新古今和歌集の部屋

美濃の家づと 二の巻 秋歌上7

 

題しらず        従三位頼政

こよひだれすゞふく風を身にしみてよしのゝたけの月を見るらん

めでたし二三の句殊によろし。 月をみてあはれなる

まゝに、思ひやれるなり。 四の句、奥といふべきを、たけといへ

る。おもしろし。たけの月を見るは、おくなる事、おのづから聞ゆ。

和哥所の哥合に湖邊月  家隆朝臣

にほの海や月の光のうつろへば波の花にも秋は見えけり

本歌√草も木も色かはれどもわたつうみの波の花にぞ秋なか

りける。

百首哥奉りし時秋のうた。慈圓大僧正

ふけゆかばけぶりもあらじ塩がまのうらみなはてそ秋のはの月

だいしらず       俊成卿女

ことわりの秋にあへぬなみだ哉月のかつらもかはるひかりに

めでたし。下句詞もめでたし。 本哥√ちはやぶる神の

いがきに云々。√久かたの月のかつらも云々。 ことはりの秋は、

此二首の本歌のごとくなることわりの秋なり。 あへぬは、え

たへぬなり。 下句は、秋の影の、つねとはかはりて、殊にさや

かなる月を見るによりて、といふ意を表とせり。

              家隆朝臣

ながめつゝ思ふもさびし久かたの月のみやこの明方のそら

月の都は、いはゆる月宮殿のことにて、それをやがて、月見る

此都のことにかねてよめり。 二の句、思ふは、此都にて、月宮

殿をおもひやる也。 結句も、此都の明がたのさびしきに

つきて、かの月宮殿の明方のさびしさをも、思ひやる也。

五十首哥奉りし時月前草花 摂政

故郷のもとあらの小萩咲しよりよな/\庭の月ぞうつろふ

もとあらの小萩は、古今に、露をおもみとある故に、露とい

はで、露しげきことを思はせて、月ぞうつろふとはよめる

なり。 此哥、何のふしもなけれど、ふるき姿にて、殊勝

なり。此殿の御哥、此たぐひ多し。今もふるきふりを

よまむとならば、これらの哥にならふべきなり。

建仁元年三月哥合に山家秋月

時しもあれふるさと人は音もせでみ山の月に秋風ぞふく

めでたし。下句めでたし。 時しもあれとは、時社(コソ)あ

らめ。月を見て、故郷人を恋しく思ふをりしも、といふこゝ

ろなり。 一首の意、山ざとにて月を見て、故郷人をおもふ

をりしも、故郷人は音づれもせで、秋風の音して、いよ

いよさびしさをそふとなり。 ふるさと人を恋しく

思ふといふことは、詞の外にそなはれり。其意を以て見ざれば、

時しもあれといふこと、はたらかず。

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