新古今和歌集の部屋

新古今増抄 巻第一 良経 帰雁2 蔵書

一 忘るなよたのむの沢を立かりも稲葉のかぜの秋の夕暮

増抄云。五文字かりにいひかけたる也。かへる事

にさだまりたるゆへに、たのみもむなしく

かへるほどに、又こちへくる時を忘れず

してきたれよとなり。とゞめてもとゞむべ

きならねば、さらば秋を忘れずたのむと

の義也。大かたに秋を忘るなといふに

あらず。せんかたつきてからの事也。たの

むといふより、稲葉風のと下句にいひたり。

この哥は、むともとを相通としたる義也。

一 百首の哥たてまつりし時

一 かへるかり今はの心有明に月と花との名こそおしけれ


古抄云。今はと云詞、前に同。今はの心あるとうけむ

ためなり。月と花との名こそおしけれといへる言

語道断不及凡慮所也。月と花とをみ

すてゝゆくよといふ悪名をばいかゞせむと鳫

に教訓したる哥也。本哥春霞たつを見

すてゝゆくかりは、花なきさとにすみやならへる。

歸鳫の哥にかやうなるは稀なり。

増抄云。或説云。かりのかへりそうなる心があり

げにみるをみて、月と花とにいひかけたり。

鳫が歸りぬべきけしきなるが、扨も月花は

ゑとめぬ事かな。是非と、かりにいひてとめ

よ。とめずは月花の手柄はなきほどに、その


かひなき名のたゝんがおしけれど、月花の名

にみるべしとぞ。かりといふものは、かへるにさだ

まりたるものなれば、かへるにとりなし、それを

えとめぬは、かひなき月花の名にたゝんとなり。

月花は人をばとゞむる事あればかく云へると也。

随分とめんよしをおもひわづらひての上にて

月花がとめんによと思ひよりたる義成べし。



※古抄云 常縁聞書。ただし、以下の通り若干異なる。
今はと云詞、前に同。有明は今はの心あるとうけむためなり。月と花との名こそおしけれといへる言語道断不及凡慮所也。月と花とをみすてゝゆくよといふ悪名をばいかゞせむと鳫に教訓したる哥也。本哥春霞たつを見すてゝゆくかりは花なきさとにすみやならへる。歸鳫の哥にかやうなるは稀なり。

※前に同 常縁聞書が、寂蓮法師の歌であり、それを指す。

※本哥春霞たつを見すてゝゆくかりは~
古今集 春歌上
 帰雁をよめる      伊勢
はるがすみたつを見すててゆくかりは花なきさとにすみやならへる

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