新古今和歌集の部屋

巻第三 夏歌


175 持統天皇御歌
春過ぎて夏来にけらししろたへの衣ほすてふあまのかぐ山

176 素性法師
惜しめどもとまらぬ春もあるものをいはぬにきたる夏衣かな

177 前大僧正慈円
散りはてて花のかげなきこのもとにたつことやすき夏衣かな

178 源道済 ○
夏衣きていくかにかなりぬらむ残れる花は今日も散りつつ

179 皇太后宮大夫俊成女 ○
折りふしもうつればかへつ世の中の人のこころの花染の袖

180 白河院御歌
卯の花のむらむら咲ける垣根をば雲間の月のかげかとぞ見る

181 大宰大弐重家 ○
卯の花の咲きぬる時はしろたへの波もてゆへる垣根とぞ見る

182 式子内親王
忘れめやあふひを草にひき結びかりねの野辺の露のあけぼの

183 小侍従
いかなればそのかみ山のあふひ草年は経れども二葉なるらむ

184 藤原雅経
野辺はいまだ浅香の沼に刈る草のかつみるままに茂る頃かな

185 持賢門院安芸 ○
桜あさのをふの下草しげれただあかで別れし花の名なれば

186 曾禰好忠 ○
花散りし庭の木の間もしげりあひてあまてる月の影ぞ稀なる

187 曾禰好忠
かりにくと恨みし人の絶えにしを草葉につけてしのぶ頃かな

188 藤原元真
夏草は茂りにけりなたまぼこの道行き人もむすぶばかりに

189 延喜御歌
夏草は茂りにけれどほととぎすなどわがやどに一声もせぬ

190 柿本人麿
なく声をえやは忍ばぬほととぎす初卯の花のかげにかくれて

191 紫式部
郭公こゑ待つほどはかた岡の森のしづくに立ちや濡れまし

192 弁乳母 ○
郭公み山出づなるはつこゑをいづれの里のたれか聞くらむ

193 よみ人知らず
五月山卯の花月夜ほととぎす聞けども飽かずまたなかむかも

194 よみ人知らず
おのがつま恋ひつつ鳴くや五月やみ神なび山の山ほととぎす

195 中納言家持
郭公一こゑ鳴きていぬる夜はいかでか人のいをやすくぬる

196 大中臣能宣朝臣
郭公鳴きつつ出づるあしびきのやまと撫子咲きにけらしな

197 大納言経信
二声と鳴きつと聞かば郭公ころもかたしきうたた寝はせむ

198 白河院御歌
郭公まだうちとけぬしのびねは来ぬ人を待つわれのみぞ聞く

199 花園左大臣
聞きてしも猶ぞ寝られぬほととぎす待ちし夜頃の心ならひに

200 前中納言匡房
卯の花のかきねならねど時鳥月のかつらのかげになくなり

201 皇太后宮大夫俊成 ○
むかし思ふ草のいほりのよるの雨涙な添へそ山ほととぎす

202 皇太后宮大夫俊成
雨そそぐ花たちばなに風すぎてやまほととぎす雲に鳴くなり

203 相模
聞かでただ寝なましものを郭公なかなかなりや夜半の一声

204 紫式部 ○
誰が里も訪ひもや来ると郭公こころのかぎり待ちぞわびにし

205 周防内侍
夜をかさね待ちかね山のほととぎす雲居のよそに一声ぞ聞く

206 按察使公通
二声と聞かずは出でじ郭公いく夜あかしのとまりなりとも

207 民部卿範光
郭公なほひとこゑはおもひ出でよ老曾の森の夜半のむかしを

208 八条院高倉
ひとこゑはおもひぞあへぬ郭公たそがれどきの雲のまよひに

209 摂政太政大臣
有明のつれなく見えし月は出でぬ山郭公待つ夜ながらに

210 皇太后宮大夫俊成 ○
わが心いかにせよとてほととぎす雲間の月の影に鳴くらむ

211 前太政大臣
ほととぎす鳴きているさの山の端は月ゆゑよりもうらめしきかな

212 権中納言親宗 ○
