詩をつくらせて歌にあはせ侍りしに水郷春望
左衛門督通光
みしまえや霜もまだひぬ芦の葉につのぐむほどの春風ぞふく
二の句は、霜のまだ消えぬをいへるか。然らば蘆の角ぐむばかり
の春風の吹むに、霜のきえぬこといかゞ。又ひぬとは、既にとけ
たる跡のかわかぬをいへるか。さては俄に春めきたるさまは、
さることもなけれども、とけていまだひぬを、たゞ霜もまだひぬ
といひては、言たらず。四の句、ばかりのといふべきをを、ほどの
といへるは、いやしき詞にちかし。
藤原秀能
夕月夜しほみちくらし難波江のあしのわか葉をこゆるしら波
下句詞めでてたし。夕月夜は、塩みちくらしに、時よせ
あり。又眺望にもかゝれり。若葉にてまだみじかき故に、波のこゆる
なり。
春のうた 西行
ふりつみし高根のみ雪とけにけり清瀧川のみづのしらなみ
めでたし。詞めでたし。雪にきゆるといふと、とくると
いふとのけぢめ、此歌にてわきまふべし。此けりは、おし
はかりて定めたる意なり。水の白波、此集のころ、人の
好みてよむ詞なり。よき詞なり。此歌にては、水のまされりて、
波の高きさまによめるなり。水の濁れることにいへる説はひがごと。
百首ノ歌奉りし時 惟明親王
うぐひすのなみだのつらゝうちとけてふるすながらや春をしるらむ
前大僧正慈圓
天の原ふじのけぶりの春の色の霞になびく明ぼのの空
下句詞めでたし。上句のもじ五ツ重なりたる中に、
けぶりのは、俗言にけぶりがといふ意にて、餘ののとは異なり。
四の句は、天の原はおしなべて春の色にかすめる故に、煙も
その霞へ立のぼるをいひて、家隆ノ朝臣の、波にはなるゝよこ
雲と同じさまなり。なびくとは、たゞ立のぼりてなびくさまを
いへるのみにて、なびくに意はなし。明ぼのよせなし。曙なら
ずとも同じことなるべければなり。但し此集の比は、春の哥
には、かくいつにても有べき事を、明ぼのとよめる。例のことなり。
今は心すべきわざぞ。空も、上に天ノ原とあれば、よくもあらず。
晩霞 後徳大寺左大臣
なごのうみの霞のまよりながむれば入日をあらふおきつしら波
初句のもじ、やとあるべき哥なり。此のながめは、かすみの
間ならでも同じことなれば、題の意はたらかず。