行きつけの店で「店員紛い」のことをしています。
無給。勤務時間は自由裁量。無断欠勤の常習者
店で主に販売している商品は日常使い品と作家物・骨董の類(言い換えれば中古品)。
骨董品と言うと貴重品と言うイメージがあります。
江戸時代の骨董品と思われるものも驚くような安価で売られています。
それでも売れないものもある。
需給のバランスでモノの価値、値段は決まる。
供給:親族の遺品、終活品・・・もの余り時代の不用品
需要:住宅様式の洋風化、世代交代、ゆとり世代の退潮、少子化、可処分所得の低迷、先が見えない世・・・理由はいろいろあるでしょう。
洋物を除き、骨董品の人気は落ちているようです。
今は美術品として、珍重される骨董・作家ものも、本来は実用品として作られたものも多い。
自分は実用品として購入する場合が少なくない。
作家ものの価値はネームバリューで決まる。
有名作家でもそれを証明するもの(共箱等)がないと驚くほど安価。
備前のように作家独自の陶印で確認できるものがありますが、それでも共箱がないと価値は大きく下がる。
転売目的でないのなら、その価値は自分が決めるもの。
自分が気に入ったものをがリーズナブルな価格で買えればそれに越したことはない。
自分の業務は展示担当。
店の方針の範囲内で、顧客目線で良品と思われるものを目立つようにレイアウトする。
自分の家に飾るのと同じ感覚で行う。
レイアウト行為が遊びです。
店員特権は商品をいち早く見ることができること。
その時点では価格は分からない場合が多い。
欲しいと思った商品も自分の懐と相談すれば買えない。
この品なら欲しい人も出てくるだろうな〜と思えば、買わずに我慢することもある。
「あ、売れちゃった」と残念な思いをすることもあるけれど、
見る目のある人に渡ったと言う喜びが大きい。
売れるようにレイアウトしたのは自分なのだから・・・
これは絶対お買い得と思って気負って、レイアウトしたのに、売れない品も出てくる。
どうするるか。
結局、自分が責任を取って、自分が買うことも多い。
作家もの、骨董品は一品もの。
「この間来た時に気になったものがあった。
あれはどうなった」と言うお客さんもいる。
「売れました」と言うと本当にガッカリするようだ。
その気持ちは良く分かる。
「一期一会」は大袈裟かもしれないけれど、縁がなかったと言うことです。
「店員紛いの行動」は遊びです。
兎角、「引き籠もり」になりがちな生活を少しは緩和してくれる。
個展、グループ展では作家さんと話をする機会がある。
自分の実生活とは程遠い話が聞ける。
色々な苦労もあるのらしいけれど、「楽しい!」らしい。
そんな冒険をしてみたことがない自分から見て、本当に羨ましい。
自分の懐の範囲で応援したいと思う。
「店員紛いの行動」は遊びです。
遊びにはお金が掛かるのは当然。
遊ばせて貰っているのだから、所場代代わりに、気に入ったもの(骨董・絵画)を買う。
もう一杯で飾り場所がない。
「いつまで楽しめると思っているんだよ〜」
「自分の歳をチョットは考えろよ!」
自問自答はしています。
有閑・偏屈爺のお買い物中毒は止まりそうにない。
無給。勤務時間は自由裁量。無断欠勤の常習者
店で主に販売している商品は日常使い品と作家物・骨董の類(言い換えれば中古品)。
骨董品と言うと貴重品と言うイメージがあります。
江戸時代の骨董品と思われるものも驚くような安価で売られています。
それでも売れないものもある。
需給のバランスでモノの価値、値段は決まる。
供給:親族の遺品、終活品・・・もの余り時代の不用品
需要:住宅様式の洋風化、世代交代、ゆとり世代の退潮、少子化、可処分所得の低迷、先が見えない世・・・理由はいろいろあるでしょう。
洋物を除き、骨董品の人気は落ちているようです。
今は美術品として、珍重される骨董・作家ものも、本来は実用品として作られたものも多い。
自分は実用品として購入する場合が少なくない。
作家ものの価値はネームバリューで決まる。
有名作家でもそれを証明するもの(共箱等)がないと驚くほど安価。
備前のように作家独自の陶印で確認できるものがありますが、それでも共箱がないと価値は大きく下がる。
転売目的でないのなら、その価値は自分が決めるもの。
自分が気に入ったものをがリーズナブルな価格で買えればそれに越したことはない。
自分の業務は展示担当。
店の方針の範囲内で、顧客目線で良品と思われるものを目立つようにレイアウトする。
自分の家に飾るのと同じ感覚で行う。
レイアウト行為が遊びです。
店員特権は商品をいち早く見ることができること。
その時点では価格は分からない場合が多い。
欲しいと思った商品も自分の懐と相談すれば買えない。
この品なら欲しい人も出てくるだろうな〜と思えば、買わずに我慢することもある。
「あ、売れちゃった」と残念な思いをすることもあるけれど、
見る目のある人に渡ったと言う喜びが大きい。
売れるようにレイアウトしたのは自分なのだから・・・
これは絶対お買い得と思って気負って、レイアウトしたのに、売れない品も出てくる。
どうするるか。
結局、自分が責任を取って、自分が買うことも多い。
作家もの、骨董品は一品もの。
「この間来た時に気になったものがあった。
あれはどうなった」と言うお客さんもいる。
「売れました」と言うと本当にガッカリするようだ。
その気持ちは良く分かる。
「一期一会」は大袈裟かもしれないけれど、縁がなかったと言うことです。
「店員紛いの行動」は遊びです。
兎角、「引き籠もり」になりがちな生活を少しは緩和してくれる。
個展、グループ展では作家さんと話をする機会がある。
自分の実生活とは程遠い話が聞ける。
色々な苦労もあるのらしいけれど、「楽しい!」らしい。
そんな冒険をしてみたことがない自分から見て、本当に羨ましい。
自分の懐の範囲で応援したいと思う。
「店員紛いの行動」は遊びです。
遊びにはお金が掛かるのは当然。
遊ばせて貰っているのだから、所場代代わりに、気に入ったもの(骨董・絵画)を買う。
もう一杯で飾り場所がない。
「いつまで楽しめると思っているんだよ〜」
「自分の歳をチョットは考えろよ!」
自問自答はしています。
有閑・偏屈爺のお買い物中毒は止まりそうにない。