日々雑感

心に浮かんだこと何でも書いていく。

説明会と協議会

2019年07月12日 | Weblog
説明会と協議会

日本は今回の韓国との打ち合わせを説明会だと主張した

事の次元は完全にすれ違っている。この話し合いはどこまで行っても一致点を見いだせない。不毛の会議だ。このことは韓国に来る前から伝えてある。
何を目的にやってきたのだろう。

この会議からどんな意見が飛び出すかみものである。

日韓関係の現状

2019年07月11日 | Weblog
日韓関係の現状

日本は
3品目の輸出管理の手続きを優遇措置を設けないで、通常に戻す。手続きを厳格にするという。
韓国は
それは経済的報復だという。

韓国との話し合いはいつもこのようにすれ違い、通じ合わない。

話の通じ合わない相手と話を通じ合わせることは最も難しいことである

今回の騒動を見ていると、国際ルールとか双方の政権の考え方などで通じない事ばかりだ。

小野寺さんの言うように丁寧に無視する以外にどんな方法があるのか

説明しても話はすれ違うだけ。日本人の感覚とはずいぶん違う国である。そんなところへ話し合いをしても結局無駄だろう。

とすれば時の氏神を待って、それまでは無視する以外の方法はない。

LC

2019年07月11日 | Weblog


日本が韓国向けLCを取り下げたら、韓国はお手上げになるだろう。

この際情け容赦なくLCをやめると良い。

情けをかけて欲しかったら、クーンハンドの原則をしっかり守れ。

国会議員は年間2400万円

2019年07月08日 | Weblog
国会議員は年間2400万円

消費税を上げる前に、歳費削減、定数削減を何故実行しないのか。
実に腹立たしい議員連中だ。
金は消費税をあげて国民から巻き上げ、押しつける事を考える。
口では経費削減を言いながら、それを実行しない。

それを言う前にどうして身を切る改革を実行できないのか。
そんな状態だから、消費税アップも納得できないのだ。
国民から見るとあの程度の働きで年間2400万円あまりもらうのは合点がいかない