有明の月は待たぬに出でぬれどなほ山ふかきほととぎすかな

213 藤原保季朝臣
過ぎにけりしのだの森の郭公絶えぬしづくを袖にのこして

214 藤原家隆朝臣 ○
いかにせむ来ぬ夜あまたの郭公またじと思へばむらさめの空

215 式子内親王
声はして雲路にむせぶほととぎす涙やそそぐ宵のむらさめ

216 権中納言公経
ほととぎす猶うとまれぬ心かな汝がなく里のよその夕ぐれ

217 西行法師
聞かずともここをせにせむほととぎす山田の原の杉のむらだち

218 西行法師
郭公ふかき峰より出でにけり外山のすそに声の落ち来る

219 後徳大寺左大臣 ○
をざさふく賤のまろ屋のかりの戸をあけがたに鳴く郭公かな

220 摂政太政大臣
うちしめりあやめぞかをる郭公啼くやさつきの雨のゆふぐれ

221 皇太后宮大夫俊成
今日はまた菖蒲のねさへかけ添へて乱れぞまさる袖のしら玉

222 大納言経信
あかなくに散りにし花のいろいろは残りにけりな君が袂に

223 上東門院小少将
なべて世のうきになかるる菖蒲草今日までかかるねはいかが見る

224 紫式部
何ごととあやめはわかで今日もなほ袂に餘るねこそ絶えせね

225 大納言経信 ○
さ苗とる山田のかけひ漏りにけりひくしめ縄に露ぞこぼるる

226 摂政太政大臣
小山田にひくしめ縄のうちはへて朽ちやしぬらむ五月雨の頃

227 伊勢大輔
いかばかり田子の裳裾もそぼつらむ雲間も見えぬ頃の五月雨

228 大納言経信
みしま江の入江の真菰雨降ればいとどしをれて刈る人もなし

229 前中納言匡房
真菰かる淀の沢水ふかけれどそこまで月のかげはすみけり

230 藤原基俊 ○
玉がしは茂りにけりなさみだれに葉守の神のしめはふるまで

231 入道前関白太政大臣
さみだれはをふの河原の真菰草からでや波のしたに朽ちなむ

232 藤原定家朝臣
たまぼこのみち行人のことづても絶えてほどふるさみだれの空

233 荒木田氏良
さみだれの雲のたえまをながめつつ窓より西に月を待つかな

234 前大納言忠良
あふち咲くそともの木蔭つゆおちて五月雨晴るる風わたるなり

235 藤原定家朝臣 ○
さみだれの月はつれなきみ山よりひとりも出づる郭公かな

236 太上天皇
郭公くもゐのよそに過ぎぬなり晴れぬおもひのさみだれの頃

237 二条院讃岐
五月雨の雲間の月の晴れゆくを暫し待ちけるほととぎすかな

238 皇太后宮大夫俊成
たれかまた花橘におもひ出でむわれもむかしの人となりなば

239 右衛門督通具
行くすゑをたれしのべとて夕風に契りかおかむ宿のたちばな

240 式子内親王
かへり来ぬむかしを今とおもひ寝の夢の枕に匂ふたちばな

241 前大納言忠良
たちばなの花散る軒のしのぶ草むかしをかけて露ぞこぼるる

242 前大僧正慈円
さつきやみみじかき夜半のうたたねに花橘のそでに涼しき

243 よみ人知らず
尋ぬべき人は軒端のふるさとにそれかとかをる庭のたちばな

244 よみ人知らず
郭公はなたちばなの香をとめて鳴くはむかしの人や恋しき

245 皇太后宮大夫俊成女
橘のにほふあたりのうたたねは夢もむかしのそでの香ぞする

246 藤原家隆朝臣
ことしより花咲き初むる橘のいかでむかしの香に匂ふらむ

247 藤原定家朝臣
夕ぐれはいづれの雲のなごりとて花たちばなに風の吹くらむ

248 権中納言国信 ○
郭公さつきみなづきわきかねてやすらふ声ぞそらに聞ゆる

249 白河院御歌
