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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

新華社通信  

2022-03-23 11:37:21 | 文化

>新華社通信   >.西側メディアは人種差別誇張の舞台になってはならない 中国外交部   > 新華社 2022/03/22 17:13

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> 【新華社北京322日】国連が制定した国際人種差別撤廃デーの21日、中国外交部の汪文斌(おう・ぶんひん)報道官は定例記者会見で、関連する質問に答え、次のように述べた。 >米国はその劣悪な人権に関する記録を前に、自らを省みないばかりか人権の「師範」を気取り、人権を政治化、武器化し、他国に干渉し圧力をかける道具として事あるごとに他国の人権状況をあげつらってきた。  

 

アメリカは反省していますね。アメリカは黒人の大統領や最高裁判事や国防長官が出る国ですね。中国では漢人以外の人が政府の要職に就くことはできないでしょうね。   

 

>これは、国際法および国際関係の基本準則の公然たる破壊であり、人種差別の撤廃、人権の尊重や保障に向けた国際社会の取り組みに逆行するものだ。

 

そうですね。米国には米国の人権問題が存在しますね。   

 

 われわれは米国に、傲慢さと偏見を捨て、人権という鏡に自らを映し、自国の問題を正視し、「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」などの国際人権条約を適切に順守し、自らの過ちを認めて正し、マイノリティーに公正と正義を実感させ、憎悪と暴力に苦しんでいるアジア系住民に真の安全と保護を与え、自国の人権状況改善のために本当に実効性のある行動を起こすことをお勧めする。  

 

そうですね。どこのくににも人権問題は存在しますね。中国には中華思想がありますね。漢人本位の政治をするので、東夷・南蛮・西戎・北てきは困ったものですね。    

中華 (ちゅうか)  [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる]    東夷 (とうい)  [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した]     南蛮 (なんばん)  [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう)  [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北てき (ほくてき)  [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。   

 

> また、西側の一部メディア最近の報道には、「白人」の帰属意識を強調し、アイデンティティーの基準に照らして異なる人種を「文明レベル」で分類し、いわゆる同情を示す相手を選ぶものも見られる。 >例えば「この人々はシリアからの難民ではない、彼らはキリスト教徒で、白人で、われわれと変わらない」といった差別的な発言だ。 

 

それは、中国政府の漢人に対する帰属意識のようなものですね。

 

>これは典型的な人種差別行為であり、本来の人道主義の考えや人権保護の原則から大きく逸脱するものだ。

 

そうですね。この原則は中国に対してもブーメラン効果がありますね。      

 

> 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の報道官は最近、西側メディアの人種差別的な発言に対し、避難民がウクライナ出身であれ、アフガニスタンやシリア出身であれ、「彼らはみな人間であることを忘れてはならない」と強調した。  

 

そうですね。   

 

>西側の一部のメディアはこれを戒めとして、早急にダブルスタンダードを放棄し、文明の交流に役立つことに注力し、真に平和に貢献し、人種差別を誇張するプラットフォームに成り下がらないよう希望する。

 

どの大国も他国への忠告は怠らないようですね。だが、自国の差別を見つけ出すのは難しい。だから横暴になりやすい。          

中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 () う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) に表すことが至難の業であることがわかる。漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。      

 

 

 

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村上春樹氏  

2022-03-19 17:58:33 | 文化

>日刊スポーツ  >村上春樹氏ラジオで反戦特番「指導者にただ黙っておとなしくついて行くと、大変なことになる」  > 日刊スポーツ新聞社 2022/03/19 00:27

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>作家の村上春樹氏(73)がDJを務めるTOKYO FM「村上RADIO」の特別番組「村上RADIO特別版 戦争をやめさせるための音楽」(午後11時)が18日、放送された。 >ロシアによるウクライナ侵攻を受けて編成されたラジオ特番。 >村上氏は番組の冒頭で「音楽に戦争をやめさせるだけの力があるのか。 >正直言って、残念ながら音楽にはそういう力はないと思います。 >でも聞く人に戦争をやめさせなくちゃいけないという気持ちを起こさせる力はあります」。 >また「今日は8曲か9曲かけるつもりですが、それだけお聞きいただき、少なくともあなたは、前よりも強く戦争をやめさせなくちゃいけないという気持ちになっているはずです、おそらく」と伝えた。 

 

それは嬉しい知らせですね。  

 

