風俗博物館
りわきてらうたくし給し、ちいさきわらはの、おやどもも
源詞わらはノ
なく、いと心ぼそげに思へることはりにみ給て、あてき
名也
はいまは我をこそは思ふべき人なめれとの給へば、いみじ
くなく。ほどなきあこめ人よりはくろくそめて、く
ろきかざみ、くはざういろのはかまなどきたるも
源詞
おかしきすがたなり。むかしをわすれ、ざらん人は、つれ
夕霧ノ事
/"\をしのびてもおさなき人をみすてずものし給へ。
見し世のなごりなく人々゛さへかれなば、たつぎなさも
まさりぬべくなんなど、みな心ながゝるべきことゞもを
葵○ノ心
の給へど、いでやいとゞまちどをにぞ成給はんと思ふ
右大臣
にいとゞ心ぼそし。大とのは人々゛に、きは/\ほど/\
をゝきつゝ、はかなきもてあそび物ども、又まことにかの
御かたみなるべき物など、わざとならぬさまにとり
源
なしつゝ、みなくばらせ給けり。君はかくてのみもい
かでかはつく/"\とすぐし給はんとて、ゐんへまい
り給。御くるまさし出て、ごぜんなどまいりあつま
るほどおりしりがほなるしくれうちそゝきて、
木のはさそふ風あはたゝしうふきはらひたるに
おまへにさふらふ人々゛、ものいとゞ心ぼそくて、すこし
ひまありつる袖どもうるほひわたりぬ。よさりはや
がて二条院にとまり給べしとて、さふらひの人ども
かしこにまちきこえんとなるべし。をの/\たち
出るにけふにしもとぢむまじきことなれど、また
左大臣 大宮
なくものがなしおとゞも宮も、けふのけしきにま
たかなしさあらためておぼさる。宮の御まへに御せ
源詞
うそこきこえ給へり。ゐんにおぼつかながり給はすに
よりけふなんまいり侍る。あからさまに立出侍る
につけても、けふまでながらへ侍りにけるよと、みだ
り心゛ちのみうごきてなん。きこえさせんも中/\
に侍べければ、そなたにもまいり侍らぬとあれば、いとゞ
大宮
しく宮はめもみえ給はずしづみいりて御返りもえ
左大臣
きこえ給はず。おとゞぞやがてわたり給へる。いとたへが
たげにおぼして御袖もひきはなち給はず。見奉る
り分きてらうたくし給ひし、小さき童の、親共もなく、いと心細げに思へる理り
に見給て、「あてきは、今は我をこそは思ふべき人なめれ」と宣へば、いみじ
く泣く。程無き衵(あこめ)、人よりは黒く染めて、黒き汗衫(かざみ)、萱
草(くはざう)色の袴など着たるも可笑しき姿なり。「昔を忘れざらん人は、
徒然を忍びても、幼き人を見捨てず、物し給へ。見し世の名残り無く人々さへ
離れなば、方便(たつぎ)無さも勝りぬべくなん」など、皆心長かるべき事共
を宣へど、いでや、いとど待ち遠にぞ成り給はんと思ふに、いとど心細し。大
殿は人々に、際々、ほどほどを置きつつ、儚き弄び物共、又真に彼の御形見な
るべき物など、わざとならぬ樣に取りなしつつ、皆配らせ給ひけり。
君はかくてのみもいかでかは、つくづくと過ぐし給はんとて、院へ参り給ふ。
御車さし出でて、御前など参り集まるほど、折り知り顔なる時雨打ち注ぎて、
木の葉誘そふ風、慌ただしう吹き払ひたるに、御前に候ふ人々、物いとど心細
くて、少し暇有りつる袖共、潤ひ渡りぬ。夜さりは、やがて二条院に泊り給ふ
べしとて、侍ひの人共、かしこに待ち聞こえんとなるべし。各々立ち出るに、
今日にしもとぢむまじき事なれど、またなく物悲し。大臣も宮も、今日の気色
に、又悲しさ改めておぼさる。宮の御前に御消息聞こえ給へり。
院におぼつかながり給はすにより、今日なん参り侍る。あからさまに立ち
出で侍るにつけても、今日まで長らへ侍りにけるよと、みだり心地のみ動
きてなん。聞こえさせんも中々に侍べければ、そなたにも参り侍らぬ。
とあれば、いとどしく、宮は目も見え給はず沈み入りて、御返りもえ聞こえ給
はず。大臣ぞやがて渡り給へる。いと耐へがたげにおぼして、御袖も引き放ち
給はず。見奉る