醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  317号  白井一道

2017-02-08 11:30:10 | 随筆・小説

 「ポスト・トゥルース」こんな新語が

句郎 「ポスト・トゥルース」という言葉をオックスフォード英語辞典は、2016年を象徴する「今年の単語(ワード・オブ・ザ・イヤー)」に、「post・truth」を選んだと発表したようだよ。
華女 「ポスト・トゥルース」とは、どんな意味なのかしら。
句郎 「トゥルース」は真実という意味でしょ。「ポスト」は「後の」とか、「次の」という意味を表すから、「真実ではない次のこと」、「真実を覆い隠す」とかいう意味になるんじゃないかと思うんだ。
華女 どうして、こんな言葉をオックスフォード英語辞典は2016年度の言葉に選んだのかしら。
句郎 今先進国にこのような言葉が大きな影響力があると考えたからなんじゃないかな。
華女 2016年に起きた大きな出来事は何かしら。
句郎 一つはイギリスのEU離脱だと思うよ。
華女 私もあの出来事には驚いたわ。
句郎 「ポスト・トゥルース」とは平たく言うと「デマ」ということかな。デマに煽られてイギリス国民がEU離脱という選択をしてしまったということのようだ。もう一つはアメリカ大統領にトランプ氏が当選したことを言ってるようだ。
華女 イギリスのEU離脱はイギリス国民の生活向上になると判断したからなんじゃないのかしら。
句郎 確かにイギリス国民はそう思ったんだろうね。ロンドンの地下鉄の運賃は途方もなく高いらしいからね。
華女 トランプさんもアメリカ国民の生活向上を訴えたんじゃないの。
句郎 どうもそうではないようだよ。
華女 嘘だったの。
句郎 だって、アメリカでは病気になっても医療機関にみてもらえない国民が大勢いるみたいだから、前オバマ大統領がオバマケアといって医療保険制度の拡充を図ったのを廃止していこうとしているみたいだしね。
華女 アメリカは世界で最も豊かな国でありながら、貧しい人々には大学に入れないし、病気になっても病院に行けない大勢の国民がいるんじゃ本当に豊かな国とは言えないわね。
句郎 嘘と詭弁が政治を歪める。この嘘と詭弁を「ポスト・トゥルース」と言うのじゃないかな。
華女 日本の安倍総理も嘘を言っているわね。
句郎 選挙の時には「TPPには加入しない」と選挙公約で訴えていながら
 TPPを強硬採決したわね。
華女 そうだったわ。
句郎 この間、沖縄でオスプレイが墜落した事件があったが、安倍総理はじめすべてのメディアが墜落を不時着水したと嘘と詭弁で国民をごまかしているしね。
華女 メディアも事実を事実として報道しないのよね。
句郎 そうなんだ。嘘と詭弁が世論を歪めて、国民にとって不利な政策を国民のためだと言って実行する。本当にひどい状態になってきている。
華女 嘘と詭弁、デマをオックスホォード辞典は「ポスト・トゥルース」。この言葉を2016年の言葉に選んだということは全世界の人々への警告になったんじゃないかしらね。
句郎 僕もそう思うな。

