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新古今和歌集の部屋

巻第五 秋歌下

437 藤原家隆朝臣
下紅葉かつ散る山の夕時雨濡れてやひとり鹿の鳴くらむ

438 入道左大臣
山おろしに鹿の音高く聞ゆなり尾上の月にさ夜や更けぬる

439 寂蓮法師
野分せし小野の草ぶし荒れはててみ山に深きさをしかの声

440 俊恵法師
嵐吹く真葛が原に啼く鹿はうらみてのみや妻を恋ふらむ

441 前中納言匡房
妻恋ふる鹿のたちどを尋ぬればさやまが裾に秋かぜぞ吹く

442 惟明親王
み山べの松のこずゑをわたるなり嵐にやどすさをしかの声

443 土御門内大臣
われならぬ人もあはれやまさるらむ鹿鳴く山の秋のゆふぐれ

444 摂政太政大臣
たぐへくる松の嵐やたゆむらむおのえにかへるさを鹿の声

445 前大僧正慈円
鳴く鹿の声に目ざめてしのぶかな見はてぬ夢の秋の思を

446 権中納言俊忠 ○
夜もすがらつまどふ鹿の鳴くなべに小萩が原の露ぞこぼるる

447 源道済 ○
寝覚して久しくなりぬ秋の夜は明けやしぬらむ鹿ぞ鳴くなる

448 西行法師
小山田の庵ちかく鳴く鹿の音におどろかされて驚かすかな

449 中宮大夫師忠 ○
やまざとの稲葉の風に寝覚して夜ふかく鹿の声を聞くかな

450 藤原顕綱朝臣 ○
ひとり寝やいとど寂しきさを鹿の朝臥す小野の葛のうら風

451 俊恵法師 ○
立田山梢まばらになるままに深くも鹿のそよぐなるかな

452 権大納言長家
過ぎて行く秋の形見にさを鹿のおのが鳴く音も惜しくやあるらむ

453 前大僧正慈円
わきてなど庵守る袖のしをるらむ稲葉にかぎる秋の風かは

454 よみ人知らず
秋田守る仮庵つくりわがをればころも手さむみ露ぞ置きくる

455 前中納言匡房 ○
秋来ればあさけの風の手をさむみ山田の引板を任せてぞきく

456 善滋為政朝臣
郭公鳴くさみだれに植ゑし田をかりがねさむみ秋ぞ暮れぬる

457 中納言家持
今よりは秋風寒くなりぬべしいかでかひとり長き夜を寝む

458 柿本人麿 ○
秋しあれば雁のつばさに霜振りて寒き夜な夜な時雨さへ降る

459 柿本人麿
さを鹿のつまどふ山の岡べなる早稲田は刈らじ霜は置くとも

460 紀貫之
刈りてほす山田の稲は袖ひぢて植ゑしさ苗と見えずもあるかな

461 菅贈太政大臣 ○
草葉には玉と見えつつわび人の袖のなみだの秋のしらつゆ

462 中納言家持 ○
わが宿の尾花がすゑにしら露の置きし日よりぞ秋風も吹く

463 恵慶法師 ○
秋といへば契り置きてや結ぶらむ浅茅が原の今朝のしら露

464 柿本人麿
秋されば置くしら露にわがやどの浅茅が上葉色づきにけり

465 天暦御歌 ○
おぼつかな野にも山にも白露のなにごとをかは思ひおくらむ

466 堀河右大臣 ○
露繁み野辺を分けつつから衣濡れてぞかへる花のしづくに

467 藤原基俊 ○
庭のおもにしげる蓬にことよせて心のままに置ける露かな

468 贈左大臣長実 ○
秋の野の草葉おしなみ置く露に濡れてや人の尋ね行くらむ

469 寂蓮法師
物思ふそでより露やならひけむ秋風吹けば堪へぬものとは

470 太上天皇
露は袖に物思ふ頃はさぞな置くかならず秋のならひならねど

471 太上天皇
野原より露のゆかりをたづね来てわが衣手に秋かぜぞ吹く

472 西行法師
きりぎりす夜寒に秋のなるままに弱るか声の遠ざかり行く

473 藤原家隆朝臣 ○
虫の音もながき夜飽かぬふるさとになほ思ひそふ松風ぞ吹く

474 式子内親王 ○
跡もなき庭の浅茅にむすぼほれ露のそこなる松虫のこゑ

475 藤原輔尹朝臣 ○
