香港の社会問題に切り込んだ衝撃作「誰がための日々」ウォン・ジョン監督インタビュー(前編)
2019.01.19(liverty web)
©Mad World Limited
1997年にイギリスから返還されて以降、経済発展を続けながら、大陸との関係に揺れ続ける香港。そんな中にある、躁うつ病、介護、狭い住居などさまざまな闇に鋭く斬り込んだ映画「誰がための日々」が2月2日から順次公開される。長編第一作目となる香港の新人監督・黄進(ウォン・ジョン)氏に話を聞いた。
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「誰がための日々」監督
黄進
プロフィール
(ウォン・ジョン) 香港城市大学クリエイティブメディア学院で映画芸術を学び、2011年に卒業。短編『三月六日』が第49回台湾金馬奨優秀作品賞にノミネート。同年IFVAコンペティション部門(オープンセクション)でグランプリ受賞、高雄映画祭でメディア審査員賞受賞、鮮浪潮短編映画祭で最優秀脚本賞受賞など、各国で高い評価を受ける。2016年、本作で長編作品デビューし、各国で高い評価を受けた。
──エネルギッシュなイメージのある香港の、現在の社会問題を赤裸々に描いていますが、本作をテーマに選んだきっかけは?
脚本を担当した陳楚珩(フローレンス・チェン)は、ある男性が介護に疲れてお父さんを殺害してしまったという実際に香港で起きた事件に着想を得て、脚本を執筆しました。
その際にいろいろと調べたのですが、報道はあくまでも「事件」としか捉えていなかったのです。なぜ"犯人"は事件を起こすところまで行き着いてしまったのか、などの背景は一切報道されませんでした。
この作品は、そのような事態を引き起こすまでをきちんと掘り起こした、社会性のある作品に仕上げたかったんです。確かに香港はエネルギッシュで、生活テンポも速い都市ですが、介護問題以外にも、躁うつ病や病気、大陸との関係など、さまざまな問題を抱えています。
ただ、香港に住んでいる人は、自身の問題について、話すことは少ないでしょう。この映画で問題提起し、理解してほしいという思いで撮影に臨みました。本作を、とにかく香港の多くの人々に観てほしいと思っています。
──本作の原題「一念無明」は仏教の言葉ですが、どのような意味が込められていますか。
脚本家のフローレンスが仏教用語から引っ張ってきたのです。父と子や母と子、恋人との関係など、大切な人との間における問題を、本来ならシンプルに解決できるのに、うまくいかないことも多いと思います。
それは、自分の中の変なこだわりや、相手を理解できていないことが原因であることも多いのではないでしょうか。どうでもいいことにこだわった結果、一番大切なものを疎かにしてしまうのです。
香港の人たちに、このタイトルを見て、そういったことを考えてほしかったのです。本当に大切なものを守るということは、相手を理解することです。
そこで変なこだわりを持つと、「明かりがない」状態というか、理解できないという暗闇の中にいるのと同じになってしまいます。それは、これまで育んできたすべてを破壊してしまう可能性もあるのです。そのようなことを示したくて、このタイトルをつけました。
──作中でも、家族や恋人、友人など大切な人たち同士が、お互いを愛し、必要としているのに、それがうまく伝えられていない印象を受けました。
そうですね。例えば、主人公であるトンと父親のホイの部屋の隣に住む母子は、母親が大陸出身のため香港の居住証がなく、香港で生まれた息子には、大陸のIDがありません。貧乏から抜け出すために、母親は口癖のように息子に「勉強しろ」と言います。
母親は子供の将来のためを思って言っていると信じていますが、単なる「押し付け」になっており、子供を傷つけています。相手を理解せず、よかれと思って間違った形で、それぞれがそれぞれを傷つける。意図的に、そのようなキャラクター設定をしています。
(後半に続く)
ストーリー
©Mad World Limited
かつてはエリート会社員だったトンは、退職して火傷で不自由な身体になった母親の介護をしていた。トラック運転手の父・ホイは香港と大陸を往復していて家には寄り付かず、弟はアメリカで仕事と家庭を持ち、帰ってこない。一人で介護するトンに母はつらく当たり、トンのストレスは極限に達していた。そして排泄の介護中に事故が起こり、母が亡くなってしまう。トンの無罪は立証されるが躁うつ病の診断を受け、1年の強制入院をさせられる。退院後、父と狭い部屋で共同生活を送ることになるが……。介護や住居、躁うつ病など、香港が抱える問題に鋭く斬り込んだ衝撃作。
インフォメーション
- 【公開日】
- 2019年2月2日より、新宿K's cinemaほか順次公開
- 【配給等】
- 配給/スノーフレイク
- 【スタッフ】
- 監督/ウォン・ジョン(黄進)
- 【キャスト】
- 出演/ショーン・ユー、エリック・ツァン、エレイン・ジン、シャーメイン・フォンほか