醸楽庵だより  316号  白井一道

2017-02-07 11:21:11 | 随筆・小説

 花の雲鐘は上野か浅草か  芭蕉

句郎 深川から上野や浅草は見えないよね。
華女 でもゆっくり歩いて行ける距離だと思うわ。
句郎 そんなに近いのか。
華女 そうよ。近いのよ。
句郎 そうか。「花の雲鐘は上野か浅草か」と芭蕉は貞享4年、四十四歳の時に詠んでいるからね。
華女 今では口承のようになっている句ね。
句郎 「鐘は上野か浅草か」は出てくるんだけれど、「花の雲」が出てこないんだよね。
華女 そうよね。三百年前の経験が今も日本人の心に残っているんじゃないのかしら。
句郎 そうなのかもしれない。この言葉が芭蕉の俳句の中七、下五だということすら知らない人がいるようだし。
華女 芭蕉は凄いわね。自分の詠んだ俳句が日本人の心にしみこんでいるなんて、本当に凄いと思うわ。
句郎 俳句の一部が日本人の口承として伝えられているんだからね。
華女 「花の雲」は季語になっているのよね。
句郎 桜が山一面に満開になったような状況を雲になぞられている言葉なんだろうね。
華女 「花の雲」。綺麗な言葉ね。
句郎 みんなが綺麗な言葉だなと思うような言葉が季語になっていくんじゃないのかな。
華女 きっと、そうよ。でも「花の雲鐘は上野か浅草か」。なんでもないような句ね。
句郎 そう、なんでもないような句がきっといい句なんじゃないのかな。
華女 なんでもないことをなんでもないように表現することが結構難しいのよ。そうなんじゃないかしら。
句郎 「道のべの木槿(むくげ)は馬にくはれけり」もそうだよね。なんでもない句だよね。
華女 そうね。なんでもないのが凄いのよね。
句郎 三百年前の日本語なのに、現代の中学生にも何の抵抗もなく読める日本語になっているからね。
華女 そうね。
句郎 何といっても芭蕉の一番有名な句、「古池や蛙飛びこむ水の音」。この句も日本人なら誰でも知っているような句だと思う。
華女 そうね。現代日本の言葉にすでになっているような句ね。
句郎 俳句の誕生は現代日本語をつくったのかもしれないな。
華女 現代日本語は三百年前、芭蕉とその仲間たちがつくった俳句の中に起源があると句郎君は言いたいのね。
句郎 そうなんじゃないのかな。「花の雲」も「道のべの」、「古池や」の句はすべて現代の中学生が十分に読むことができる日本語だと思うからね。
華女 俳句の誕生というのは、日本の文学におけるルネッサンスのような出来事だったのね。
句郎 そうなんじゃないかなぁー。士農工商という厳しい身分差別があった中にあって、天皇、華族、士族に独占されていた美しい日本語を平民であった農民や町人たちが自分たちの言葉にしたという出来事が俳句の誕生ということなんじゃないかと思っているんだ。
華女 そうなのかもしれないわ。きっと。
句郎 「花の雲鐘は上野か浅草か」。読んでみてつっかえるものがない。実に平明な日本語だ。この句が三百年も前の日本語だなんて驚くね。

醸楽庵だより  315号  白井一道

2017-02-06 11:32:53 | 随筆・小説

  戦争が廊下の奥に立っていた  白泉

句郎 「戦争が廊下の奥に立ってゐた」。一九三九年に渡邊白泉が詠んだ句だ。
華女 無季の句ね。
句郎 白泉がこの句を詠んだ二年後、日本は真珠湾攻撃をしているから。白泉は忍び寄る戦争を予感して詠んだのかもしれないなぁー。
華女 俳人は世の動きに敏感だったのね。
句郎 僕は芭蕉の俳句を読み、芭蕉は自分の生きた時代を深く深く経験したことを詠んでいるんだなと感じたことがあるんだ。
華女 どんな句にそんなことを感じたの。
句郎 例えば、「秋深き隣は何する人ぞ」。隣近所の付き合いが緊密だったであろう時代に孤独の影が忍びより始めていた。そんなことを感じさせる句だよね。
華女 でもこの句、「秋深し」じゃないのよね。
句郎 「秋深き」であっても、難しい言葉を使ってしまうと近代的自我とも言えそうなものが芽生え始めているんだなと感じるんだ。
華女 そう言えば、言えなくもないかなと思うわ。
句郎 そうでしょ。芭蕉もまた時代、社会に対して敏感に感じる人だったんじゃないかな。
華女 確かにそうなのかもしれないわ。
句郎 孫崎享さんの話を聞いたんだ。アメリカは初め日本に「旗を上げよ」と言った。日本が戦場に旗を上げたら、今度は軍隊を出せと言う。自衛隊を海外に派遣したら、次は血を流せと言ってきたとね。
華女 日本は戦争する国になり始めているのね。
句郎 今まさに、日本中の庶民の家の廊下の奥には戦争が立ち始めているのかもしれないよ。
華女 ホントにそうだったら、嫌ね。
句郎 アメリカは冷戦終了後、軍事費を削減し、そのお金を経済成長に使う選択もあったが、その道は選ばず、軍事力を維持し、世界に君臨する道を選んだ。その結果、経済力が弱体化してしまった。その結果、日本に軍事費の負担を強制してきているとね。孫崎さんは話していた。
華女 テレビのニュース番組を見ると日米同盟は大事だと言っているわ。
句郎 日本の政府は今、日米同盟ファーストだから。国民の生活より日米同盟が大事だから。
華女 そんなことないんじゃないの。
句郎 だって、年金は減額だし、医療費は今まで七五歳になると一割負担だったのが二割負担になってきているからね。
華女 消費税も増税よね。
句郎 そうでしょ。それなのに在日米軍への思いやり予算は年間七六一二億円も使っているみたいだよ。その予算も増えていくみたいだしね。
華女 そうなの。高齢者の医療費負担は重くしないでほしいわ。どうして軍事費を増やしていくのかしら。
句郎 中国や北朝鮮の脅威があるからだと新聞やテレビで言っているからなんじゃないかな。
華女 中国は軍事費を増やしているとニュースは伝えているわね。
句郎 だから私たち日本は軍事費は増やしません。軍事費は削減します。こういえば、中国は日本への脅威を感じなくなるんじゃないかな。
華女 それがいいのよ。その方が中国の人々の生活も豊かになるものね。