>ミュージシャンたちによる反戦歌、命の尊さや愛の大切さを歌詞に込めた楽曲を、村上氏が解説しながら紹介した。 >「犯罪やドラッグでむなしく命を落とす若者に、何があっても死ぬんじゃないと呼びかけ、大人たちに向かって彼らをしっかり支えてあげなくてはと訴えかける歌」とし、1曲目にはシンガー・ソングライター、ジェームス・テイラーの「ネヴァー・ダイ・ヤング」をかけた。 >村上氏は「年寄りが勝手に始めた戦争で、若い人たちが命を落としていく。 >昔からずっと続いていることですが、本当に悲しむべきことですよね」と話した。

 

そうですね。歴史は繰り返す。 (History repeats itself.) 

     

>終盤では「ヒトラーがドイツで行った行為は全て合法だった。

 

そうですね。為政者は法律を使って国民を縛るのですからね。我が国の憲法も日本人にとって金科玉条ですね。   

 

>そのことは忘れてはならない」とするキング牧師の演説の言葉を引用し、村上氏は「こういうことが言いたかったんでしょう。>個人の自由を脅かす可能性を持つ法律の下では、個人の自由はまず間違いなく合法的に奪われていくだろう、と」と語った。  

 

自由とは意思の自由の事である。日本人には意思がない。だから、自由そのものにも日本人には意味がない。不自由を常と思えば不足なしですね。昔と同じか。        

 

>権威主義にひかれる人が増えている風潮にもくぎを刺し「効率的かも知れないけれど、闇の方向に転べばとても危険な事態がもたらされます。>だから、皆さんも十分気をつけてくださいね。  

 

そうですね。現代は権威主義と民主主義の戦いですね。独裁者はもうこりごりですね。      

 

>ブルース・スプリングティーンの言葉じゃないですけど、指導者にただ黙っておとなしくついて行くと、大変なことになりますよ」。

 

権威主義国に住む指示待ち人間は大変なことになりますね。  

日本人には意思 (will) がない。つまり、無心である。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。おとなしい。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。だから戦時中は、玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。困った時には '他力本願・神頼み' になる。生きる力 (vitality) が不足している。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

どうやら '指示待ち人間' ができあがったようです。この筋道で成功すると、後追いの専門家になりますね。後追いの人は世論指導者としては適格ではない。  

 

>最後は「世界が平和になるといいですね」と結んだ。  

 

本当にそうですね。   

 

 

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正義や誠実  

2022-03-18 02:58:07 | 文化

 

>武田教授が警告。「正義」を振りかざす日本外交は世界で通用しない  >国際2022.03.09 322 by 武田邦彦『武田邦彦メールマガジン「テレビが伝えない真実」』 >shutterstock_2129423792

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>国連が把握しているだけでも、すでに500人に迫る民間人が犠牲となっているロシアによるウクライナ侵攻。 >その責任はプーチン大統領に求められて然るべきですが、何が彼を軍事行動に走らせたのでしょうか。 

 

彼はジンギスカンのようなものですね。 彼の解決法には軍事行動しかない。   

 

>今回のメルマガ『武田邦彦メールマガジン「テレビが伝えない真実」』では中部大学教授の武田邦彦さんが、その原因を考察。 >さらに「正義や誠実」を重んじる日本外交の危険性を指摘しています。

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>ウクライナ紛争が起こるいま、浮き彫りになる日本の下手な外交  >日本外交は下手で傲慢だ。  

 

そうですね。

日下公人氏は、<よく考えてみると、日本の未来はこうなります。> の中で、日本人に関するW.チャーチルの感想を以下のごとく紹介しています。

日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。

 それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、今まで以上の要求をしろと言う。無理を承知で要求してみると、今度は笑みを浮かべていた日本人が全く別人の顔になって、「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことを言うとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違えるしかない」と言って突っかかってくる。

 英国はその後マレー半島沖で戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。日本人は外交を知らない。(引用終り)     

 

>でも、それが日本人になにも影響がなければよいが、外交は下手をするととんでもないことになり、東亜戦争の前には、対華21か条要求や、満州国のリットン調査団、そして対米戦争開始の経緯など、外交としては最低のレベルで進み、それがやがて310万人の日本人が死ぬ原因となった。  

 

‘●●は死ななきゃ治らないですね。いや、死んでも治らないですね。     

 