庭のおもは月漏らぬまでなりにけり梢に夏のかげしげりつつ

250 恵慶法師
わが宿のそともに立てる楢の葉のしげみに涼む夏は来にけり

251 前大僧正慈円
鵜飼舟あはれとぞ見るもののふのやそ宇治川の夕闇のそら


252 寂蓮法師
鵜飼舟高瀬さし越す程なれやむすぼほれゆくかがり火の影

253 皇太后宮大夫俊成 ○
大井河かがりさし行く鵜飼舟いく瀬に夏の夜を明かすらむ

254 藤原定家朝臣 ○
ひさかたの中なる川の鵜飼舟いかに契りてやみを待つらむ

255 摂政太政大臣
いさり火の昔の光ほの見えてあしやの里に飛ぶほたるかな

256 式子内親王
窓近き竹の葉すさぶ風の音にいとどみじかきうたたねの夢

257 春宮権大夫公継
窓ちかきいささむら竹風吹けば秋におどろく夏の夜のゆめ

258 前大僧正慈円
むすぶ手にかげみだれゆく山の井のあかでも月の傾きにける

259 左衛門督通光 ○
清見がた月はつれなき天の戸を待たでもしらむ波の上かな

260 摂政太政大臣
かさねても涼しかりけり夏衣うすきたもとにやどる月かげ

261 藤原有家朝臣 ○
すずしさは秋やかへりてはつせ川ふる川の辺の杉のしたかげ

262 西行法師
道の辺に清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちとまりつれ

263 西行法師
よられつる野もせの草のかげろひてすずしく曇る夕立の空

264 藤原清輔朝臣 ○
おのづから涼しくもあるか夏衣ひもゆふぐれの雨のなごりに

265 権中納言公経
露すがる庭のたまざさうち靡きひとむら過ぎぬ夕立の雲

266 源俊頼朝臣
十市には夕立すらしひさかたの天の香具山雲隠れ行く

267 従三位頼政
庭の面はまだかわかぬに夕立の空さりげなく澄める月かな

268 式子内親王
ゆふだちの雲もとまらぬ夏の日のかたぶく山に日ぐらしの声

269 前大納言忠良
夕づく日さすや庵の柴の戸にさびしくもあるかひぐらしの声

270 摂政太政大臣
秋近きけしきの森に鳴く蝉のなみだの露や下葉染むらむ

271 二条院讃岐
鳴く蝉のこゑも涼しきゆふぐれに秋をかけたる森のした露

272 壬生忠見 ○
いづちとかよるは螢ののぼるらむ行く方知らぬ草のまくらに

273 摂政太政大臣
螢飛ぶ野沢にしげるあしの根の夜な夜なしたにかよふ秋風

274 俊恵法師 ○
ひさぎおふる片山蔭にしのびつつ吹きけるものを秋の夕風

275 高倉院御歌
白露の玉もて結へるませのうちに光さへ添ふとこなつの花

276 前太政大臣
白露のなさけ置きけることの葉やほのぼの見えし夕顏の花

277 式子内親王 ○
黄昏の軒端の荻にともすればほに出でぬ秋ぞ下にこととふ

278 前大僧正慈円 ○
雲まよふ夕べに秋をこめながらかぜもほに出でぬ荻のうへかな

279 太上天皇 ○
山里のみねのあまぐもとだえしてゆふべ涼しきまきのした露

280 入道前関白太政大臣 ○
岩井汲むあたりの小笹たま越えてかつがつ結ぶ秋のゆふ露

281 宮内卿
片枝さす麻生の浦梨はつ秋になりもならずも風ぞ身にしむ

282 前大僧正慈円
夏衣かたへ涼しくなりぬなり夜や更けぬらむゆきあひの空

283 壬生忠岑
夏はつる扇と秋のしら露といづれかまづはおきまさるらむ

284 紀貫之
みそぎする河の瀬見れば唐衣ひもゆふぐれに波ぞたちける
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