秋風は身にしむばかり吹きにけり今や打つらむ妹がさごろも

476 前大僧正慈円 ○
衣うつおとは枕にすがはらやふしみの夢をいく夜のこしつ

477 権中納言公経 ○
衣うつみ山の庵のしばしばも知らぬゆめ路にむすぶ手枕

478 摂政太政大臣
里は荒れて月やあらぬと恨みてもたれ浅茅生に衣打つらむ

479 宮内卿
まどろまで眺めよとてのすさびかな麻のさ衣月にうつ声

480 藤原定家朝臣 ○
秋とだにわすれむと思ふ月影をさもあやにくにうつ衣かな

481 大納言経信 ○
故里に衣うつとは行く雁や旅のそらにも鳴きて告ぐらむ

482 紀貫之 ○
雁なきて吹く風さむみ唐衣君待ちがてにうたぬ夜ぞなき

483 藤原雅経
みよし野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒くころもうつなり

484 式子内親王
千たびうつ砧のおとに夢さめて物おもふ袖の露ぞくだくる

485 式子内親王
ふけにけり山の端ちかく月さえてとをちの里に衣うつこゑ

486 藤原道信朝臣
秋果つるさ夜ふけがたの月見れば袖ものこらず露ぞ置きける

487 藤原定家朝臣
ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月かげ

488 寂蓮法師 ○
ひと目見し野辺のけしきはうらがれて露のよすがに宿るつきかな

489 大納言経信 ○
秋の夜はころもさむしろかさねても月の光にしく物ぞなき

490 花山院御歌
秋の夜ははや長月になりにけりことわりなりや寝覚せらるる

491 寂蓮法師
村雨の露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋のゆふぐれ

492 太上天皇
さびしさはみ山の秋の朝ぐもり霧にしをるるまきの下露

493 左衛門督通光 ○
あけぼのや川瀬の波のたかせ舟くだすか人の袖のあきぎり

494 権大納言公実
ふもとをば宇治の川霧たち籠めて雲居に見ゆる朝日山かな


495 曾禰好忠
やま里に霧のまがきのへだてずは遠方人の袖も見てまし

496 清原深養父 ○
鳴く雁の音をのみぞ聞く小倉山霧たち晴るる時にしなければ

497 柿本人麿
垣ほなる荻の葉そよぎ秋風の吹くなるなべに雁ぞ鳴くなる

498 柿本人麿
秋風に山飛び越ゆるかりがねのいや遠ざかり雲がくれつつ

499 凡河内躬恒
○ はつ雁の羽かぜすずしくなるなべにたれか旅寝の衣かへさぬ

500 よみ人知らず
雁がねは風にきほひて過ぐれどもわが待つ人のことづてもなし

501 西行法師
横雲の風にわかるるしののめに山飛びこゆる初雁の声

502 西行法師
白雲をつばさにかけて行く雁の門田のおもの友したふなる

503 前大僧正慈円 ○
大江山傾く月のかげさえて鳥羽田の面に落つるかりがね

504 朝恵法師 ○
むら雲や雁の羽風に晴れぬらむ声聞く空に澄める月かげ

505 皇太后宮大夫俊成女 ○
吹きまよふ雲ゐをわたる初雁のつばさにならす四方の秋風

506 藤原家隆朝臣
秋風の袖に吹きまく峰の雲をつばさにかけて雁も鳴くなり

507 宮内卿
霜を待つ籬の菊のよひの間に置きまよふいろは山の端の月

508 花園左大臣室
九重にうつろひぬともしら菊のもとのまがきを思ひわするな

509 権中納言定頼 ○
今よりはまた咲く花もなきものをいたくな置きそ菊の上の露

510 中務卿具平親王
秋風にしをるる野辺の花よりも虫の音いたくかれにけるかな

511 大江嘉言 ○
寝覚する袖さへさむく秋の夜のあらし吹くなり松虫のこゑ

512 前大僧正慈円
秋を経てあはれも露もふかくさの里とふものは鶉なりけり

513 左衛門督通光