>それぞれの相手になった、中国、白人植民地国家、そしてアメリカはいずれもそれほど悪徳ではない。 >日本人が相手のことを知り、相手や周辺諸国も「自分のことを考えているのだ」ということを知っていればよかった。

 

そうですね。

彼を知り己を知れば百戦あやうからず。(孫子・謀攻  

 

>日本以外の相手の国や世界の国々は「普通の人間」である。 >お金持ちになりたい、楽になりたい、威張りたいと思っているのだが、それに対して日本人だけが「正義」や「誠実」を求める。  

 

日本人はがり勉で鍛えた暗記力を誇りますね。   

 

>それは絶対的な正義や誠実ではなく、日本人が日本の風土と歴史、日本人の自然と祖先に対する信仰という特殊な環境から見た正義と誠実なのである。

 

そうですね。日本人は独特ですね。我々の文化には形があって内容がない。これも無哲学・能天気のせいですね。      

 

>日本が中国に攻め入った時、それはそれで日本側には理由があり、ロシアの進出を止める力が当時の清国にはなかったので仕方がないと思っているうちに、戦線は拡大していった。>でも、中国(清国から中華民国に変わったが)は満州は仕方がないとしても、中国本土に日本が軍隊を派遣してくるのはやはり屈辱だったのだ。  

 

中国人には中華思想がありますからね。

中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 () う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) に表すことが至難の業であることがわかる。漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。

・・・・・

中華 (ちゅうか)  [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる]    東夷 (とうい)  [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した]     南蛮 (なんばん)  [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう)  [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北てき (ほくてき)  [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。    

 

>満州の運営では白人はもっとひどいことをしているし、満州国の国際調査団リットン報告では暗に「俺たちにも少し甘い汁を吸わせてくれ」と言っているだけだ。 >さらにアメリカと戦争になったのは、「石油の禁輸」ではなく、その前にアメリカが「中国の利権を少し分けてくれ」と希望しているのに断ったからに他ならない。  

 

日本人は外交を知らないですね。議論もできない。だから、日本人は絶対的な正義や誠実にしがみつくしかない。そうでなければ、返答ができない。           

 

>石油の禁輸はその結果であって原因ではなかった。 >日本だけが独自の道徳や誠実さを求めてもダメで、国際的な常識に沿わないと孤立する。

 

そうですね。日本の常識は、世界の非常識ですね。      

 

>今回のウクライナでも、日本の報道でニュースを聞いている日本人はまた大きく異なる道に進んでいるように思う。 () >ソ連が崩壊してウクライナが独立してから西側諸国はずっとウクライナにちょっかいを出し、なんとかウクライナで紛争を起こしてロシアを揺さぶろうとしてきた。 >もともと共産国に対する防衛であったNATO(北大西洋条約機構)を共産国が崩壊した後も続けているばかりか、東ドイツから南に延びていたNATOの活動領域をポーランド、ルーマニアなども取り込んでロシアの国境近くまで来ている。 >NATOの「東進」はロシアに危機を与え、得をするのは西側であり、アメリカの軍需産業であり、ロシアの複雑な民族問題に付け込んだという形でもある。  

 

ロシアは哲学による団結はできませんからね。孤独感にさいなまれますね。   

 

>日本は「正義や誠実」を重んじるが、他国は「利益と勢力の拡大」が目的で行動する。 

 

がり勉と暗記力の弊害ですね。    

 

>日本人にとっては正義や誠実の方が大切のように思うが、「正義の道は地獄に通じる」と言われるように多様な価値観を持っている世界では「正義」ほど危険なものはないのだ(「正義の道は地獄に通じる」とは、民族や国家で正義が違うので、ある国で正義と思ったことを強制する危険性を言う)。  

 

‘アフガニスタン軍自身が戦う意思のない戦争を米軍が戦うべきでない。米国の国益に合致せず、米国民が求めているものでもない。’ (バイデン大統領)  

 

>むしろ正義をかざすのは偽善的に感じられ、利益追求の方が相手の態度もわかりやすいので交渉も成立する。  

 

Win-Win の話をまとめるのですね。   

 

>今回のロシアのウクライナ侵攻の真なる原因は、 >アメリカの軍需産業か? >多彩な民族構成か(ユダヤ人を含む)? >ウクライナのNATO加盟申請か? >プーチン大統領の判断か? >というところだ。 

 

西洋人とロシア人のメンタリティの相違が原因でしょうね。ロシア人は白人であるが、彼らのメンタリティは蒙古風ですからね。   

 

>最終的にはプーチン大統領が判断したわけだが、「そうせざるを得ない状況」にもっていったのは明らかに西側とも考えられる。  

 

そうですね。ロシア人は哲学で他国と団結することはできない。だから孤立しかない。      

 

>なぜ、日本では感情的で稚拙な報道と議論しかないのだろうか?    