醸楽庵だより  314号  白井一道

2017-02-05 12:29:35 | 随筆・小説

 立春の米こぼれをり葛西橋 波郷

句郎 「立春の米こぼれをり葛西橋」。誰の句だか、知っている?
華女 知っているわよ。波郷の句でしょ。
句郎 波郷の代表句の一つのようだけれど、どこがいいのか、分からない、そんな感じがしない。
華女 そうよね。ただごとのように感じてしまうわ。
句郎 石田波郷というと俳句に興味を持っていない人ですら知っている有名な俳人の一人でしょ。
華女 そうね。そうよ。境涯俳句を詠んだ代表的な俳人だったんじゃないのかしら。
句郎 境涯俳句というと貧苦と病苦を詠んだ暗そうな句だというイメージがあるなぁー。
華女 そうよね。米粒が葛西橋の上に落ちているのに気が付くなんて貧しい生活をしている者の感覚なのかもしれないわ。
句郎 波郷がこの句を読んだのは昭和二一年のことだったようだ。だから戦争直後のことだったから、国民すべてが貧しい生活を強制されていた時代だったのかもしれない。
華女 国民すべてが貧しかったのね。そんな時代を経験することなく育った私たちは幸せよね。
句郎 だからこの句の良さが伝わってこないのかな。
華女 それは想像力の問題なんじゃないの。
句郎 「立春の米」だからもう収穫が終わって三・四カ月たっているから備蓄米もそろそろ枯渇してくるだったのかもしれないなぁー。
華女 戦争直後のことだから、米の収量も今と比べたら驚くほど少なかったのかもしれないわ。
句郎 そうかもしれないなぁー。そういう時代状況を知った上でこの句を読んでみるとこの句が語り始めるかもしれない。
華女 葛西橋、江東区よね。下町ね。人通りの多い、ゴミゴミ街通りと汚れた川がイメージに浮かぶわ。
句郎 そこに白米の米がこぼれ落ちていた。その米に安らぎのようなものを感じたのかな。
華女 日差はあったでしようけれど、風が冷たかったのじゃないかしら。
句郎 立春、春が来たと実感したんじゃないかな。
華女 そうよ。待ちに待った春、それは平和よ。
句郎 安心かもね。
華女 安心していなれるということが平和だということよ。
句郎 米が葛西橋にこぼれ落ちているなんて、なんて平和なんだという喜びの句なのかな。
華女 そうよ。平和を詠んでいるのよ。
句郎 戦争を知らない世代からな、
華女 句郎君は戦中に生まれているんじゃないの。
句郎 戦中と言ってもほとんど記憶に残っているのは戦後の生活難の時代の印象しか残っていないよ。
華女 爆弾を落とされる恐怖のようなものは全然経験していないものね。
句郎 波郷は戦争体験者だからね。その上、病を得て闘病生活が長かったようだから、波郷にとって俳句を詠むことは生きることでもあったのかもしれないなぁー。
華女 きっとそうよ。波郷は結核患者だったんでしょう。
句郎 当時、結核は死の病だったんだろうからね。死に直面する毎日の生活の中から波郷の境涯俳句が誕生したんだろうね。生きたい、もう少し長生きしたい。この気持ちを俳句に詠んだんだろうな。そこに波郷の句がある。

