題しらず 従三位頼政
こよひだれすゞふく風を身にしみてよしのゝたけの月を見るらん
めでたし二三の句殊によろし。 月をみてあはれなる
まゝに、思ひやれるなり。 四の句、奥といふべきを、たけといへ
る。おもしろし。たけの月を見るは、おくなる事、おのづから聞ゆ。
和哥所の哥合に湖邊月 家隆朝臣
にほの海や月の光のうつろへば波の花にも秋は見えけり
本歌√草も木も色かはれどもわたつうみの波の花にぞ秋なか
りける。
百首哥奉りし時秋のうた。慈圓大僧正
ふけゆかばけぶりもあらじ塩がまのうらみなはてそ秋のはの月
だいしらず 俊成卿女
ことわりの秋にあへぬなみだ哉月のかつらもかはるひかりに
めでたし。下句詞もめでたし。 本哥√ちはやぶる神の
いがきに云々。√久かたの月のかつらも云々。 ことはりの秋は、
此二首の本歌のごとくなることわりの秋なり。 あへぬは、え
たへぬなり。 下句は、秋の影の、つねとはかはりて、殊にさや
かなる月を見るによりて、といふ意を表とせり。
家隆朝臣
ながめつゝ思ふもさびし久かたの月のみやこの明方のそら
月の都は、いはゆる月宮殿のことにて、それをやがて、月見る
此都のことにかねてよめり。 二の句、思ふは、此都にて、月宮
殿をおもひやる也。 結句も、此都の明がたのさびしきに
つきて、かの月宮殿の明方のさびしさをも、思ひやる也。
五十首哥奉りし時月前草花 摂政
故郷のもとあらの小萩咲しよりよな/\庭の月ぞうつろふ
もとあらの小萩は、古今に、露をおもみとある故に、露とい
はで、露しげきことを思はせて、月ぞうつろふとはよめる
なり。 此哥、何のふしもなけれど、ふるき姿にて、殊勝
なり。此殿の御哥、此たぐひ多し。今もふるきふりを
よまむとならば、これらの哥にならふべきなり。
建仁元年三月哥合に山家秋月
時しもあれふるさと人は音もせでみ山の月に秋風ぞふく
めでたし。下句めでたし。 時しもあれとは、時社(コソ)あ
らめ。月を見て、故郷人を恋しく思ふをりしも、といふこゝ
ろなり。 一首の意、山ざとにて月を見て、故郷人をおもふ
をりしも、故郷人は音づれもせで、秋風の音して、いよ
いよさびしさをそふとなり。 ふるさと人を恋しく
思ふといふことは、詞の外にそなはれり。其意を以て見ざれば、
時しもあれといふこと、はたらかず。