昨日は朝から俳誌「早苗」の臨時運営委員会で、広島へ行って夕方帰ってきました。山口を出るときは曇りでとても蒸し暑かったのが、広島に着くとポツリポツリと…天気予報で山口も広島も午後から雨ということで、それが少し早まったのかも知れません。しかし、ちょっと涼しくなったようで、やはり秋の気配が感じられますね。
駅で友人と落ち合い、会場の八丁堀の近くの幟町集会所へ。10時30分開始。議題は〝早苗の今後について〟でした。これはどこの結社でも同じではと思うのですが、押し寄せる高齢化の波で会員の減少に歯止めが掛けられず、資金が底をつくのはもう時間の問題ではということ。資料を見ながらいろいろと検討しましたが、なかなか難しい問題です。それで、どうしてもダメな時は…せめて〝有終の美〟が飾れるようにみんなで努力していこうということになりました。クヤシイですが、何年もつでしょうか。ウ~ン…
解散後、小降りの雨の中を広島駅へ行き、18時前の新幹線で新山口へ。宇部もそれほどヒドくはないですが、雨が降っていました。
今日の午後は句会で、兼題は〝秋の声〟でした。秋になるとさまざまな物音の響きが敏感に、しみじみと感じられますが、風雨や葉擦れ、虫などの具体的な音だけでなく、心耳でとらえた秋の気配をいいます。
帛(きぬ)を裂く琵琶の流れや秋の声
蕪村の句です。上五の〈帛を裂く〉の表現からは、「帛を裂くような」という慣用句がすぐに思い浮かびますが、それは、絹布を裂くとき、高く鋭い音が出ることから〝女性の悲鳴など、かん高く鋭い叫び声の形容〟という意味で用いられる語なのです。ここでは噎び泣くような琵琶の音が悲しくもだえ苦しむ女性の悲鳴のように聞えたのかも。琵琶といえばまず『平家物語』を連想してしまいますが、その琵琶の奏でるもの悲しい音色はまさにしみじみとした〝秋の声〟そのものだと感じたのでしょう。
幹に声かけ幹からも秋の声 鷹羽狩行
この句は、作者の心耳がとらえた「秋の声」。どこか高原の林でしょうか、大きな木の幹に声をかけると、木もそれに応えて…きっと幹に触れたのでしょう。すると全身に秋らしい爽やかさが伝わってきたのです。つまりあたり一面の木々の葉擦れや風など、あらゆるものから発信される秋の気配を、この一つの幹を通して感じ取っているのだと思います。作者の鋭い感性ならではの作品ですね。
今回の句会では、特に〝ひとりよがりの句〟について勉強しました。作者にしか分からない句…それがひとりよがりなんです。こんな句がありました。〈辣韮掘る一夜を貸さず五十粒〉 みなさんこの句分かります?私はさっぱり…。季語は「辣韮」で夏、ほらあのカレーなどのとき食べるらっきょうですよ。でも、〈一夜を貸さず〉が全く分かりませんでした。作者に聞くと、〝辣韮は掘るとまたすぐに次の収穫のために植えるんですよ。それが五十粒、一晩も置いたらダメだと昔から言われていて…〟と。へエッ、ビックリです。辣韮など作ったことがありませんので、分かるはずがありません。それなら〈辣韮掘り一夜を置かず植ゑにけり〉とか〈五十粒はすぐに植ゑたり辣韮掘り〉とか言ってもらえば、知らなくても何となく分かりますよね。最後は〝この辺では一晩置くことを「一夜貸す」と言うんですよ。これ方言ですかね~〟と作者。どうでしょうか。私は宇部人ではありませんので、他の人に聞いても???
とにかく自分が使うからとか知っているからといって、正しい言い方とは限りませんので、言葉はよく調べて使いたいものです。もう一つありましたよ。〝鍵〟を〝鍵穴〟の意味で使っていた句。これは調べるとその意味があったからと作者は言うんですが…ホント?ではそう書いてあるものを見せて貰わなくっちゃね~。信じられな~い!
写真は、我が家の〝酔芙蓉〟、初秋の季語です。この花が咲き出すと、ああ秋になったなあ~と思いますね。普通の紅芙蓉はどうしたことか、今年は葉がみなやられて全くダメです。クヤシイ!酔芙蓉は朝は真っ白ですが、これは最初のが句会に行くときの1時頃、後のが帰ってきた5時半ごろの花です。いい色に酔っているでしょ!