 

日本人は無哲学・能天気ですからね。だから規則があって内容 (哲学) がない。これでは歌詠みになるしか方法がない。  

言語は伝達の手段であるばかりでなく、思考の重要な手段でもあります。ですから我々の考えの疎かな所は日本語のせいであることもあります。   

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。これらの三世界は時制により構文が異なるので、同次元で語ることができない。それで独立した三世界になっている。この規則を the sequence of tenses (時制の一致) と呼ぶ。日本人の初学者が英論文を書くときに難渋する規則である。 

世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。来るべき世界の内容を語ることは、時代を先取りすることである。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実 (things as they are) の内容を批判 (縦並びの比較) すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。全ての事柄は他人事になる。これは子供のようなものである。日本人も英米人も子供の時には非現実 (考え) の内容というものがない。だから ‘話を告げる’ (to tell a story) ということは、’作り話をする’ とか ‘嘘を吐く’ という風に受け取られて悪い子供とされている。この判定だけがわが国では一生涯続く。

日本語の文法には時制がない。だから、日本人には非現実を内容とする世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。これは縦並びの比較ということができる。建設的である。進歩が期待できる。希望が持てる。現実の内容だけであれば、その比較は '現実' '現実' の上下判断 (横並びの比較) になり、'どっちもどっちだ' がある。そこで、不完全な現実に囲まれて無力感に苛まれる。この種の比較は復讐に復讐を重ねる民族同士の争いの原動力にもなっていて進歩が期待できない。 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)       

 

>(メルマガ『武田邦彦メールマガジン「テレビが伝えない真実」』より一部抜粋。続きはご登録の上、お楽しみください。初月無料です)

 


ナザレンコ・アンドリー氏  

2022-03-16 06:23:27 | 文化

>SmartFLASH  >「日本はウクライナより危険」政治評論家ナザレンコ氏が警鐘鳴らすワケ…橋下徹氏ら “逃げろ” 論者に反論も

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>東京・港区のウクライナ大使館前。在日ウクライナ人のナザレンコ・アンドリー氏(27)は、高々と国旗を掲げた。 >「故郷・ハリコフでは、私が通った中学校も専門学校も破壊されました。 >実家から50m先の家にも爆弾が落とされ、両親はハリコフから80km離れた町に避難しましたが、そこもいつ狙われるかわかりません。 >恐怖と怒り、悲しみが交互に訪れる精神状態です」 

 

ご心痛をお察し申し上げます。   

 

>ナザレンコ氏は貿易会社に勤務しながら、ツイッターやメディア出演で、ウクライナ侵攻について盛んに発信を続けている。 >だが、本誌のインタビューでナザレンコ氏が強調したのは、日本の “危機” だった。 

 

お花畑の日本人は危機意識が薄いですね。日本人の未来の内容は常に想定外になっています。多くの日本人は なってみなければ分からないと信じています。 洞察力がない。 

 

>「今回、ロシアは日本を『非友好国』と認定しました。 >すでにオホーツク海や日本海で、中国軍と何度も軍事演習をおこなっており、領空侵犯も繰り返しています。 >ウクライナの現状は、日本にとって他人事ではないのです」

 

そうですね。

小野寺元防衛相曰く、ロシアが力による現状変更を行っている国はG7(主要7カ国)では日本だけだ。 北方領土だ。 だから、ウクライナ問題で、ロシアを一番強く批判しなければいけないのは日本だ。 

 

>そして今、中国がウクライナ情勢を注視しているという。 >「ロシアがウクライナを占領すれば、中国は台湾侵攻を決め、沖縄や日本本土も標的になる可能性がある。 >中国船が尖閣諸島周辺で領海侵犯し、北朝鮮のミサイルも日本海に飛来しています。 >中国、ロシア、北朝鮮に囲まれた日本のほうがよっぽど危険です」

 

