殿上人は布衣也。幄屋をまうけ、幔をひき
めぐらし、打ひつ、檜破子、やうの物を奉り、
人/\和哥を献ず。其時の序は、平兼盛
とかや。清原ノ元輔、曽祢ノ好忠など云哥人
ともにてぞ侍し。
一 百首哥たてまつりし時
一 藤原家隆朝臣、于時、從四位上、先上総介。
前中納言光隆ノ男。母ハ実兼女。公実卿孫(四十三
首入)
一 谷河の打出る波も聲たてつ鶯さそへはるのやま風
古抄云。古今哥二首をひきあはせて
本哥 よめる哥也。
谷川の解る氷のひまごとにうちいづるなみや春のはつ花
同
花のかをかぜのたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる
たに川の氷もはやとけて聲たて侍れば鶯
もさそへと春風にいひかけたるうたなり。
増抄云。波聲といふより、うぐひすの聲をき
けよと、とりあわせたる哥なり。うち出るとは、
鶯も谷より出るものなれば、よせある詞なり。
かやうに相應したる故に、おなじことにて有程
にうぐひすもいでん程にさそへとなり。
頭注
谷 尓雅云。水注川
曰渓注渓曰谷。
鶯 説文云。黄鸝
倉庚也。鳴即蚕
生。
詩䟽云。黄鳥鸝
鶹也。或謂黄粟
留幽州謂之黄
鴬一名 倉庚
一名商庚 一名
楚雀。
※古抄 幽斎新古今聞書増補
※古今歌 古今集巻第一 春歌上
寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
源当純
谷風にとくるこほりのひまごとにうちいづる浪や春のはつ花
紀友則
花のかを風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる
※爾雅(じが) 中国最古の類語辞典・語釈辞典・訓詁学の書。儒教では周公制作説があるが、春秋戦国時代以降に行われた古典の語義解釈を漢初の学者が整理補充したものと考えられている。『漢書』芸文志には3巻20篇と記載されているが、現行本は19篇である。漢唐の古文学や清朝考証学において非常に重視され、後には十三経の一つに挙げられている。唐代には石経(開成石経)にも刻まれた。
※黄鸝 コウライウグイス
※倉庚 うぐいす(鶯)の異名。日本では古くはヒバリをいったとされる。万葉集巻第一九 4292 大伴家持 うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば 左注「春日遅々鶬鶊正啼 悽惆之意非歌難撥耳 仍作此歌式展締緒 但此巻中不稱 作者名字徒録年月所處縁起者 皆大伴宿祢家持裁作歌詞」
※説文 説文解字
※詩䟽 毛詩草木鳥獸蟲魚疏。三国呉の陸璣の撰。一部誤脱。毛詩草木鳥獸蟲魚疏廣要 国立国会図書館デジタルコレクション