伝西行筆 源氏物語夕顔歌色紙コレクション
のことどもやおりたちてみだるゝ人は、むべおこが
ましきこともおほからんと、いとゞ御心おさめら
れ給。中将、とのゐ所゛より、これまづとぢつけ
源心
させ給へとて、をしつゝみてをこせたるを、いかで
とりつらんと心やまし。このおびをえざらまし
かばとおぼす。そのいろのかみにつゝみて
源
√中たえばかごとやおふとあやうさにはな
だのおびはとりてだにみず。とてやり給ふ。立かへり
頭中
君にかくひきとられぬるおびなればかくてた
えぬる中とかこたん。えのがれ給はじとあり。日たけ
てをの/\てん上゛にまいり給へり。いとしづかにものど
をきさましておはするに、とうの君もいとおかしけ
れどおほやけごとおほくそうしくだす日にて、いと
うるはしくすくよ◯なるを、みるもかたみにほゝゑ
頭中
まる。人まにさしよりて物がくしはこりぬらん
源詞
かしとて、いとねたげなるしりめなり。などてか
さしもあらん。立ながらかへりけん人こそいとおし
けれ。まことはうしや世中よといひあはせて、√とこ
の山なると、かたみにくちがたむ。さてそののちは、
ともすればことのついでことに、いひむかふるくさはひ
源心
なるをいとゞ物むつかしき人ゆへとおほししるべ
内侍 源
し。女はなをいとえんにうらみかくるを、わびしと思
ひありき給。中将はいもうとの君にきこえいでず。
たゞ、さるべきおりのをどしぐさにせんとぞ思ひけ
御門
る。やむごとなき御はら/"\のみこたちだに、うへの
源を
御もてなしのこよなきに、わづらはしがりて、いとこ
とにさりきこえ給へるを、この中将は、さらにをし
けたれきこえじと、はかなきことにつけても、思ひ
頭中 葵
いどみきこえ給。此君ひとりぞ。ひめ君゛の御ひと
源は
つばらなりける。みかどの御子といふはかりにこそあ
れ、我もおなじ大じんときこゆれど、御おぼえことなる
が、みこばらにて、又なくかしづかれたるは、何ばかりを
とるべききはとおぼえ給はぬなるべし。人がらもあ
の事共や、おり立ちて、乱るる人は、むべ烏滸がましき事も多からんと、
いとど御心おさめられ給ふ。中将、宿直所より、「これ、先づ綴ぢ付けさ
せ給へ」とて、をし包みてをこせたるを、いかで取りつらんと、心やまし。
この帯を、得ざらましかばとおぼす。その色の紙に包みて
√中絶えばかごとやおふとあやうさに縹(はなだ)の帯は取りてだに見ず
とてやり給ふ。立ち返り
君にかく引き取られぬる帯なればかくて絶えぬる中とかこたん
「え逃れ給はじ」とあり。日たけて、各々殿上に参り給へり。いと静かに
物遠き樣しておはするに、頭の君も、いと可笑しけれど、公事(おほやけ
ごと)多く奏し下す日にて、いと麗しく、すくよかなるを、見るも、かた
みに微笑まる。人間(ま)にさし寄りて、「物隠(がく)しは懲りぬらん
かし」とて、いとねたげなる尻目なり。「などてか、さしもあらん。立ち
ながら帰りけん人こそ、いとおしけれ。真は、憂しや世の中よ」と、言ひ
合はせて、「√鳥籠(とこ)の山なる」と、かたみに口がたむ。さて、そ
の後は、ともすれば事の序で毎に、言ひ迎ふる種(くさ)はひなるを、い
とゞ、物難しき人ゆへとおぼし知らるべし。女は、なをいと艶に恨みかく
るを、侘しと思ひ歩き給ふ。中将は、妹の君に聞こえ出でず。たゞさるべ
き折の、脅し種にせんとぞ思ひける。止ん事無き御腹々の親王達だに、上
の御もてなしのこよなきに、煩はしがりて、いと殊に、さり聞こえ給へる
を、この中将は、更に押し消(け)たれ聞こえじと、儚き事につけても、
思ひ挑み聞こえ給ふ。この君一人ぞ。姫君の御一つ腹なりける。帝の御子
といふばかりにこそあれ、我も同じ大臣(だいじん)と聞こゆれど、御覚
えことなるが、皇女(みこ)腹にて、又なく、かしづかれたるは、何ばか
り劣るべき際と、覚え給はぬなるべし。人柄もあ
引歌
鳥籠の山なる
古今和歌集 墨滅歌
犬上のとこの山なる名取川いさと答よ我が名漏らすな
万葉集巻第十一 寄物陳思 読人不知
狗上之 鳥籠山尓有 不知也河 不知二五寸許瀬 余名告奈
滋賀県犬上郡(現彦根市)にある正法寺町の山と言われる。名取川と言う名前はない。
本歌取
中絶えば
催馬楽 石川
石川の、高麗人(こまうど)に帯取られて、からき悔いする。いかなる、いかなる帯ぞ、縹(はなだ)の帯の、中は絶えたる。かやるかやるか、中は絶えたる
和歌
源氏
中絶えばかごとやおふとあやうさに縹(はなだ)の帯は取りてだに見ず
意味:もし源典侍との仲がこの帯の樣に切れたなら、文句も言われてもしょうがないが、この縹の帯は手に取っても見ないです。
頭中将
君にかく引き取られれぬる帯なればかくて絶えぬる中とかこたん
意味:君にこのように引きちぎられた帯なれば、そうして絶えてしまった仲とお恨み申しましょう。