現に大阪維新の吉村松井および維新議員は自分の収入をカットして立派にやっているではないか。

国会はあれだけの人数が必要か。歳費の3割カットは出来ないのか
政治はスローガンではない。実行、実績だ。

大阪維新の吉村松井両氏の働きぶりと収入を参考にして
国会にかかる費用を少しでも削減して、削減分を教育の無償化などに充当すればいい。

やらないのは収入が減るのが嫌だからということだろう。

選挙の争点は、経費削減を唱えるだけで実行しない党は選んではいけない。口先だけの政治をされては国民は迷惑だ。

削減をした実績こそ評価して当然だ。どの党が実行するか見極めて投票をしたいものだ。

韓国貿易と信用状

2019年07月08日 | Weblog
韓国貿易と信用状

韓国の銀行の信用状を日本が保証している。

韓国が貿易をする場合には日本の銀行のLCが無ければ成り立たない状態なのに、
よくぞ日本にいちゃもんをつけたもんだ。

一体何を考えてそういうことが出来るのか。

感情論に支配されて正確な現状把握が出来ないのだろう。

もしこの事実を真から理解していれば,日本に対して諸々の失礼なことは出来ないはずだ。

経済や貿易に関する現状を認識してないから、日本から見れば失礼千万なことをやって

まだその上にいちゃもんをつけようとしている。

タイミングを見計らって、現実を思い知らせてやる必要がある。

それは言葉や文章ではだめだ。彼らの生活に影響が出て、皮膚感覚で実感できるように、行動をすることだ。

韓国が日本経済を締め上げるような何者もない。

おそらく一本勝ちになるだろう 。それでいいのだ。

一度はリセットしないとあの国は正常に戻ることはない。

ああいう感情論に支配された国民はおそらく怨みを増幅させるだけだろう。

そして自滅への道を歩き始めるだろう。それでいいのだ。日本が手助けする必要は毛頭無い。

肩男波公園

2019年07月07日 | Weblog


肩男波公園

高速を走れば、1時間で和歌山に着く。

海南のポルタ遊園地に遊びに行った。まぐろを食べた。

やはり都会で食べるのとでは、味も違うが値段も高い。

帰り道は対岸に見える肩男波公園を訪れた。

干潮だから大部分が干潟であり、砂地であった。

はるか沖を眺めていると、昔教科書で習った万葉の一首を思い出した。

初めて見る肩男波海岸である。

山部赤人の有名な一首を思い出した。

「若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺を指して 鶴鳴き渡る」

この通りの文字では書けなかった。

すぐ和歌浦となるし、また 潟を無み は文字が出てこなかった。当然かけなかった。

片男波は書けたが、、、。

たまにはこう言う景勝の地を訪れるのもいいもんだ。

日本政府の半導体輸出管理強化

2019年07月05日 | Weblog
日本政府の半導体輸出管理強化

日本政府の半導体輸出管理強化に対して

[
[今後の貿易をめぐる国際論議で信用を落としかねない。] 朝日新聞

唯我独尊で目立つ手法はいい加減にやめろ。こんな主張が国民に受け入れられると思っているのか。

社はいったいどちらを向いてものを言っているのか。

今日本人がどう思っているのか 読めているのか。

しっかり日本人の心情を読んで納得させられるように書け。

全然読めていないじゃないか。是じゃ反感が出てきて当然である。

一体この文言はだれにむかって主張したいのか。日本政府か国民か

こう言う論調を抑制的とは言わない。

こういうことを書くと、国民感情を逆なでして、反朝日読者を多くするだけだ。

モッカの情勢を考えてみればすぐわかることだ。大局的立場がわからないのか。

徴用問題に端を発した トラブル続きの原因は一体どこにあるのか

朝日新聞よ。明確に指摘するが良い。それを押さえて上での発言か。

国民はそれに対してどう反応するか予測をつけてみろ。この文言は

僕から見れば独りよがりの単細胞的発想だ。

現時点で気をつけなければならないのは、韓国か、それとも日本か。

世界情勢が韓国をどう見ているか しっかり把握しなければ、今執るべき措置の判断は妥当性を欠くだけだ。この主張はまるで利敵行為じゃないか。

何を言うにしても、言論の自由いわゆる言論府における常識が前提されていることを決して忘れるでない。

 リタイアリング・ルーム0

2019年07月05日 | Weblog
          
    リタイアリング・ルーム


 インド大陸の中心から見ると、カルカッタは北東にあたる。

日本では北東を鬼門といって人は避ける。インドの鬼門にあたるのがカルカッタである。

この鬼門は私がいつもインドへ入国するときに利用する、インドの入り口である。

バンコク空港を経由してインドに行く時には、僕にとっては、最も入りやすいインドの入り口である。
 ところが僕が初めてインドへ行った時の最初の玄関口になったカルカッタは、すこぶる印象の悪いものであった。

前回の経験では、このカルカッタだけは、ろくなことがなかった。両替ではだまされいるは、タクシーに乗れば途中でほっぽりに出されるは、カルカッタではろくなことがなかった。

インドにたいして持っていた尊敬の念は一辺に吹っ飛んだ。お釈迦さまの出た、立派な国民からなる国だと尊敬の念すら抱いていたのに。

僕の持っていた憧れは、音をたててくずれさった。それもわずか30分たらずの間に。

そういうわけで,あれ以降、インドを旅するときには,僕はまず第一に厳重に自分をガードをしなくてはならぬと緊張する。

ニュデリーには朝6時についた。早朝だったのでコンノートプレスまで歩いた。僕はここからお目当てのホテルへ電話をしたら、空室はあるという。これでまずは安心した。
 
そこで、大通りから少し入った、コンノートプレスの旅行代理店に行き、ホテルもチケットも一緒に頼んだほうが便利で、安あがりだと思い、この代理店を通じて、先程のホテルに電話をかけてもらったら、満室だという。ものの5分もたっていないのに満室になるとはおかしい。

