映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

山逢いのホテルで(2023年)

2024-12-15 | 【や】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv87168/


以下、公式HPからあらすじのコピペです(青字は筆者加筆)。

=====ここから。

 スイスアルプスをのぞむ小さな町で、障がいのある息子をひとり育てる仕立て屋のクローディーヌ(ジャンヌ・バリバール)。毎週火曜日、彼女は山間のリゾートホテルで一人旅の男性客を選んでは、その場限りのアヴァンチュールを楽しむ、もう一つの顔を持っている。

 そんな中現れたある男性との出逢いが、彼女の日常を大きく揺さぶることになる。もう恋を追いかけることなど想像もしなかったクローディーヌは、再び女として目覚めようとしていた……。

=====ここまで。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


 チラシを見て、ちょっといいかも、、、? とよく見たら、主演がジャンヌ・バリバールで。彼女、ちょっと苦手なのでどうしようかな、、、と思ったけれど、やはり劇場まで行ってしまいました。

 サービスデーに見に行ったけど、8割がた空いてました、、、ごーん。


◆これだから男って、、、

 シングルマザーのクローディーヌ。障害のある子を持つ夫婦は、そうでない夫婦よりも離婚率が6倍高い、、、というデータがあるらしい。根拠となる統計数値は見付けられなかったので真偽は分からない、、、が、Twitterを見ていると、そういう書き込みは実に多い。しかも、大抵夫からの申出による離婚。

 私が身につまされたケースは、障害児と健常児のきょうだいを育てている夫婦で、夫から離婚を申し出られたが、この夫が健常児のみの親権を主張し、協議の末、夫の希望通りの結果となって離婚したというもの。お母さんのツイートには「私だってできることなら健常児だけと暮らしたい」という趣旨の文章が長々と書かれていて、偽らざる本音だろうと胸が痛くなった。しかも、健常児は女の子で、障害児は男の子だった。今後成長すれば、女親が体力有り余る障害者の男性を一人で面倒見るのは相当大変だろう。子の成長を考えれば、同性の親子の方が良いのではとなるが、父親の意図が明らかに「障害児育てからの逃亡」に見えて、卑劣に感じたのは私だけじゃないと思う。

 で、本作でのクローディーヌの夫も、詳細は描かれていないが、やはり「逃亡」した模様。なんかもう、序盤からやり切れない思いにさせられた。もちろん、夫が逃げた理由は分からないが、息子が理由の一つであってもゼンゼン不思議ではない。

 夫がいついなくなったのかも不明だが、息子は父親のことをほとんど知らない様子だったので、息子が小さい頃にいなくなったのだろう。

 男には逃げるという選択肢があってイイねぇ、、。母親は逃げられないんだよ。


◆男との情事より高級エステ

 クローディーヌが毎週、見知らぬ男とセックスしに行くのは、性欲を解消するためという側面もあったのかも知らんが、何かこう、、、別の意味があるように見えた。が、それが何なのかは正直なところ、全く分からなかった。バリバールの大胆なベッドシーンを見ながら、頭の中ではあの“東電OL殺人事件”を思い浮かべていた。クローディーヌは売春していたわけではないが、この2人の行動原理は、金銭授受の有無が違うだけじゃないかという印象を受けたのだった。

 各種メディアでの本作の紹介はおおむね、このクローディーヌの行動の背景について「女性の渇き」とか「心と肉体の疼き」とか「女性という性の奥深さ」とか、上記のあらすじにある様に「その場限りのアヴァンチュール」とか書かれていた。多分、これらは当たっているのだろうけど、私は“50代後半の女性が男とのセックスに非日常を求める”という設定が、あんましピンと来ないのだ。理由は主に二つある。

 一つは、自分がクローディーヌとほぼ同年齢なのもあって、見知らぬ中高年オッサンとセックスするなんて考えただけで吐きそうってこと。

 クローディーヌの選ぶ男たちは、ほぼ同年代。50過ぎの人間なんてハッキリ言って、(男女問わず)衛生的にどーなん?? 歯周病やないん?とか、老人斑の出た皮膚とか、加齢臭??とか、、、ウゲゲでしかない。セックスという究極的な肉体の交わりを実行するには、やっぱりお互いの見た目の(美醜ではなく)ある程度の清潔さって必要だろ。……などと思うのは私だけなんかな。もう、キモいんですよ、セックスなんて。