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2017-02-04 10:47:56 | 随筆・小説

恋猫の恋する猫を押し通す  永田耕衣

句郎 二月というと恋猫の季節だね。
華女 嫌な鳴き声だわ。煩くて。
句郎 押し止められないような激しい鳴き声かな。
華女 体の奥深くから噴き出してくるような激しく暴力的な鳴き声よね。
句郎 永田耕衣の句に「恋猫の恋する猫で押し通す」と言う句は、恋猫を実にうまく表現していると思うな。
華女 そうね。季語「恋猫」を表現しようとすると俗っぽくなりがちよね。それを耕衣は真正面からとらえて表現していると思
うわ。
句郎 終戦直後の昭和二十一年雑誌『世界』に桑原武夫が俳句「第二芸術論」を発表した。この出来事は俳句会大きな打撃を与えたようだ。
華女 「第二芸術論」とは、どのようなものだったの。
句郎 桑原武夫は息子の国語の教科書に載っていた俳句を見て、疑問に思ったことが発端だった。
華女 桑原武夫とは、何をしていた人なの。
句郎 京都大学のフランス文学の先生だった。スタンダールの小説を翻訳し、日本に紹介した文学者だった。幅広く文芸評論をし、大きな影響力をもっていた人なんだ。
華女 桑原武夫は俳句を何だと言ったの。
句郎 俳句は菊人形と同じような第二芸術だと言った。一級の文学ではないと主張したんだ。
華女 それはひどいわ。当時の有名な俳人たちは反論しなかったの。
句郎 「俳句は芸術でしたか」と高浜虚子はきょとんと笑っただけだったようだ。
華女 正々堂々と反論すればよかったのにね。
句郎 その時、永田耕衣が詠んだ句が「恋猫の恋する猫で押し通す」だった。
華女 分かる気がするわ。
句郎 桑原武夫に対する反論になっているかもしれないよね。
華女 そうよ。恋猫が恋するように俳人は俳句を詠まずにはいられない。そういうことよね。人からあれこれ言われることはないわと言うことよね。
句郎 そうなんだ。余計なお世話だ。芸術であろうとなかろうと、そんなことはどうでもいい。俳句は俳句として自立した文芸として認めてくれている人々がいてくれたらそれでいいじゃないか。なにも自慢しているわけじゃないんだから。
華女 そうよね。
句郎 だから永田耕衣のこの句は根源俳句だといわれているようだ。
華女 根源俳句ね。なるほど。分かるわ。
句郎 恋猫が恋するのは生の根源であるように俳人が俳句を詠むのは俳人の生の根源にあるものだということなのかな。
華女 誰にとっても自分が感じたことを絵や音、文章で表現したいという欲求があるということなのよね。
句郎 「恋猫の恋する猫で押し通す」。ぼくにとっちゃ、憧れかな。社会の中にあっちゃ、「恋猫の恋する猫で押し通す」ことなんてできないからね。
華女 「鞦韆はこぐべし愛は奪うべし」なんてできないということよね。
句郎 そうかな。そんなことしたら家族や社会が壊れてしまうことがあるからね。自制しなくちゃ社会は成り立たない。でも人間の根源的な要求が疎外されるようなことがあった時には恋猫の恋する猫になることもある。