そこで僕は電話を代わり、たった今空室があるといってじゃないかと抗議した。ところがフル、満室の一点張りでらちがあかない。これはおかしい。何かがおかしいと僕は疑念を持った。

つまり業者とホテルは後ろで結託しいるのでは?という思いが頭をかすめたのである。
 案の定代理店はあのホテルは満員だから、こちらでホテルを紹介するという。さきほどのホテルでは1泊200ルピー、ところがこの業者の紹介しようとしているホテルは600ルピーだ。

仕方がないから僕はしぶしぶこのホテルに泊まることにした。そうは決めたものの、後味はすこぶる悪かった。
ホテルにつくと、そこには僕と同じようなケースで、送り込まれた日本人の先客があった。
お互いに話をすればするほど、ワンパターンのやり口で、だまされているのがわかった。

銭金の問題ではなくて、これは悔しかった。
なにも旅行代理店に頼むんじゃなかった。ホテルぐらい自分で予約すれば済む。ただそれだけのことをしなかったばかりに、こんな悔しい思いをして。僕は自分に腹が立った。

「畜生。」彼らの罠にひっかけられた。これは悔しかった。
金よりもなによりも、だまそうという根性に対して、又だまされた悔しさに腹が立った。散々インドの悪口を言って、日本人同士慰めあったが、腹立ちは容易には消えなかった。

カルカッタで2つ、ニュデリーで1つ、いやな思いが、僕のインド旅に暗い影を落とした。

ダムダム空港のリタイアリングルーム。
 朝の出発が早いので、リタイヤリングルームを使わせてほしいと

僕はエアポートのサービス・マスターにいったら、それなら国内線空港へ行けという。10キロの荷物と10キロのリュックを背負い、500メートルほど離れている国内線空港へ行ったら、係りとおぼしき職員が出てきて
一応の説明はした。

しかし妙にアウトサイドという言葉が耳についた。
煎じ詰めて言えば、空港近くにはゲストハウスが、やすくてたくさんあるから、そちらの方の案内をしようというのである。

僕はとりあわないで、とにかくリタイヤリングルームだと頑張った。そうしたら、係りのところへ案内するから、ここで待っていろ、といって姿を消した。しばらくしたら 先ほどの男は2人連れでやってきて、
「この人が係りだ」という。
 
僕は先ほどと同じ説明をして、リタイアリングルームを使わせてほしいと言った。彼は黙ったまま腕組みをして考えていたが、「パスポート」といった。

僕は腹巻からパスポートを出して彼に渡した。彼は腕を組んだまま、そのパスポートを見ていたが、インドのビザのページを見て、「1カ月もインド国内を旅していたのだから、宿はこの近くのゲストハウスを紹介する」という。
なんだ。これじゃあリタイアリング・ルームの担当者ではなくて、どこだか知らないが、ゲストハウスのボンビキじゃないか。僕は腹の中でむっとした。
 
その手口はニューデリーで旅行代理店が紹介したホテル紹介のシステムに実によく似ている。紹介料をせしめる、あのやり口だ。

こんな奴にやられてたまるものか。僕はゲストハウスの件については一切受け答えをせず、この空港の宿泊施設を利用したいの一点張りで、他のことには耳をかさなかった。
2人の間には、しばらく険悪な沈黙が流れた。

僕は改めて「何とかしてほしい。ゲストハウスはノー・サンキュウ」だといった。
彼は「それじゃ仕方がない。他を探してくれて」と吐き捨てるように言った。最悪の場合空港ロビーで徹夜しても良いと腹を決めていたので、
「おまえなんかにたのむか。馬鹿もん。」と日本語で捨て台詞をはいてオフイスを出た。

