老化とがんは関係しているのか」東大教授の最新研究で分かってきた"老いの正体"
>■老化細胞にはがんを防ぐ機能もある
12/30/2021
老化を防ぐ治療薬の開発が進んでいる。東京大学医科学研究所の中西真教授は「老化の原因となる『老化細胞』のメカニズムを解明し、老化細胞を除去するための薬の開発に成功した。この薬が一般に向けて実用化されれば、老いのない社会が実現するかもしれない」という――。(第1回/全2回)
【この記事の画像を見る】 ※本稿は、中西真『老化は治療できる! 』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
■老化の原因を特定することに成功 私たち、東京大学医科学研究所などの研究チームは2021年1月15日、アメリカの科学誌『サイエンス』に次のような論文を発表しました。
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〈老齢のマウスに、GLS-1という酵素の働きを阻害する薬剤を投与したところ、老化細胞の多くが除去され、老年病や老化が改善した〉
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私たちは、「老い」の原因となる「老化細胞」が生存するメカニズムを読み解き、そこから「老化細胞」を選択的に除去するための薬を導き出しました。今、私たちは、この薬の実用化に向けた研究を進めています。この薬が広く一般に向けて実用化されれば、「老化」を防いだり改善して、老いずに歳を重ねるということができる社会が到来するかもしれません。
本稿では、「老化細胞」とは何か、私たちが発見した老化細胞の生存に必要なGLS-1とは何か、そしてなぜGLS-1阻害薬を投与すると老化細胞を殺すことができるのか、そして、そもそも「老化」するとは何なのか、ということを一つひとつ説明していきたいと思います。
■身体に残った「老化細胞」がさまざまな疾患を引き起こす まず、人間の肉体というのも、最初は受精卵ひとつから始まるのは、みなさんご存じのとおりです。それがどんどん細胞分裂していって成長し、内臓なり筋肉なり骨なりをつくっていきます。
人間の体は60兆個もの細胞によってつくられています。細胞のなかには、不老不死に近い幹細胞というものもあります。たとえば、血液系であれば、赤血球や白血球、血小板やリンパ球などの血液系細胞の大元になる「幹細胞」というものがあります。この幹細胞の数はそれほど多くありません。
多くの細胞は、そこから分化して分裂していったもので、この細胞は不老不死ではありません。人間であれば、50~60回ほど分裂したら、もうそれ以上は分裂できなくなります。こうして、完全に活動を停止してしまった細胞が「老化細胞」になってしまうのです。つまり、全身にある60兆個の細胞のうち、一部の幹細胞を除いた多くは、いずれ老化細胞になっていくということです。
これらの老化細胞は、本来であれば免疫細胞であるマクロファージ(白血球の一種)などが食べて除去してくれるのですが、生き延びた老化細胞が残ってしまい、体内のあちこちに蓄積されていきます。それらの老化細胞が炎症物質を誘発して、臓器や皮膚などにさまざまな炎症を起こしていきます。それが内臓疾患やシワなど、いわゆる加齢が原因のさまざまな疾患や症状として現れてくるのです。
<中略>
■老化細胞にはがんを防ぐ機能もある
<中略>
老化だけでなくがんリスクも高めると聞くと、心中穏やかではいられないという方も多いと思います。とはいえ、人間の体というのは非常に複雑なプログラムで成り立っており、老化細胞には完全にマイナスの面しかないかというと、そうとも言い切れないのです。
というのも、老化細胞は、異常な増殖を繰り返すがん細胞を、その周囲の細胞とともに老化させて、増殖を抑え込むという役割も果たしているからです。繰り返しになりますが、老化細胞はもう細胞分裂しません。増殖しない細胞です。がん細胞を老化させることによって、その異常増殖を防ぐ、つまりがんを防ぐことが老化細胞のプログラムのひとつであると考えられるのです。
<中略>
■老化細胞を適切に除去できれば、老化の進行は止められる
<中略>
細胞の遺伝子の異常が生じてがん化したとしても、細胞をも老化させることで自身の異常増殖を防ぐ。考えてみれば、よくできた人間の防御プロセスだといえるでしょう。あとは、老化細胞を適切に除去し、新しく健康な細胞が増えていけば、老化の進行は止められるというわけです。
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中西 真(なかにし・まこと
東京大学医科学研究所癌防御シグナル分野教授 名古屋市立大学医学部医学科卒業、名古屋市立大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。自治医科大学医学部助手、米国ベイラー医科大学留学、名古屋市立大学大学院医学研究科基礎医科学講座細胞生物学分野教授を経て、2016年4月より現職。
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