醸楽庵だより  312号  白井一道

2017-02-03 11:03:20 | 随筆・小説

 よく見れば薺(なずな)花咲く垣ねかな  芭蕉

句郎 「よく見れば薺花咲く垣ねかな」。芭蕉四三歳の時の句だ。この句、どうかな。
華女 「よく見れば」が良くないわ。
句郎 報告というか、説明しているような気がするよね。
華女 そうよ。芭蕉の作にもこんな作があるのかと安心するわ。
句郎 でも芭蕉としては「よく見れば」と言わずにはいられなかった気持ちがあったんじゃないのかなというようにも思うんだ。
華女 その気持ちそのままを言ってしまったのよね。
句郎 だから句としては出来上がっていない。
華女 芭蕉は何を発見したのかしら。
句郎 なずなの中に自得を発見したんだ。
華女 なずなは路傍に咲く雑草のようなものよね。
句郎 、人に認められることのない花、振り返って見られることもない花、そんな花だよね。その花をじっと見ると実に美しい。可憐ですらある。早春の寒さの中で小さな花をいくつも付けて咲いている。ここに感動があったんだ。自得している。自分に満足している。人は誰でも承認要求があるよね。自分の存在を認めてほしい。他者に自分の存在を認められてこそ自分はここに存在することができる。そんな気持ちを人は誰でもあるに違いないんだ。
華女 確かにそうよ。学校に居ても、職場に居ても、家庭にあってもよ。自分の存在を無条件で回りの人が受け入れてくれているから人はそこにいることができるのよ。
句郎 社会というのはそのようなものだと思うんだけれども、実際の学校や職場・家庭なんかにあっても、排除されているような人がいるでしょ。
華女 学校には、いじめられっ子がいるわね。
句郎 職場はもっと凄いよね。やめさせたい人間には仕事を与えないというような嫌がらせがあると聞くよ。
華女 そうね。そんな人が私の職場にもいたわね。誰とも話さない独身のOLさんがいたわ。若い女の子の中に五〇近くになった化粧っ気のない事務員がいたわ。仕事はできるのよ。でも誰も話しかける人はいなかったわ。仕事以外はね。
句郎 芭蕉が生きたのは身分制の差別が当然のこととしてまかり通っていた時代でしょ。その中にあって俳諧師は人から尊敬をもって認められるような職業ではなかった。今で言えば、一種の芸能人だった。芸能人に対する差別意識が強い社会だった。ごくごく一部の芸能人のみがその存在を認められていたにすぎない。
華女 芸能人に対する蔑視感のようなものがあったのは分かるわ。
句郎 士農工商の中に入れないが芸能人だからね。
華女 芭蕉のような漂泊者は特にそうだったかもしれないわ。
句郎 芭蕉は路傍に咲いている「なずな」などのような雑草に目もくれなかったが「よく見れば」実に美しかった。この美しさに芭蕉は自得を発見したんだ。なずなのように自分は一人でいることができるんだ。俳諧をすることができるんだ。自分は俳諧に生きることで十分に満足しているんだ。こんな気持ちを詠んだ句が「よく見れば薺花咲く垣ねかな」なのじゃないのかな。

醸楽庵だより  311号  白井一道

2017-02-02 11:21:41 | 随筆・小説
 
  二月は光の輝きに気づく季節

句郎 「二月来る郵便受の隙間より」辻田克己氏の句を名句だと宇田喜代子氏が何年か前のNHK俳句誌で述べていた。
華女 こんな句が名句なの。どこがいいのか全然分からないわ。
句郎 僕も初めそう思ったんだ。二・三回読んでいるうちに分かって着たことがあるんだ。
華女 どこがいいの?
句郎 郵便受には幸せの便りが届くところでしょ。
華女 不幸せの便りや脅しの便りが来るところでもあるわ。最近はダイレクトメールのようなものばかりだわ。
句郎 確かにそうだけれどもね。
華女 二月の便りが郵便受けに来るのかしらね。
句郎 「二月来る」と言えば、何の便りかな。
華女 強いて言えば、春の便りじゃないの。
句郎 、そうなんだ。春の便りが郵便受けに来るんだ。待ちに待った春が来るんだ。その春の兆しが郵便受に来るんだ。
華女 そんなもの想像上の話よね。実際にはありゃしないわ。
句郎 実はそうじゃないんだ。実際に春の便りが郵便受にくるんだ。
華女 それは何なの?
句郎 郵便受の隙間に来るんだ。冬の日差と比べて春の日差は強いでしょ。この強い春の日差を郵便受の隙間に来たんだ。
華女 細い一本の光の線ね。
句郎 そうなんだ。その強い光の線に春があると感じた言うことなんじゃないかな。
華女 あぁー、そういうことなの。なるほどね。
句郎 郵便受の隙間から入る光の線に春があることを発見したんじゃないかな。
華女 くっきりした光の線ね。
句郎 「二月来る郵便受の隙間より」。寒い寒い二月が来る。その寒さは春が近いことを教えてくれる。二月とは春を発見する季節でもある。
華女 その句は二月という季節感を表現していると言いたいのね。
句郎 そうなんだ。二月とはそういう季節なんじゃないのかな。「毎年よ彼岸の入りの寒いのは」という正岡子規の句があるでしょ。
華女 お母さんの口癖がそのまま句になったものね。
句郎 お母さん、彼岸だというのに寒いなと、言うと母がそうよ、「毎年よ、彼岸の入りが寒いのは」と言った。そう、二月は寒い。寒いけれどももう、春は来ている。そこここに。こういう季節が二月なんだよ。
華女 「春きぬと目にはさやかに見えねども光の色に驚かれぬる」ということのようね。
句郎 うまいことを言うね。
華女 そうよ。上手でしょ。
句郎 藤原敏行は風の音に秋を発見した。その歌を詠んだ。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」とね。
華女 古今集にある有名な歌ね。
句郎 辻田さんは郵便受の隙間から入り込む光線に春を発見し、詠んだ句が「二月来る郵便受の隙間より」の句だったんじゃいかと思うんだ。宇田喜代子氏はこの句を読み、良い句だと感じたのじゃないのかな。これは名句だと推奨した。
華女 俳句とはこういうものなのね。俳句が少し分かったような気がするわ。一つは季節感を表現することなのね。