僕は国際線空港の方へ歩いていった。そうしたら、今僕の相手をしていた職員が走るようにして僕の後を追いかけてきた。
「600ルピーの宿賃を500ルピーにする」という。僕はいらないと断った。
彼はなんとかゲストハウスに泊まるように僕を説得してくる。

僕は意地になって反対した。それでもなお彼は食い下がってくる。
「分かった。それじゃ空港までの送迎のタクシー代はサービスする。それでどうか。」僕はやはり断った。
「あなたは私の親切な申し出を断っているが、それでは一体今夜どこで泊まるつもりなのか。」と半ば脅しを含めて言ってきた。僕は空港ロビーで一夜を明かす覚悟を決めていたので「国際線の空港ロビーで夜更かしでもするよ。」と笑いながら答えた。

「なに?国際線のロビーで夜明しすると?。それはできないよ。カルカッタ空港で夜明かしなんかしてみろ。すぐさま荷物はなくなるよ。あるいは悪い奴に脅されて、金品を巻き上げられるのがオチだ。」と又脅迫めいたことを言う。

「ご親切にありがとう。とにかくここで泊まるよ。カルカッタ空港でね。」僕は顔色を変えることもなくそう答えた。
いやな奴らだ。空港職員なら日本で言う公務員みたいなものじゃないか。お前ら品位やプライドのかけらもないじゃないか。僕は嫌悪感を感じた。
 
 前回インドに来た時に、僕はインドでは何が起こるか分からないということを強く感じた。せっかくスケジュール通りに、ここまでやってきたのに、チケット通りの飛行機に乗れないで、バンコクから関西空港までのチケットまでパーにするのは、我慢のならないことであった。
仕方がない。今夜はロビーで徹夜しよう。僕は一時間おきに目がさめたが、うつらうつらして夜明かしをした。物も盗まれなかったし、悪い奴に脅かされもしなかった。

それにしてもだ。日本ではまずこう言う手のだましはしない。同国人だからということもあろうが、,戦後の混乱期を除いて、このような公務員はいないと思う。貧しい国民性なのか,それとも価値観や風習が違い、生活の仕方がまるで違うから、こんなことになるのだろうか。

東南アジアを一人旅してもインドのような思いをしたところはどこにもない。
 
たとえば貧しさだけを問題にするならば、ネパールの方がはるかに貧しいと思うが、カトマンズではこんな思いをしたことがない。貧しいからやること、なすことみな貧しいというのは当たらない。やはり国民性か。

だとすれば、例え釈迦のような大聖人が出なくても、礼節をわきまえた
日本のほうが、はるかに優れている。僕は自画自賛した。とはいえ僕は
「本当のインド」を知らない。どこか地方の村に行き、そこで村人と交流をしたときには、ホントのインド人を知ることになるだろう。

象に触った盲目の人が、象とは丸い柱のようなものだと言ったのは、全体像を言い当ててはいないものの、彼が触った範囲で、まるい柱というのは当たっている。と同様に私が接触したインド人、たとえばリキシャワーラー、鉄道マン、旅行代理店、レストランのインド人を信用しないで、うさんくさい輩と見るのも当たっていると思う。

でも僕は、ガンジーが言ったといわれているあの言葉、「インド人の魂はインドの村にある。」ということを忘れてはいない。
インドの村々を渡り歩いたわけではないので、僕に応対したインド人が、平均的なインド人だとは思わない。じゃ、一体あれはなんなのだ。
たまたま質の良くない連中ばかりに出会ったという運の悪さだろう。
僕は自分の素直な気持ちを抑えて、後味の悪さを自分なりにごまかして幕を引いた。

丁寧な無視

2019年07月04日 | Weblog
丁寧な無視

小野寺さんはうまいことを言ったものだ 今の状況だと
「韓国に関しては丁寧な無視が一番ではないか」

何を言っても話の筋が通らない、こちらの真意が伝わらない 相手国には手の打ちようがない。
「丁寧な無視が一番ではないか」そのとおりである。
ある時期まで手の打ちようがない 。だって話が通じないだけでなく
しゃべれば必ず反論する国には、無視して話をしないことだ。
それに丁寧なという枕詞をつけたのがみそだ。

