あやと高志は待ち続けた。
高志もまた、未だ口も付けないコップをテーブルの上で両手で握ったまま、じっと中を覗きこん
でいた。
やがて鉄五郎は、どこか半睡から引き戻されたように話し始めた。
「ここからのわしの話しは多分支離滅裂で、辻褄が合わないところだらけだと思うが、それは焼
酎のせいではない。
わしは酒には強いんだ。それよりも高さんも知っての通り、わしは話しが苦手だし、その上話そ
うとしていることが、自分でも良く分かっていない。だからそのつもりで聞いて欲しい。
退屈だったらそう言ってくれ、直ぐ止めるから。
わしの家は代々大工で、わしも大工だ。ただし親父も祖父も、仕事場はもっぱら自分の住んでい
る東京が中心だったが、わしは地方廻りが多かった。
当初は修行の意味が強かったが、次第に渡り職人でいる方が、わしの性に合っていると分かった。
一年の内の大半は東京を離れていた。
そんな生活を結婚を期に、切り上げることになった。31歳の時、親や周りの強いすすめに従い、
祖父の代からの工務店を引き継いだ。
最初はおとなしく、地元の仕事に精を出し、旅廻りの仕事は止めていたが、2年が経ち和美が生
まれてから、調子が狂ってきた。
最初のうちは仕事が終わっても、家に帰る時間が遅くなるだけだったが、そのうちに東京を離れ
る仕事を入れ始めた。
一旦旅廻りの仕事に手を出し始めると、だんだん止まらなくなり、和美が2歳に近付く頃には、
1年のうちの半分以上は、東京を離れるようになっていた。