高志は近くの菜畑に足を入れ、手探りで素早く菜を摘んだ。
鉄さんは何も言わず、そんな彼をぼんやりと見ている。
両手一杯の菜を御用篭に入れて肩にかけた高志が言った。
「足元が危くなりますから、帰りましょうか」
「そうだな」
促されて鉄さんはようやく、自身まで木になってしまったかと思われる体を、切株から引き剥が
した。
帰り道の鉄五郎の脚は、いつも通りしっかりしたものだった。
残光は弱弱しいものだったが、まだ足下を見失うことはなかった。高志は歩を速める鉄さんに離
されそうになりながら、取り合えずはほっと安堵の胸をなで下ろした。
鉄さんに何があったのか分からなかったが、それでも病気の症状が現われたのではなさそうだっ
た。
しかし、何かがあったことは、疑う余地はないと思った。
こんな鉄さんを見るのは初めてなのだ。
刻々と深まる夕闇のように、不安は拡がっていった。
十六
笹木優美の筆跡は美しい。
一眼でそれと分かり惹きつけられた。
懐かしさが一気にこみ上げてきた。
打ち合わせのメモ、業務指示、各種伝票、手渡されたそれ等の記憶が、昨日のことのように甦る。