陽差しも薄曇りで強過ぎず、水面は山奥の湖のような静寂に包まれている。
立ち上がり迫り出す山には、幽かに霧が棚引いている。
やがてその霧の中から、赤と黄の鮮やかなヤッケを羽織った、若い姉妹が現われた。
近付くにつれ、聞き覚えのある元気な千恵の声が、入江の静けさを破って伝わって
きた。
朝一番の汽車でやってきた千恵と清子は、麦藁帽子にスカーフでしっかりと陽焼対策を整えてい
る。
背中にはリックサック、足周りはゴム長と支度は申し分ない。
陽焼対策は特に高志に念をおされていたので抜かりがない。
二人を前にして高志は、頭から足元まで視線を走らせてから肯いた。
一応肯いたが、その後でまだ気がかりな点に念を入れる。
「サングラスは」
千恵がヤッケのポケットから、ちよっと引き出して見せた。
「必要ないと思うけれど、合羽とセーターは」
「リックの中にある」
やはり千恵が答える。
「ライフジャケットはこちらで用意してある。朝めしは済んでいるね」
「完了です」
千恵が楽し気に直立不動の姿勢を取る。
「それから、これはお父さんから」