山邊赤人
作者部類云、万葉目録藤原敦澄、引姓氏録云、山邊
宿袮赤人。垂仁天皇之後也。裔孫正六位上山邊大老人云云。
古今真名序云、有山邊赤人者(ト云コト)並和歌僊也。古今序云、
また山邊の赤人と云人ありけり。哥にあやしくたへなり
けり。人丸は赤人が上に立ん事かたく、赤人は人丸が下に
たゝんことかたくなんありける云云。 御抄云、神亀天平
乃比人云云。拾芥抄云、聖武御時人云云。作者部類云、養
老神亀両代之人當代之人云云。袋艸子云、赤人始自元正至聖武、於
以後者指證拠不見歟云云。宗祇云、人丸赤人同時也。赤人は
すこし末の人にや。万葉のすゑには、人丸歌みえず。赤人の
は末まであり。
愚案万葉集を考るに、赤人哥は㐧三雑哥の中に、
山部宿袮赤人、望不盡山歌一首云云。是始也。又㐧六神
亀元年十月幸紀伊国時作歌。又天平六年三月幸
于難波宮時哥等あり。始の雑歌の中には、人丸などの
うた、相交りて、人丸と時代ひとしくやとみえ侍れど、
其中には、時代不同の人〃ありて、時代の拠に取かたし。先、
年譜◯なるにより侍らば、聖武の時の人たる事顕然たり。
飛鳥井家古今抄云、上総国山部郡人也。彼所に
庿今にあり云云。作者部類にもあり。
たごのうらにうちいでゝ見れば白妙のふじの高ねに雪は降つゝ
新古今冬部題しらずと云云。万葉㐧三、雑哥の中に山ノ部(ベノ)
宿袮赤人望ムノ不盡ノ山ヲ歌一首并短歌長哥畧之ヲ此哥真白(マシロ)ニゾ衣
冨士の高根に雪はふりけるとあり.田児(タゴ)ノ浦、駿河の名所
なり。高根は峯を云也。哥心は御抄云、田子浦のたぐいな
きを立出てみれば眺望かきりなくして心詞に及ばぬ
※◯は、忄に造
に、冨士の高ねの雪をみたる心を思ひ入て、吟味すべし。
海邊のおもしろき事をも、高ねの妙なるをも、詞に出
すことなくして、其さま斗を云のべたる事尤奇異なる
にこそ。此雪は降つゝといへる餘情かぎりなし。當意即
妙の理を思ふべし。師説、降つゝとは、此山の雪は常にふりつみ
て見事なるに、今も猶、また降つゝ見事なる心をいひ
ふくめたる也。其故に、新古今にも此哥冬部に入たると
なり。餘情かぎりなき物也。常観念古歌之景氣可
染心と定家卿のたまへり。よく工夫すべし。