いり日さすふもとの尾花うちなびきたが秋風に鶉啼くらむ

514 皇太后宮大夫俊成女 ○
あだに散る露のまくらに臥しわびて鶉鳴くなる床の山かぜ

515 皇太后宮大夫俊成女 ○
とふ人もあらし吹きそふ秋は来て木の葉に埋む宿の道しば

516 皇太后宮大夫俊成女 ○
色かはる露をば袖に置き迷ひうらがれてゆく野辺の秋かな

517 太上天皇
秋ふけぬ鳴けや霜夜のきりぎりすやや影さむしよもぎふの月

518 摂政太政大臣
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む

519 春宮権大夫公継
寝覚する長月の夜の床さむみ今朝吹くかぜに霜や置くらむ

520 前大僧正慈円
秋ふかき淡路の島のありあけにかたぶく月をおくる浦かぜ

521 前大僧正慈円 ○
長月もいくありあけになりぬらむ浅茅の月のいとどさびゆく

522 寂蓮法師 ○
鵲の雲のかけはし秋暮れて夜半には霜や冴えわたるらむ

523 中務卿具平親王
いつの間に紅葉しぬらむ山ざくら昨日か花の散るを惜しみし

524 高倉院御歌 ○
薄霧のたちまふ山のもみぢ葉はさやかならねどそれと見えける

525 八条院高倉 ○
神なびのみむろの梢いかならむなべての山も時雨するころ

526 太上天皇
鈴鹿川ふかき木の葉に日かずへて山田の原の時雨をぞ聞く

527 皇太后宮大夫俊成 ○
心とや紅葉はすらむたつた山松は時雨に濡れぬものかは

528 藤原輔尹朝臣 ○
思ふ事なくてぞ見ましもみぢ葉をあらしの山の麓ならずは

529 曾禰好忠
入日さす佐保の山べのははそ原曇らぬ雨とこの葉降りつつ

530 宮内卿 ○
立田山あらしや峰によわるらむわたらぬ水も錦絶えけり

531 摂政太政大臣
柞原しづくも色やかはるらむ森のしたくさ秋ふけにけり

532 藤原定家朝臣
時わかぬ浪さへ色にいづみ川ははその森にあらし吹くらし

533 源俊頼朝臣 ○
故郷は散るもみぢ葉にうづもれて軒のしのぶに秋風ぞ吹く

534 式子内親王
桐の葉もふみ分けがたくなりにけり必ず人を待つとならねど

535 曾禰好忠 ○
人は来ず風に木の葉は散りはてて夜な夜な虫の声よわるなり

536 春宮権大夫公継
もみぢ葉の色にまかせて常磐木も風にうつろふ秋の山かな

537 藤原家隆朝臣
露時雨もる山かげのした紅葉濡るとも折らむ秋のかたみに

538 西行法師
松にはふ正木のかづら散りにけり外山の秋は風すさぶらむ

539 前参議親隆 ○
鶉鳴く交野に立てる櫨紅葉散りぬばかりに秋かぜぞ吹く

540 二条院讃岐
散りかかる紅葉の色は深けれど渡ればにごるやまがはの水

541 柿本人麿
飛鳥川もみぢ葉ながる葛城の山の秋かぜ吹きぞしくらし

542 権中納言長方 ○
あすか川瀬々に波よるくれなゐや葛城山のこがらしのかぜ

543 権中納言公経
もみぢ葉をさこそあらしの払ふらめこの山もとも雨と降るなり

544 摂政太政大臣
立田姫いまはのころの秋かぜにしぐれをいそぐ人の袖かな

545 権中納言兼宗 ○
行く秋の形見なるべきもみぢ葉も明日は時雨と降りやまがはむ

546 前大納言公任 ○
うち群れて散るもみぢ葉を尋ぬれば山路よりこそ秋はゆきけれ

547 能因法師 ○
夏草のかりそめにとて来しかども難波のうらに秋ぞ暮れぬる

548 能因法師 ○
かくしつつ暮れぬる秋と老いぬれどしかすがに猶物ぞ悲しき

549 守覚法親王 ○
身にかへていざさは秋を惜しみ見むさらでももろき露の命を

550 前太政大臣 ○
なべて世の惜しさにそへて惜しむかな秋より後の秋の限りを
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