過疎地では、移動時間のロスに年間12万8720円、待ち時間のロスに年間115万8480円が加味される。
過疎地における公共交通機関の年間利用料金と自家用車(軽自動車)を単純に比較すると、
・公共交通機関(バス利用):16万1200円/年
・自家用車(軽自動車):22万5824円/年
である。
公共交通機関を利用した方が安い(71%)。一見すると、公共交通機関の利用が増えることは、歩く機会にとってもよいことのように見える。また、年間移動距離が1500kmでは、機会損失を加味しても都市部や地方都市では経済的負担が少なく、啓発活動によって運転免許証の自主返納が促進されるとしている。
しかし、そう単純な話ではない。筆者も高齢者の移動支援に携わっているが、複雑化した公共交通機関を利用することへの“心理的ハードル”が一番大きいのだ。
その結果、外出する機会が減り、介助が必要になりやすい。このことは、国立長寿医療センター予防老年学研究部が行った研究結果からも裏付けられる。
運転中止と社会参加
運転中止による影響(画像:国立長寿医療研究センター)
この研究では、65歳以上の高齢者3556人(平均年齢71.5歳)を対象に、2年間の追跡調査を行い、運転中止の影響を調べた。高齢者グループは、
・運転を実施していない群
・運転を継続している群
・運転を中止した群
の三つに分けられた。比較研究の結果、運転を続けた高齢者に比べ、運転を中止した高齢者は要介護になるリスクが7.8倍高いことがわかった。筆者の経験でも、運転免許証を返納すると、
・外出の機会が損なわれる
・他人との交流が減る
ため、認知機能や身体機能が低下する。要介護状態になれば税負担が増えるだけで、結局は現役世代の負担増につながりかねない。結局、年齢に関係なく運転適性や運転能力で判断するしかない。生活道路で児童と並走しながら法定速度を超えるスピードで運転する者に年齢もなにもあったものではない。
社会は、高齢者の運転適性や運転能力を適切かつ正確に判断しなければならないが、警察や運転免許センター以外に、この判断の手助けをすることが許された職業がある。それが医師である。
認知症判断と医師の役割
医師による任意の届け出制度(画像:愛知県警)
以下は、日本老年医学会の「運転免許証に係る認知症の診断の届出ガイドライン」からの一部引用である。
「平成26年6月1日より改正道路交通法が施行され、認知症等を診断した医師による運転免許証に係る任意の届出制度が開始されました。届出を行うかどうかは「任意」であることに留意して下さい」
医師は、診察の結果、認知症や特定の疾病(脳卒中など)により、運転が著しく危険であると判断した場合、公安委員会への届け出を実施できる。
冒頭で紹介した池袋暴走事故では、認知症は該当しなかったが、パーキンソン症状が疑われ、医師から運転を控えるよう助言されていたと報道されている。
一般的に高齢者と接する機会の多い医師や医療関係者、警察・公安委員会との連携手段を検討する余地はあるだろう。ただし、その場合、医師側の対応や事務コストが増大する。また、患者側の
「運転免許を取り上げられた」
という感情への対応も必要で、制度の利用は限定的だ。
また、認知症が疑われる高齢者に対し、家族や関係者が免許証の返納を勧めても、高齢者自身が渋るケースも多く、筆者も地域のケース課題として扱ったことがある。運転免許証を年齢で区別するのではなく、運転能力で区別する社会システムの構築が望まれる。
伊波幸人(自動車ライター)
運転中止による影響(画像:国立長寿医療研究センター)
この研究では、65歳以上の高齢者3556人(平均年齢71.5歳)を対象に、2年間の追跡調査を行い、運転中止の影響を調べた。高齢者グループは、
・運転を実施していない群
・運転を継続している群
・運転を中止した群
の三つに分けられた。比較研究の結果、運転を続けた高齢者に比べ、運転を中止した高齢者は要介護になるリスクが7.8倍高いことがわかった。筆者の経験でも、運転免許証を返納すると、
・外出の機会が損なわれる
・他人との交流が減る
ため、認知機能や身体機能が低下する。要介護状態になれば税負担が増えるだけで、結局は現役世代の負担増につながりかねない。結局、年齢に関係なく運転適性や運転能力で判断するしかない。生活道路で児童と並走しながら法定速度を超えるスピードで運転する者に年齢もなにもあったものではない。
社会は、高齢者の運転適性や運転能力を適切かつ正確に判断しなければならないが、警察や運転免許センター以外に、この判断の手助けをすることが許された職業がある。それが医師である。
認知症判断と医師の役割
医師による任意の届け出制度(画像:愛知県警)
以下は、日本老年医学会の「運転免許証に係る認知症の診断の届出ガイドライン」からの一部引用である。
「平成26年6月1日より改正道路交通法が施行され、認知症等を診断した医師による運転免許証に係る任意の届出制度が開始されました。届出を行うかどうかは「任意」であることに留意して下さい」
医師は、診察の結果、認知症や特定の疾病(脳卒中など)により、運転が著しく危険であると判断した場合、公安委員会への届け出を実施できる。
冒頭で紹介した池袋暴走事故では、認知症は該当しなかったが、パーキンソン症状が疑われ、医師から運転を控えるよう助言されていたと報道されている。
一般的に高齢者と接する機会の多い医師や医療関係者、警察・公安委員会との連携手段を検討する余地はあるだろう。ただし、その場合、医師側の対応や事務コストが増大する。また、患者側の
「運転免許を取り上げられた」
という感情への対応も必要で、制度の利用は限定的だ。
また、認知症が疑われる高齢者に対し、家族や関係者が免許証の返納を勧めても、高齢者自身が渋るケースも多く、筆者も地域のケース課題として扱ったことがある。運転免許証を年齢で区別するのではなく、運転能力で区別する社会システムの構築が望まれる。
伊波幸人(自動車ライター)