一 題しらず よみ人知らず
一 故郷にかへるかりがねさ夜更て雲ぢにまよふ聲きこゆ也
増抄云。夜中にかりの空をゆきやらずこゑの
きこゆるをきゝて、古郷にはやくかへらんとて
夜中にたちてゆくものならんか。くらければ
えゆきやらでまよふ事よ。扨も哀さよと
の心あり。うちきゝはすらりとしたる古風
の哥なり。味へばあわれなる哥なり。かやう
の哥とやす/\とみるは、無念のよしを
古人もいへり。
一 帰鳫を 摂政太政大臣
一 忘るなよたのむの沢を立かりも稲葉のかぜの秋の夕暮
増抄云。五文字かりにいひかけたる也。かへる事
にさだまりたるゆへに、たのみもむなしく
かへるほどに、又こちへくる時を忘れず
してきたれよとなり。とゞめてもとゞむべ
きならねば、さらば秋を忘れずたのむと
の義也。大かたに秋を忘るなといふに
あらず。せんかたつきてからの事也。たの
むといふより、稲葉風のと下句にいひたり。
この哥は、むともとを相通としたる義也。
頭注
稲 唐雅云。粇稲
屬也。稲也割而
復抽曰稲孫有
紫芒稲赤䊯曰
来稲穏曰禾。
稲葉風とはいな
ばにかぜのふく比
といふ義なり
とぞ