そうですね。日本人は、何事も成ってみないと分からないと信じていますからね。だから日本人はまだか、まだか、まだか’’ 何時も待っている。そして後手後手に出る。これでは出遅れは避けられない。備えあれば憂いなしとは行かない。

政治家には時代の先取りが必要ですね。そうでなければ政治の指導者は国民を未来の世界に導くことはできません。             

 

>日本が攻め込まれた場合、アメリカが守ってくれるという考えは甘いという。

 

自分の国は自分が守るのが原則ですね。そうでなければ、他国の植民地になっていることでしょう。   

‘アフガニスタン軍自身が戦う意思のない戦争を米軍が戦うべきでない。米国の国益に合致せず、米国民が求めているものでもない。’ (バイデン大統領)     

 

>「中国が尖閣を占領しても、『派兵すれば第三次世界大戦になる』といった理由をつけ、アメリカは介入しない可能性がある。どこも自国第一です」

 

そうですね。民主主義国であっても無くても自国第一には変わりあませんね。しかし、ウクライナには米軍基地はないが、日本にはあるところが違っていますね。この違いがどれほど役に立つかは問題ですけどね。   

 

>“平和ボケ” の日本人には、当事者意識が決定的に欠けているという。  

 

そうですね。日本人には当事者意識はありませんね。日本人は常に傍観者なっていますね。   

日本人には意思 (will) がない。つまり、無心である。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。おとなしい。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。だから戦時中は、玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。困った時には '他力本願・神頼み' になる。生きる力 (vitality) が不足している。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

どうやら '指示待ち人間' ができあがったようです。この筋道で成功すると、後追いの専門家になりますね。後追いの人は世論指導者としては適格ではない。 

自己の意思を示せば、当事者・関係者となる。示さなければ傍観者にとどまる。日本人には意思がないので、常に傍観者になる。序列関係のない深刻な事態にも高みの見物をしている。わが国は世界の中にあって、世界に属していない。   

 

>「ウクライナも “平和ボケ” でした。 >かつてウクライナは、ロシアとアメリカに次ぐ世界第3位の核保有国でしたが、すべての核兵器をロシアに譲り、80万人の軍隊を20万人に削減しました。 >代わりに米英露はウクライナの安全を保障すると約束したのです。 

 

日本国憲法前文には  ‘、、、、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。とありますね。危険極まりない日本人の思い込みですね。お花畑の崩壊は必至でしょうね。       

 

>しかし、ロシアはウクライナに侵攻し、米英は軍隊を派遣していません」  

 

そうですね。約束は守られませんでしたね。英米が介入すれば世界大戦になるというのが大義名分ですね。    

 

>日本では、これ以上犠牲者を出さないために、ウクライナは降伏すべきとの声もある。  

 

無理が通れば道理が引っ込む。When might is master, justice is servant. 昔からある諺ですね。何も新しいことではない。   

 

>「ウクライナにとっては迷惑な考えです。 >降伏したら、待っているのは民族への弾圧、そして虐殺です。 >独裁主義に勝たせた先例を作ってはなりません」

 

そうですね。ウクライナは以前にもロシアにやられていますからね。穀倉地帯に飢餓が来る。     

 

>橋下徹氏など、「逃げろ」とまで言う論者もいる。>「ポーランドに逃げたら、今度はポーランドが侵攻されてしまうかもしれない。>一度領土を譲れば、ウクライナ人の居場所はどこにもなくなる。>そもそも、先祖代々の土地を明け渡す理由などありません」

 

そうですね。国を離れた人民は難民の群れになりますね。そうでなければユダヤ人のように世界をさまようことになるか。   

 

>最終的には、兵力や装備で圧倒しているロシアが勝利するーーこの見方にも、ナザレンコ氏は反論する。 >「ロシアの計画では2日間でキエフを落とすはずが、2週間戦って大都市をひとつも占領できていない。 >ロシアはすでに負けています」

 

そうですね。ロシアの計画はプーチン大統領の勘違いによるものですね。   

 

>そして、ロシア国民の反戦感情も高まっている。     

 

勿論、普通の人間は戦争を望まない。しかし、国民を戦争に参加させるのは、常に簡単な事だ。とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ。 (ヘルマン・ゲーリング)   

 

>「ソ連崩壊後のロシアで生まれた世代は、西側の自由を当たり前のように享受してきたので、ロシアが “大きな北朝鮮” になることを絶対受け入れないでしょう。 >最後はクーデターで、プーチンが失脚することを祈っています」 >私たちに代わって、ウクライナは民主主義を守るために戦っている。  