 もう一つは(こっちの方が大きいが)、そもそも、私は40過ぎたあたりから世の男全てにウンザリしたからである。

 つまり、男は全員(程度の差はあれ)「男尊女卑」なのよ。そら、世界中血眼になって探せば、4人か20人くらい(数字に根拠はありません)はそうじゃない男もいるだろうけど、少なくとも私がこれまですれ違っただけのも含めて関わった男たち、父親、友人、同級生、同僚、先輩・後輩、元カレ、現パートナー、その他もろもろぜ~~~んぶモレなく「男尊女卑」。しかも、ほぼ自覚がない。というか思想的デフォルト。

 「女は可愛ければいい」なんてのは論外だけど、「女性を守るべき」とかいう男の発言は、その端的な表れである。若い女性は、こう言われて嬉しく思う(私もそうだった)が、この言葉の裏を返せば、女をナメてるってことである。

 んで、前述のとおり、いざとなると逃げるヤツとかいる。無責任の極み。“男気がある”って言葉があるけど、あれ、ウソだよね。「男気=弱い者が苦しんでいるのを見のがせない気性」らしいけど、だったら、前述したような、障害児育てから逃げる男が多いってのは何なんですかね? それだけじゃない。相手が妊娠したら逃げる男、相手が結婚したいと言ったら逃げる男、、、みんな根っこは同じ。 

 そのくせ、女に自分たちのケアを平気で要求する。生活する上で必要な、出来て当たり前のこと、ちょっとした細々したことが出来ない。最近よく聞く「見えない家事」を夫が出来ずに妻がストレスフルになる、、、なんてのは良い例。“そういうのは女がやるもん”と無意識に思っている。こういう男が出来ないのが家事だけの訳がない。仕事も同じ。要するに“使えない”。

 ……というわけで、そんなクソ男と積極的に交わりに行くクローディーヌの心情に全く寄り添えないのでありました、、、ごーん。

 週一でホテルまで出向いてあのような行動をするには、それなりの費用も掛かるだろう。私が彼女だったら、同じ費用を掛けて、高級エステに行くかな。もちろん、スタッフは女性だけのお店でね。、、、それじゃあ、ドラマにならんのだが。


◆「ギルバート・グレイプ」「ジャンヌ・ディエルマン~」

 中盤、クローディーヌが男との情事の後に眠りこけてしまい、帰宅が遅れる、、、というシーンがある。そのとき、息子は風呂で震えていたのだが、これを見て、「ギルバート・グレイプ」を思い浮かべた人は多いのでは?

 また、クローディーヌのキチンとした日常と男たちとの情事との対照性から、「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」を思い浮かべた人も多いだろう。

 ジャンヌは売春だったし、クローディーヌが男との情事に求めていたものとはかなり意味が違う気がする。2人とも、ルーティンが狂ってしまうのは同じだが、結末も大分違う。

 ジャンヌが売春していたことに対し、私は、前述のような“クソ男云々”は感じなかったのだが、それは、ジャンヌがほとんど“お仕事”として売春していたからだった。生活の足しのために淡々とこなしていて、クローディーヌのように非日常を求めている感じは受けなかったからだろう。

 終盤、ルーティンが狂ってしまった情事の相手ミヒャエルと共に南米に行くか、、、というところでクローディーヌは葛藤し、結局、行かなかったのだが、ミヒャエルは3か月の出張だし、別にムリして一緒に行かんでもええやん、、、と身も蓋もない感想を抱いてしまったのだが。だって、3か月なんてあっという間だし、帰って来たらまた会えばいいだけの話でしょ??