公約は口約

2019年07月04日 | Weblog
公約は口約

選挙戦に向けて各政党はは言いたい放題を言っている。

よく聞いてみると、絵空事のような、あらまほしきことを題目に並べているにすぎないから、耳を通り過ぎていくだけだ。

どんなことを言おうとも、自民党になってから1000兆超える借金が現実に存在する。

是を財政再建というお題目を唱えて毎年借金が減るかと言えば、借金は減るどころが、増えつつある。

ほんとに日本国家の将来のことを考えると、暗澹たるものがある

選挙の絶対約束として是を少しでも減らすことを与野党共通のノルマにして、国民の前に誓いを立てて実行する。

そういう気概は今の日本人にはないものか。

選挙運動の声を聞くたびに、むなしい響きが残るだけだ.

また公約は口約に終わるのか。どうしようもない国会。

ミッテランの言葉0

2019年07月01日 | Weblog
ミッテランの言葉

不意にこんな記憶がよみがえってきた。

本物の学者は信仰を通じて神を見いだし、本物でない学者は 信仰を通じて神を遠ざけた。

この文章をミッテランの日記で読んだとき、驚いた。
彼は左翼主義の大統領と言われていたから。

一般論としては左翼系の人々は、信仰だの神だという問題は否定したり、避けて通ると思っていたから。

やっぱりフランスの大統領になるような人物は、主義主張を超えて真実を見つめる目を持っているのだと感服した事がある。

オールドブラック・ジョー0

2019年07月01日 | Weblog

   オールドブラック・ジョー


 若き日早や夢と過ぎ 我が友 みな世をさりて    あの世に楽しく眠る かすかに我を呼ぶ オールドブラックジョー    我も行かん 早や老いたれば かすかに我を呼ぶ オールドブラックジョー     ・諸園凉子訳詞   


 


  これは黒人の魂の歌で我々になじみのある歌である。この歌の中には  奴隷として虐げられた黒人の魂のあこがれがうたい込まれている。


奴隷生活の現実は言葉で表せない厳しいものであり、その現実から逃れようとする魂の叫びである。  全世界の人々の人権を守ると自負しているアメリカにおいてさえ、過去にはこのような厳しい現実が存在した。


  人間を人間として扱わない白人の黒人に対する言いようのない差別、主にアメリカ南部を覆った差別の歴史をこの国は持っている。この苦しい現実を乗り越えて黒人は人権獲得に多くの血を流した。


現実にはまだまだ差別は存在するが、キング牧師らの努力の甲斐もあって法律的な差別は過去のものとなって、今は建前は差別の壁が無くなっている。   


いきとしいけるものが皆平等の基盤に立って生活できることは良いことだ。生きていくだけでも大変なことだのに、いわれの無い差別によってさらに大きな荷物を背負わされるなんてとんでもない話だ。


そうでなくても人生には多くの苦がつきまとうのだから。  


 生きる事に失望し落胆した人々はこの世を早く去ってあの世に楽しく眠る人々に対し、憧れを抱くようになる。いやこれは奴隷になった黒人ばかりではない。


白黒人種に関係無く,生きることの苦しみから逃れたいと願うようになる。     


 


彼女もそんな心境で日々の生活を送っていたのだろうか。  彼女は小柄で、ぽっちゃりした体型をしていた。顔はお多福の面を想像させた。


いつも物静かで余りしゃべらなかった。口数は少なくおとなしい感じの娘だった。  彼女は私が受け持ったクラスの生徒だった。


本人から直接聞いたわけではなかったが、友人の話によると,実母は早く死んで後妻つまり義理の母と一緒に暮していたが、この人が何かと難しい人で押し入れに入って何度泣いたかしれないということだった。