醸楽庵だより  310号  白井一道

2017-02-01 11:11:20 | 随筆・小説

 奈良、御所の酒、百楽門を楽しむ

侘輔 今日は去年、二月に楽しんだ奈良のお酒、御所の「百楽門」を楽しもうと思っているんだ。
呑助 以前、楽しんだことのあるお酒ですね。
侘助 そうなんだ。前回楽しんだお酒は、酒造米が「露葉風」という奈良県でのみ栽培されている酒米で醸されたものだったんだ。今回は「備前雄町」で醸した純米大吟醸のお酒なんだ。「備前雄町」という酒米は「山田錦」の上をいく酒造米では最高のもののようだ。
呑助 備前というと岡山県ですかね。
侘助 岡山県で栽培されていた酒造米が「雄町」だ。「山田錦」より熟成がいいと言われている。
呑助 熟成とは何ですか?
侘助 人間も若いときは尖っているけれども、歳とともに丸くなっていくでしょ。角がとれて味わい深い人柄になっていくでしょ。それと同じでお酒も若い酒は尖っているんだ。だから喉に触るものがあるが、熟成するとまろやかになり、のど越しが良いんだ。
呑助 平たくいうと美味しくなるということですかね。
侘助 そうだよ。美味しくなるんだ。
呑助 最高級の酒造米「備前雄町」で醸したお酒なんですか。
侘助 そうなんだ。精米歩合は50%、原酒、生詰のお酒のようだ。
呑助 原酒というのは何でしたっけ。加水していない酒でしたね。
侘助 そうそう。水で薄めていない酒なんだ。だからしっかりした味がのったお酒だと思うよ。さらに無濾過の酒だからね。
呑助 無濾過というのは、何でしたっけ。
侘助 槽(ふね)から絞ったままのお酒の場合、少し濁りがあるから、活性炭を入れ、濾過するんだ。濾過すると酒は綺麗にはなるが、また一方では旨み成分も濾過されてしまう。だから無濾過の酒には酒本来の味があるんだ。
呑助 無濾過の酒には酒本来の味があるんですね。
侘助 本物の酒ということかな。
呑助 純米酒だからアルコールの添加がない。原酒だから加水がない。無濾過の酒だから、絞ったまんまの酒。火入れはしているんですか。
侘助 絞った後、一回火入れをして半年熟成させて出荷した酒のようだ。このような酒を生詰と言っているようだ。
呑助 半年熟成させた酒を何と言うんでしたっけ。
侘助 「ひやおろし」または「秋あがり」なんて言われているかな。
呑助 そうそう、「ひやおろし」でしたね。
侘助 「ひやおろし」というのは熟成した飲み頃のお酒ということかな。秋の酒は美味しいと昔から言われてきた。歌人の若山牧水は詠っている。「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」とね。
呑助 「白玉」とは何ですかね。
侘助 「白玉」というのは酒の異称なんだ。静かに酒を味わうのが秋の酒なのかもしれないなぁー。「それほどにうまきかとひとの問ひたらば何と答へむこの酒の味」。こんな歌も牧水は詠んでいる。お酒なんて、どこが美味しいの、なんていう女房たちがいるが、何と答えようか。答えようもない。この酒の旨さををね。お酒は飲まなくちゃ、お酒の旨さは分からない。