 葛藤の末に振り切って、施設の息子に会いにくれば、息子は、とうに母親の自分から自立した姿を見せており、彼女のラストシーンでの慟哭は意味深である。息子が自立したことへの寂しさなのか、ミヒャエルに着いて行かなかったことへの後悔なのか、、、。

 でも、3か月で帰って来るんだから! と、私は嗚咽しているスクリーン内のクローディーヌに心の中で叫んでいたんだけど、、、そういう意味じゃなかったんだろうか、あの彼女の嗚咽は。ちょっと、あのラストシーンは分からなかったなぁ。


◆ジャンヌ・バリバール

 「ランジェ公爵夫人」(2006)を見て、ジャンヌ・バリバールのことはあまり良いイメージを持てなかった。その後も、「幻滅」(2022)や「ボレロ 永遠の旋律」(2023)で彼女を見たが、あまり印象は好転しなかった。

 が、本作で、彼女への苦手意識はかなり払拭された気がする。

 正直なところ、あまり好きなルックスではないのだが、本作での演技は素晴らしかった。剣のある顔だが、声は裏腹に可愛らしくて優しく、本作ではそれが徹底して息子と向き合っているシーンでのみの表現だった。それがまた、彼女の息子への思いとして感じられて、グッとくるものがあった。

 男との情事に向かうときは、どぎついブルーのアイシャドウに真っ赤な口紅の厚化粧で、むしろ老いが強調されていた。で、情事を終えて帰る電車内で化粧を取るのだが、その化粧を取った後の顔の方が何十倍も美しいのである。あれは一種の武装だったのだろう。白いワンピースもどこか安っぽいのだが、明らかに戦闘服だった。山間にヒールの高いブーツを履いて来るのは、やっぱり、非日常を求めに来ているということなんだろうね、、、。

 一度きりの情事で終わらなかった男ミヒャエルを演じたトーマス・サーバッハーは、他の男たちよりは確かにイイ感じだった。、、、けど、まあ、やっぱしオッサンだよなぁ。私にはムリだわ。

 思ったよりボカしの入るベッドシーンが多かったけど、バリバールの演技は下品にならず良かったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

ダム湖のほとりのホテル、行ってみたい~。

 

 

 

 

★★ランキング参加中★★


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 映画鑑賞後のトークショーあ... | トップ | 推し活レポート◆2024.Sep »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ラストの慟哭。 (フキン)
2024-12-15 10:48:42
すねこすりさん、こんにちは🎵
ラストの彼女の慟哭ね、私はじめ、スクリーンの中から聞こえてるものとしてに認識できなくて、客席の誰かが変な咳払い始めたな(゜_゜)って思ってたんですよ。
でも、主人公が発してるとわかって「??何の声や、これ??」って映画館出てもしばらく考えたりしてました。笑
で、私の出した答えですが・・・・
クロディーヌ、これまでにもそう言うこと(男にほだされる)があったんじゃないかな、って。
で、「私ったら、また・・・この年齢になっても、浮き立ってしまったわ!!ケッ!!所詮、彼もただの男なのに!」って自分を叱責してたのかな??なんて思った。(*'▽')
障害者をもつ夫婦については、私もほんとに男って…って思いながら映画観てました。
なんにしても結婚したら女性の負担度の方が大きいですね・・。結婚なんて…って思います。苦笑

監督はまだ40歳にもなってない男性ということで、50代女性の身体のこととか、あんまり知らないんだろうなーとか思いましたね。
(たいていの女性は男はもういいと言ってる)
だけど閉経を過ぎた女性も、いろいろいることは確かですけどね・・・(゜_゜)

あと、私が観た劇場では50後半から70歳くらいの男性も結構いましたね。夫婦らしきカップルとかも!
若くない男性が前の方で見てたりして「ベッドシーン目的か??」とか思いました。苦笑
返信する
Unknown (すねこすり)
2024-12-15 21:51:40
フキンさん、こんばんは☆
なる〜!!そういう解釈ですか!
確かに。あの嗚咽というか、、、ただの悲しいとかとはちょっと違うと感じたんですよね。
スゴい声でしたよね。
クローディールみたいに、キチンとした女性は自分にも厳しそうですもんね。
監督、そっか、若い男性なのか!
ちょっと女性に夢見過ぎかも(^^)
女性が撮ったらああいう展開というか、設定にそもそもならない気がしますね。
むしろ、誘惑するフリして無差別殺人で全男たちに復讐…とか?!
こんなこと考えるって、私、相当ヤバいですかね(^^;;
夫婦で見る映画じゃないような。見終わった後、どんな会話するんですかね。
男性一人客は、こちらにも居ました。そう、50代くらい。
男は60、70になってもゼンゼン現役だ、、、と、大昔の元カレが言ってたなぁ、そー言えば。キモっ(*_*)
返信する

コメントを投稿

【や】」カテゴリの最新記事