一 和哥所にて春山月といふこゝろをよ
める 越前 散位大中臣公親女
一 山深み猶かげさむし春の月空かきくもり雪はふりゝ
増抄云。山ふかくていまだ春の氣に成はて
ぬ故、春の月の影猶さむくあることは、空かき
くもり雪ふる故ぞと、かへりてみる哥也。なを
の字は、山ふかきゆへに、なをとなり。前の哥と
似たるやうなる作意なれども、大にちがふなり。
前は雪はふらずゆきがふりそうに空のかぜ
かさゆるとなり。これは雪がつき前にちら/\
ふる体也。かきくもり雪ふるとて、月のかくるゝ
にはあらじ。雪げのくもばかりかきくもり
月の影は雲間よりもれて、朧々としたる
に、ちら/\とふる体成べし。冬のやうには春の
ゆきはあらぬ体也。大雪とはみるべからず。雪は
ふるとても、雨のやうにはなきものなり。心
をつくべし。
頭注
猶字冬よりも
なをといふ説
にあるべし。