親しい友人にはそんな苦しい胸のうちをもらしていたらしい。僕の耳にもそれとなく伝わってきた。   可愛そうに、何時もそうは思ったが、だからといって特別なことは何もしたあげられなかった。


彼女は不幸を背負いつつも、何の問題も起こさない極く普通の生徒だった。     たった今彼女の死を友人からきかされたが、僕の感覚では十七八の若い身空で死ぬなんて不自然きわまりないもので実感がわかずぴんとこなかった。


 しかし級友は黒のワンピースを着ているし、今から彼女の告別式に行くという。僕はあわてて家にとって帰し、式服に黒のネクタイを締め彼女の家へと急いだ。  もちろん告別式には間に合わなかった。   


彼女はすでにお骨になって白木の位牌とともに自宅に戻っていた。彼女の自宅は線路沿いの安アパートいわゆる文化住宅である。細い道を尋ね尋ねて自宅へたどり着いたが、そのときはもう皆帰った後で、寂しさが部屋一杯に充満していた。


   玄関のとをノックすると、酒で顔を真っ赤にした年輩の男性が面倒くさいそうな表情をして出てきた。 僕は自分がクラスの担任であること、彼女の急な死をしってとりあえず駆けつけてきたこと、出来ればを線香をあげさせてもらいたいと言った。  


初めて会うのだが、この男は彼女の父親であった。めんどくさいそうな顔をしながらそれじゃ上がれと言う。  


 詳しいことは知らないがこの人は運転手をしていて先妻つまり彼女の母親とは死別した後に後妻をもらって、生活していた。


彼女はこのなさぬ仲の中で気を使いながら今まで生きてきて、持病の喘息であっけなくこの世を去ったのだ。  小さなちゃぶ台に白い布がかけられて、その上に高さ十センチくらいの小さな箱に彼女は納まっていた。


  僕はお経を唱えながら、同時進行で彼女に会話を試みた。  


「君は今この世の苦しみを抜け出して平安の世界へと移っていった。もう普通の人間が持つ肉体は失っている。


ひょっとしたら君を生んだ母さんが早くこちらの世界においてと招いたのか。それとも、もう君はこの世がいやになったのか。苦しみの多いこの世で生きる気力を失って心の底では死を待っていたのか。  寿命まで生きて死んだのとは訳が違う。


君は今から人生の花が開く夢多い青春のまっただ中にいたではないか。それがどうしてこういうことになったのか。何か答えてくれ。僕は悲しいよ。


教室や授業では個人的には話したことはなかったね。君のことは君の友人から少しはきいていたけれど、深くは知らなかった。だって君、喘息で学校を休んだことがあったかなぁ。


僕の記憶では君にそんな持病があるなんて全く無いのだよ。もし命に関わる重大な病気を持っているということならば、それは必ず保健か養護の先生から連絡があり、申し送り事項としてどこかに記載されているはずだ。


そういう記憶が僕にはない所を見ると、学校を卒業してからこの喘息の発作が出たと言うことなんだろうか。


 あっ。そうだ。もう君はこの世にいないんだ。寂しいな。君は誰にも打ち明けられない苦しみを一人で背負っていたんだ。せめて僕にでも少し位話したら荷は軽かったかもしれないのだが。


もうこの世とでは連絡は取れないから、会話は無理かもしれないが、なんとか気持ちだけでも伝えたいものだね。


僕は若い人相手の商売だが今まで17や18で人が死ぬなんて想像だにしなかった。いや出来なかった。


真実僕は驚いているんだよ。だがこうして君の死という厳守な事実にぶち当たると腹の底までこたえるよ。


 十八歳で死んだ君とオールドブラックジョウとは同列に使えないにも関わらず僕にはオールドブラックジョウの歌声が響いてくる。


オールドブラックジョーは君の母さんだったんだ。君よ、母さんとあの世で楽しく眠り給え。」  ほらほらまた聞こえてくる。   かすかに我を呼ぶオールドブラックジョー。