私の職場だった技術研修センターには世界のいろいろな地域からの研修生がVTRやビデオカメラの技術研修のためにやってきました。 そこでは研修の傍ら、土地柄や宗教、食べ物などの相異で思いがけない事態に遭遇します。 まずは地震から・・・。
先輩講師に聞いた話ですから1970年代後半のお話です。 アジア・アフリカ・オセアニア地域からの一団が研修に来ていましたが、ある日の午後たまたま地震がありました。 震度4クラスで地震慣れしている講師でも「少し大きいかな。」と感じて研修生に机の下に隠れるように指示したそうです。 しかし一人だけ制止の声を振り切って教室から廊下を通り屋外に飛び出した人がいました。 揺れが収まった後に講師が迎えに行くと、彼は顔面蒼白でがたがた震え、眼には涙さえ滲んでいたそうです。 その人はシドニーの人で、地震は初めての体験だったようです。 生まれて初めて建物が揺れ、大地までもが揺れる恐怖に遭遇してパニックを起こしてしまったのでした。 他の研修生も飛び出すことだけは思いとどまったものの、一様に青ざめた顔をしていました。 悪いことにその日はもう一度余震があり、彼らの顔は再びひきつったそうです。
宗教にかかわるエピソードもいくつかありますが、まずは先輩講師から聞いたイスラム教です。 やはり1970年代後半の頃、イスラム国の中でも特に戒律の厳しいサウジアラビアから研修生を迎えたときのことです。 彼らの求めに応じてカリキュラムの中に3回の礼拝の時間を設け、隣室を礼拝室に仕立てたそうです。 天井の中央に画用紙で矢印を張り付け、その向きをメッカの方角つまり西に向けました。 彼らは時間が来るたびに隣室に行き、天井の矢印の方角に敷物を敷いて、その上で敬虔な祈りを捧げていたそうです。 ところでそのサウジには私も現地出張教育をしたことがあります。 1998年のことです。 来日教育では他の国の研修生と一緒なので安息日を気にせずにカリキュラムを組みますが、現地に乗り込んでいくときは金曜日を避けて研修カリキュラムを組まざるを得ません。 その代り土・日曜日に普段通りの研修をすることになります。
次にキリスト教です。 フィリピン、中米などのカトリックの国からの研修生が来ると休日にはたいてい隣の街まで案内することになります。 なぜなら彼らは教会に行くことを希望し、それはカトリック教会であり、近場にはなく、隣の街までいかないと無いのです。 もちろんプロテスタントの研修生のほうが数多く来て、その教会はわが街にもいくつかあるのですが、なぜかそこに案内したことは一度もありません。
最後に研修生の食事ですが、これは担当講師の最も苦労する仕事の一つです。 研修の内容もさることながら、食事で不満を与えてはならないからです。 担当講師は研修生全員の食事の嗜好を事前に調査します。 特に肉類で食べられないもの、あるいはベジタリアンか否か、アルコールOKか否かが重要です。 この調査結果にもとづいて研修中の昼食やレセプションでのメニューを決めます。 ところで彼らは当然のことながら麺類やてんぷらなど日本ならではの食事を喜びます。 うどんやそばを食べる前に、「ずるずる音を立てても良い、熱さも軽減する」と説明し、実演もして見せるのですが、そう簡単にはできません。 彼らは普段の習慣のままに、まるでパスタでも食べるかのように熱いのをこらえながら静かに口の中に運びます。 また欧米人で何回も来日している人程刺身、寿司を好みます。 しかし板長が図に乗ってそのうちの一人スミスさんに白魚の踊り食いを勧めたことがありましたが、これは後悔しました。 スミスさんはためらいながらも笑顔で口に含みましたが、やがて顔色が変わりました。 飲み込むか吐き出すか明らかに迷っているのです。 なんとか飲み込んでいただき、事なきを得ましたが、やはり踊り食いは行き過ぎでした。