時刻は午後11時を回るころ。
町はずれの小さなホテルを目指し車を走らせているのだが、周辺には田畑が広がっているのだろうか、ずっと真っ暗だ。
およそ宿泊施設があるとは思えぬ光景に不安になる。
土地勘のない片田舎で同行者を連れ回しており、ただでさえ心細いのに……と思っていたところで、ようやくお目当ての建物がヘッドライトにポツンと浮かび上がった。
とうの昔に廃業していてもおかしくないシチュエーションだが、電気がついている。
車庫に車を入れてそのままチェックインという昔ながらのスタイルだ。
暗闇に目を凝らすと、すぐ隣にはすっかり色あせた同規模のラブホテル廃墟。「ポツンと現役ホテル」の不気味な雰囲気がさらに際立つ。
シャッター付きの車庫は旧規格の車サイズのためか、中々に狭く車幅に気を使った。
車庫の奥に電動シャッターを閉めるボタンと、部屋へ通じる扉がある。
夢にまで見た円形ベッドの一室。名前は「パスティーユ」。
令和の現代に残っているのが奇跡ともいうべき雰囲気が、部屋全体に漂っていた。
風営法の関係で、さすがに回転機構は無くなっており、枕元に並ぶのは照明やラジオのスイッチ。年代物のため反応しないものもある。
部屋に備え付けのミニ自販機には、楽しそうな玩具類や無双ドリンク。
ひとつ問題だったのは洗面台とトイレ。
清掃はされているのだが、恐らく開業時からそのままの設備で、カビの臭いが強烈だこと。
廃墟探索の経験がある私ですら引いてしまうレベルで、同行者の気分を害さないかハラハラしたのだが、笑って許してくれるタイプだったのでほっと一安心。
来てよかったかも。
浴室も部屋と雰囲気を合わせているのだろう、赤いタイルと円形の浴槽が特徴的。
カランとシャワーは新しくなっているので快適であった。スケベ椅子は無かった。
こういう状況のそれとは違う種類の高揚感と興奮で、つい写真撮影に夢中になってしまった。
寝ましょう。寝ますよ。疲れているのでね。はい、おやすみ。
翌朝、目覚めて窓を開けてみると一面に広がる田園風景。どうりで昨夜カエルの鳴き声がしていた訳だ。
素晴らしいロケーションである。
なお、ここにはもう一室、青い円形ベッドの部屋もあるそうだ。
ぜひもう一度訪問してみたい。今度は断られそうだけど……。
(2023年訪問)