「ええ、ずっと引っ掛かってる。
あの人が何も考えない人だとは思えない。いいえ、高志さんは人一倍考えているんだと思う。
有名な大学にも入っているし、今は休学中だと聞いたけれど、弁護士を目指していたって聞いた。
だから考えていたって訳でしょう。
と言うことは、今も考えない人ではないってことでしょう。それは自然な結論だわ。
何か特別な理由があって、今は中断しているかも知れないけれど、そんなことは彼、何も言って
なかったけれど、仮にそんなことがあったとしても、あんな風な言い方には繋がらないと思うの。
だから、あの時の言葉は単なる軽い冗談か、あれよ、デカダン風に気取っただけだったと思うの。
要するに苦労知らずのボンボンが何かにかぶれているだけなのよ。私としてはそのように見えて
いるのだけれど、でもまだ何か引っ掛かるの」
「何が?」
清子は少こし乗り出して、妹を見た。
千恵はその視線を振り払うように、目蓋を閉じて天を仰いだ。
ややあってゆっくりと瞳を開き、古びて黒ずんだ梁を眺めながら、ポッリと言った。
「本心だったような気がする」
「だから私に諮いたのね」
「ええ、そうなの。あの時私、あの言葉に空っぽのほら、峠の姉さんの所にある、空井戸に首を
伸ばして、耳を澄ました時に聴いたような響を感じたの。本当に何も無いんだって。怖い気がした」
千恵は言葉を呑み込むように沈黙した。
清子も黙ったままだった。
やがて清子が思い出したように言った。