作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv79198/
以下、公式HPよりあらすじのコピペです。
=====ここから。
ロシアの天才作曲家ピョートル・チャイコフスキー。
かねてから同性愛者だという噂が絶えなかった彼は、恋文で熱烈求愛する地方貴族の娘アントニーナと、世間体から結婚する。
しかし女性への愛情を抱いたことがないチャイコフスキーの結婚生活はすぐに破綻し、夫から拒絶されるアントニーナは、孤独な日々の中で狂気の淵へと堕ちていく…。
=====ここまで。
監督は、あの「インフル病みのペトロフ家」のキリル・セレブレンニコフ。
☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆
チラシを入手してから、早く見たい~~、と思っておりました。というのも、昨年、DVDでだけれど「インフル病みのペトロフ家」を見て、一気にセレブレンニコフのファンになってしまったからです。
セレブレンニコフ、「LETO -レト-」も監督だったのよね。「LETO -レト-」より、「インフル病み~」の方が断然面白いと思ったけど、「~レト」ももう一度見たいな~。
◆悪妻の隣に悪夫アリ。
ロシアでは、アントニーナは「悪妻」で有名らしい。悪妻ねぇ、、、。男が作った言葉なのがバレバレなこの言葉。アントニーナが悪妻なら「チャイコは悪夫」やろ、、、と誰かちゃんと言ってやれ。
と、元々チャイコ(の音楽)があまり好きではない私は前々からずーーーっと思っていたわけだが、本作は、まさに「チャイコもオカシイ」ということを真面目に描いてくれている映画なのであります。
確かに、アントニーナという女性、かなりヤバい。ヤバいけど、そもそもチャイコが彼女にプロポーズなんかしなきゃ、彼女は精神病院送りにされることはなかったかも知れないし、死後、自分のあずかり知らない所で悪妻だのなんだの言われることもなかった。しかも、チャイコは彼女がヤバいことをよく分かっていたのだ。チャイコの罪は重い。
そうはいってもチャイコは天才なんだから、まぁまぁ、、、と言う感じで、ロシアはこれまでチャイコの偉業に“だけ”スポットライトを当てて都合の良いように利用してきたのだよね。そら、ロシアにしてみりゃ、国の至宝である作曲家・チャイコフスキーが“人でなしのゲイ”だなんて、口が裂けても言えないもの。
妻じゃないけど、天才を相手に精神に異常を来してしまったカミーユ・クローデルとか、ストーカー的な妄執を見せて病んでしまったアデル・ユーゴーとか、、、を思い出しちゃうのだが、これ、映画ではどっちもアジャーニ様が演じていらっしゃるってのもスゴい。
ロシア人で悪妻というと、あのトルストイの妻は三大悪妻の一人にされており、映画ではヘレン・ミレンが演じていたけど、あんな頑固で自己中な夫相手にしてたら、そら妻もイイ妻やってらんないだろ、、、って話で、やはり、悪妻という言葉、男が都合よく使っているとしか思えん。
セレブレンニコフ監督がインタビューで「彼女は本当に世間で言われているような愚か者なのかと疑問に思い、さらに掘り下げて知りたくなりました。」と語っているだけに、本作はアントニーナの視点で終始描かれており、本作の感想をネットで見ると、割とアントニーナに同情的なものも散見された。もちろん、チャイコに同情的なものもいっぱいあったけど。こういう映画(女が男に執着する話)の場合、女怖ぇ、、って感想に偏りがちなので、監督の狙いはイイ線行っていると言えるかも。
◆歪む時空とか、、、
全体に暗い画が多く、明るいのは、アントニーナとチャイコが初めて2人で会うシーンや、2人が結婚式を挙げるシーン、チャイコの代理人がアントニーナに離婚を突き付けに来るシーンくらい。
特に、中盤以降、チャイコがアントニーナの下を去ってしまってからは、ピカソの青の時代を彷彿する青っぽい画が多くなり、アントニーナの心情を表すように、そこにぼんやり光が差したり、一筋の光が現れたりと、実に幻想的な映像が続く。
印象的なのがハエの飛ぶ音。ハエの姿は見えないが、音がしつこく流れるシーンがある。いずれもチャイコ不在のシーンで、アントニーナがハエを手で追い払う仕草を見せる。もちろんメタファーなんだろうが、イロイロ解釈はありそうだけど、私は、アントニーナのチャイコへの執着がハエの音になっているのではないかと感じた。特に、チャイコの代理人に離婚話をされているときに執拗にハエが飛び回り、それをアントニーナが度々手で追い払うのを見てそう感じたのだけど、、、。
グサッと来たのが、中盤、アントニーナとチャイコが結婚した直後、2人で腕を組んで歩いているシーン。アントニーナは、赤いネックレスをしており、チャイコが「それは本物のサンゴ?」と聞く。アントニーナは「本物じゃないけど、半分本物。本物のサンゴを砕いて成形したものだから」(セリフ正確ではありません)と言うのだが、これはなかなか残酷なシーンだと感じた。まさに、チャイコから見たアントニーナそのものではないか。
また、男性の全裸がいっぱい出て来るのがビックリだった。特に、終盤のダンスシーンは、まあ、アントニーナの心情を描いているのだろうが、うぅむ、、、。男の裸なんか、正直言ってあんまし見たくない。あ、出て来るのは、皆さん、キレイな裸体でしたけど。
他にも、セレブレンニコフ監督独特の時空の歪みが所々にあり、長回しの間に時間が経過していたり、死んだはずのチャイコがむっくり起き上がったり、、、。とはいえ、時系列を意図的にぐちゃぐちゃにするのとは違って、「インフル病み~」でもそうだったが、登場人物の心象風景的な演出である。時系列を不必要にイジるのは好きじゃないけど、この独特の時空の歪みは結構好きだ。歪んではいるが、冒頭以外は、時系列どおりに話は進んでいる。
◆“リアル地獄”の世界
冒頭と言えば、この時代のロシアでは、女性は夫の付属物であり、パスポートも夫に付随したものしかなかった、、、的な説明が字幕で入る。……まあ、日本でも似たようなモンだったわけだが、やはり、女性が生きていくために“結婚”するしかないというのは地獄以外の何でもない。
アントニーナは、何度か「彼は天才で、彼がそんな卑劣なことをするはずがない」というようなことを言う。アントニーナはチャイコにほぼ一目惚れであり、もう、チャイコを神みたいに崇めてしまっているのだ。もはや、恋というより、信仰に近い。アントニーナはベッドでチャイコに猛然と襲い掛かり、逆に反撃されて首を絞められる、、、なんていうシーンもある。それでも彼女はチャイコを崇め奉るのだ。
この“信仰”には、この結婚が破綻したら生きていけない!……みたいな追い詰められた気持ちもあったに違いない。これが地獄でなくて何なんだ。
本作内ではもっとチャイコの名曲がバンバン流れるかと思っていたが、馴染み深いのは「フランチェスカ・ダ・リミニ」と「白鳥の湖」くらいか。
チャイコの作品年表を見ると、この悲惨な結婚をしたころに、あのバイオリン協奏曲を作曲している、、、すげぇ。こんな精神状態で、あの名曲を作ったってのは信じられん。
チャイコの曲は苦手なのが多いが、バイオリン協奏曲はまあまあ、バレエ音楽は割と好きなのもある。彼が人でなしのゲイだったとしても、それらの美しい曲は永遠に残るのだよな。一方アントニーナの苦悩は多分、歴史の藻屑として消えていくのだろうな。ホント、不条理。
主演のアリョーナ・ミハイロワが美しい。