 

そうですね。民主主義を守るために我々日本人はウクライナと力を合わせて努力する必要がありますね。  

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 我が国の ‘かな漢字’ は世界中何処の国に行っても通用しない。特にローマ字 (alphabet) の代わりに仮名を使用することには害毒がある。仮名漢字表記による学習で自分は世界に通じていると思い込む。だが、これは事実ではない。勝手な解釈により世界に関する独りよがりの解釈は避けられない。私は宿泊先のアメリカ人の名前は知っている。しかし、その綴り方は分からない。つづり字を考えることのない日本人の記憶方法だからである。このような文盲に近い体験の仕方では外国人との文通もできない。地図を見て探すことも難しい。かな書き英語が我が国民の国際化を果てしなく遠ざけているということができる。  

国語の勉強は読み書きの練習である。ところが、日本語のかな漢字表記は難しい。特に漢字の字形と音訓の習得に月日を費やし、目的の勉学の成果が遅れている。私の知人に '〇〇健' という名前の人がいる。彼は周りの人から 'タケちゃん' とか、'ケンちゃん' とか呼ばれている。'一体どちらが本当なのか' と私が尋ねると、彼は 'どちらでも良いのですよ' と答える。'でも、戸籍ではどうなっているのか' と尋ねると、'戸籍にはフリガナがありませんから、どう読んでも良いのですよ' という答えであった。これを '日本人の自由' というのであろうか。'あるべき姿' の追及がない。とりわけ漢字圏以外の国から来た外国人には日本語の漢字は難しい。日本語をローマ字表記にすれば彼らもたちどころに日本語を読めるようになる。読み書きが自由になると一人前の大人として活躍できる。筆記試験でも真の実力が発揮できる。外国人の能力に関してより公平な評価をする社会が我が国内に実現する。ぜひローマ字表記を法制化してもらいたい。          

 

中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 () う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) に表すことが至難の業であることがわかる。漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。

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中華 (ちゅうか)  [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる]    東夷 (とうい)  [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した]     南蛮 (なんばん)  [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう)  [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北てき (ほくてき)  [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。   

 

 

 

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甘すぎる日本  

2022-03-15 04:04:26 | 文化

 

>zakzak >甘すぎる日本!「ロシア機の領空飛行禁止を」 ヒゲの隊長・佐藤正久氏が激怒「外務省は腰砕け…『命よりも金もうけなのか』と言われかねない」 > 2022/03/14 06:30

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>日本政府は、なぜ及び腰なのか。 

 

日本人はいつもながら処世術に熱中していますね。屁っ放り腰のだらしなさを気にすることはないですね。それには日本語が関係していますね。          

 

>国際法違反のウクライナ侵攻を続けるロシアに対し、欧米諸国がロシア機の自国領空での飛行禁止を断行するなか、日本は踏み切れないでいる。 >G7(先進7カ国)では唯一となった。 

 

日本人の後追いのメンタリティ (考え方) は改まらないですね。日本人には自己の哲学がないので、残念ながら自分の立ち位置を明らかにすることはできませんね。変な先進国ですね。          

 

>この現状について、自衛隊OBで「ヒゲの隊長」こと自民党の佐藤正久外交部会長に聞いた。 >「ウクライナ国民の命を救うため、日本はいまこそ、国際社会との連帯を積極的に示すべきだ」 >佐藤氏は語った。 

 

そうですね。しかし、日本人には意思がない。だから積極的になることは難しいですね。     

日本人には意思 (will) がない。つまり、無心である。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。おとなしい。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。だから戦時中は、玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。困った時には '他力本願・神頼み' になる。生きる力 (vitality) が不足している。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

どうやら '指示待ち人間' ができあがったようです。この筋道で成功すると、後追いの専門家になりますね。後追いの人は世論指導者としては適格ではない。 

日本人は意思を認めることのできないので、意思決定に難渋して行動開始が遅れる。この事実は以前から外国人にも知られていた。

フランク・ギブニー (Frank Gibney)  氏の著書 <人は城、人は石垣> には、日本人の意思決定に関して次のようなことが書かれています。

 ペリー提督は、日本人はアメリカ人のように敏速に行動しないと注意された。それは、このように説明された。数人の日本人が黒船を訪れたいと思って集まったとする。一人が「いい日だな」という。これに二人目が「なんという気持ちのいい日だ」と調子を合わせる。三人目が「波も見えないぞ」という。最後に四人目が「船に行ってみようじゃないか」と提案する。  ニューヨーク・デイリー・ニューズ (1854年6月13日) (引用終り)   

