あまりめづらしきつゞきにや。
右哥たづねつるなどいはゞみわのすぎむらよし
野のはななどやきゝなれて侍らむ。ものげなき
はじのたち枝ばかりはなにのゆへにかとあやしくや
きりのあなたもさほ川のちどりたつたやまの
もみぢなどこそおかしくは侍をもずぞなくなる
はよろしき哥のこと葉にはきゝなれず侍れ
ば左なを月のいろもすみてやきこえ侍らむ。
七百八十八番
左 讃岐
たのめをきし人のゆくゑを松虫のこゑばかりして秋ぞふけゆく
右 家長
ふくからに涙ももろき秋風のきゞのもみぢにかゝらずもがな
左人のゆくゑをまつむしのなどゆふには侍をゆくゑと
いひてふけゆくと侍やおなじこゝろにやときこえ侍
らむ。
右なみだもろきあきかぜなど又こゝろなきには侍ら
ぬをかゝらずもがなやまつのこずゑのふちなみ
かつらぎやまのしらくもなどならではすこしきゝ
ならはぬこゝちし侍らむ。これはふかきなむには
(七百八十七番)
( 左 宮内卿)
(空も海も一つに通ふ緑かな月さへ浪に有り明けの色)
( 右 寂蓮)
(尋ねつる櫨の立ち枝やそれならん霧のあなたに百舌鳥ぞ啼くなる)
( 左歌、空も海も一つに通ふらむ面影をかしく侍るを、)
( 春の空うらうらに霞める松の群立ちなどにや一つ通ふ緑)
( は聞き馴らひて侍るらむ。唐の歌にも、紅心秋月白々)
( 月正円時などこそつくりて侍るめれ。有り明けの色も)
あまり珍しき続きにや。
右哥、尋ねつるなど、謂はば、三輪の杉群、吉野の花な
どや聞き馴れて侍るらむ。物げ無き櫨の立ち枝ばかりは、
何の故にかとあやしくや、霧のあなたも佐保川の千鳥、
竜田山の紅葉などこそおかしくは侍るを、百舌鳥ぞ啼
くなるは、よろしき哥の詞には聞き馴れず侍れば、左
なを、月の色も澄みてや聞こえ侍らむ。
七百八十八番
左 讃岐
頼め置きし人の行方を松虫の声ばかりして秋ぞ更け行く
右 家長
吹くからに涙も脆き秋風の木々の紅葉に掛からずもがな
左、人の行方を松虫のなど優には侍るを、行方と言ひ
て、更け行くと侍るや、同じ心にやと聞こえ侍らむ。
右、涙脆き秋風など、又、心無きには侍らぬを掛から
ずもがなや、松の梢の藤波、葛城山の白雲など、なら
では少し聞き馴らはぬ心地し侍るらむ。これは深き難
には
( 侍らじ。)
建仁二年(1202)9月2日後鳥羽院より30名の歌人に百首歌を奉じさせ、75首を一巻として、一人二巻、十人の判者に判じさせ、翌年3月完成したペーパー上の歌合。判者は、春1,2を忠良、春3,4を俊成、夏1,2を通親、夏3,秋1を良経、秋2,3を後鳥羽、秋4,冬1を定家、冬2,3を季経、祝,恋1を師光、恋2,3を顕昭、雑1,2を慈円とした。通親は途中10月21日没したため、関係部分は未完。
令和4年12月6日 壱點壱