哥には故實の躰と云ふ事あり。きと風情を思ひ得ぬ時は、心の工みにて作りたつべきさまを習ふなり。
一には、させる事なけれど、たゝ詞續きにほひ深くいひなしつれば、よろしく聞ゆ。
風の音に秋の夜深く寝覺して見果てぬ夢の名殘をぞ思ふ
(忠度集 「閨冷夢驚といふことを人にかはりて」)
一には、古哥の言葉のわりなきを取りておかしくいひなせる、又おかし。
わが背子をかた待つ宵の秋風は荻の上葉をよきて吹かなん
(新勅撰 恋四 俊恵 初句は「わきもこを」)
狩人の朝踏む野邊の草若み隠ろへかねて雉子鳴くなり
(風雅集 春中 俊恵 二句は「朝踏む小野の」)
又、聞きよからぬ詞を面白く續けなせる、わざとも秀句となる。
播磨なる飾磨に染むるあながちに人を戀しと思ふ頃かな
(詞花集 恋上 曾禰好忠)
思ひ草葉の末に結ぶ白露のたま/\來ては手にもたまらず
(金葉集二度本 恋上 俊頼 結句は「手にもかからず」
一には、秀句ならねど、只詞遣ひおもしろく、續けつれば、又見所あり。
あさでほすあづま乙女の萱筵しきて忍びても過ぐす頃かな
(千載集 恋三 源俊頼)
蘆の屋の賤機帯の片結び心安くも打解くるかな
(巻第十三 恋歌三 源俊頼朝臣)
今はゝや天の戸渡る月の舟又むら雲に嶋隠れすな
(林葉集 「天の戸渡れ」「島隠れせで」)
一には、名所を取るに故實あり。國々の哥枕、數も知らず多かれど、其歌の姿に隨ひてよむべき所のある也。たとへば、山水を作るに、松植ふべき所には岩を立て、池を掘り水をまかすべき地には山を築き、眺望をなすがごとく、其所の名によりて哥の姿をば飾るべし。其等いみじき口傳なり。若哥の姿と名所とかけ合はず成りぬれば、こと違ひたるやうにて、いみじき風情有れど、破れて聞ゆる也。
餘所にのみ見てやゝみなん葛城や高間の山の峯の白雲
(卷第十一 戀歌一 よみ人知らず)
照射する宮木が原の白露に花摺衣かはく間ぞなき
(千載集 夏 前中納言匡房 「信夫綟摺り乾く世ぞ無き」)
東路を朝立ち來れば葛飾の眞間の繼橋霞みわたれり
(治承三年十月十八日右大臣家歌合 霞 源三位頼政)
夕されば野邊の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
(千載集 秋上 藤原俊成)
始めの哥は、姿げにとをしろければ、高間の山殊に叶ひて聞ゆ。照射の哥、詞遣ひ優しければ、宮木が原に思ひ寄れり。東路の哥、わりなく思ふ所ある躰なれば、葛飾の眞間の繼橋、さもと聞ゆ。秋風の哥、物寂しき姿なるにより、深草の里殊にたよりあり。
盡して書くべからず。是等にて心得づべし。
一には、古哥を取る事、又やうあり。古き哥の中に、おかしき詞の哥に立ち入りて飾りと成りぬべきを取りて、わりなく續くべきなり。たとへば、
夏か秋か問へど白玉岩根より離れて落つる瀧川の水
(正治二年後鳥羽院初度百首 藤原定家)
此等の躰なり。しかるを、古哥を盗むは一の故實と斗知りて、よきあしき詞をも見分かず、みだりに取りて怪しげに續けたる、口惜しき事なり。いかにもあらはに取るべし。ほの隠したるはいとわろし。
又、古歌にとりてことなる秀句をば取るべからず。なにとなく隠ろへたる詞のおかしく取りなしつべき見はからふなり。或人、
空に知られぬ雪ぞ降りける
と云ふ古事を取りて、月の哥に
水に知られぬ氷なりけり
とよめりしをば、
是こそ眞の盗みよ。さるほどのんばましんみやうの、衣盗みて小袖になして着たるやうになん覺ゆる
とこそ人申ししか。
又、御所の御哥合に曉鹿をよみ侍し時
今來んと妻や契りし長月の月にを鹿鳴くなり
(正治二年九月十三日 後鳥羽院当座三首歌合)
此哥は
ことがら優し
とて勝ちにき。されど定家朝臣當座にて難ぜられき。
素性が哥に僅かに二句こそ變りて侍れ、かやうに多く似たる哥は其句を置きかへて、上句を下になしなど作り改めたるこそよけれ。是はたゝ本の置所にて、胸の句と結び句とばかり變れるは難とすべし。
となん侍し。
○空に知られぬ雪ぞ降りける
櫻散る木の下風は寒からで空に知られぬ雪ぞ降りける (拾遺集 春歌上 紀貫之)
○水に知られぬ氷なりけり
不詳
○御所の御哥合に曉鹿
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