 

>日本はこれまで、米国や英国に同調して、厳しい対露金融・経済制裁を表明してきたが、領空飛行禁止では動きが鈍い。  

 

これは日本人の克服できない判断力の問題ですね。   

 

>表向きの理由として、ロシアが対抗して日本機のロシア上空飛行を禁止すれば、日本発の欧州便は遠回りすることになり、時間と燃料代がかさみ、物流には大打撃となる、と言われてきた。 

 

政治哲学 (非現実) の問題が時間と燃料代’ (現実) の問題にすり替えられていますね。現実 (事実) が分かって、非現実 (考え) の分からない人間の特徴ですね。      

 

>だが、佐藤氏は「日本機は4日以降、ロシア上空を迂回(うかい)している。 >物流への影響は制裁をしない理由にならない」といい、外務省の姿勢に疑問を呈した。  

 

そうですね。   

 

>「北方領土の返還交渉を抱えているせいか、外務省がロシアに配慮しすぎだ。 

 

何時もながら、日本人は忖度 (推察) に熱中していますね。だから、理詰めの議論はできないですね。      

 

>ウクライナ侵攻は国際秩序を揺るがす大問題なのに、省内には『あくまで欧州の問題だ』と矮小(わいしょう)化する声まである。

 

政治哲学 (非現実) の問題を距離 (現実) の問題にすり替えていますね。低級な人間の解釈ですね。      

 

>対応が甘すぎる。>完全な腰砕け外交だ」  

 

そうですね。何時もながらの日本人のへっぴり腰ですね。   

 

>佐藤氏は政界入り前の2004年、陸上自衛隊のイラク人道復興支援部隊の初代隊長として世界各国と汗をかいた。 >この経験から語った。 >「このままでは、『日本は、命よりも金もうけなのか』と言われかねない。 >万が一の『日本有事』も想定して、諸外国が助けに来てくれる環境をつくっておくのが外交の役割だ。  

 

そうですね。信頼関係が大切ですね。   

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’  (あるアメリカの国務長官)   

 

>ロシアの国際法違反を許さず、ウクライナ国民を守るためにも、日本は領空飛行禁止で各国と足並みをそろえるべきだ。  

 

そうですね。義を見てせざるは勇無きなり。日本人には義を見る力が弱い。それはどうしてであるかを考えてみる必要があります。   

日本語には現実 (事実) があって非現実 (考え) がない。だから、処世術 (損得勘定) は理解できるが、政治哲学は等閑に付している。そして、ノンポリ・政治音痴の人間が出来上がる。義を見ても実行する勇気が出ない。  

 

>周辺国にも働きかけ、ロシアへの圧力を強めるべきだ」  

 

そうですね。   

言語は伝達の手段であるばかりでなく、思考の重要な手段でもあります。ですから我々の考えの疎かな所は日本語のせいであることもあります。   

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。これらの三世界は時制により構文が異なるので、同次元で語ることができない。それで独立した三世界になっている。この規則を the sequence of tenses (時制の一致) と呼ぶ。日本人の初学者が英論文を書くときに難渋する規則である。 

世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。来るべき世界の内容を語ることは、時代を先取りすることである。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実 (things as they are) の内容を批判 (縦並びの比較) すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。全ての事柄は他人事になる。これは子供のようなものである。日本人も英米人も子供の時には非現実 (考え) の内容というものがない。だから ‘話を告げる’ (to tell a story) ということは、’作り話をする’ とか ‘嘘を吐く’ という風に受け取られて悪い子供とされている。この判定だけがわが国では一生涯続く。

日本語の文法には時制がない。だから、日本人には非現実を内容とする世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。これは縦並びの比較ということができる。建設的である。進歩が期待できる。希望が持てる。現実の内容だけであれば、その比較は '現実' '現実' の上下判断 (横並びの比較) になり、'どっちもどっちだ' がある。そこで、不完全な現実に囲まれて無力感に苛まれる。この種の比較は復讐に復讐を重ねる民族同士の争いの原動力にもなっていて進歩が期待できない。 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)      

 

 

 

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