《本記事のポイント》
- 朝鮮戦争も湾岸戦争も、アメリカは同盟国のために参戦しないと見たときに始まった
- チェンバレンは、一皿ずつ食べて満足するよう説得しただけ!?
- チャーチル 「民主主義は勝利しなければならない」
シャーマン米国務副長官が25日から26日の日程で訪中しているが、中国は台湾有事を想定し、上陸作戦や海上封鎖などの軍事演習を相次いで実施。台湾と関係を深める日米に対し、実戦能力の高さを示しながら警告を発している。
2019年にダン・コーツ米国家情報長官(当時)は、重要なインフラに一時的で局所的ながらも破壊的影響を与えるサイバー攻撃を遂行する能力があると証言。中国のサイバー戦争と電子戦の作戦能力が進化しているため、アメリカが行動を起こす前に、台湾は制圧されるかもしれないという懸念が高まっている。
だが領土の占領なくして最終的な勝利は実現できないため、台湾占領はそう簡単ではない。
「できるだけ多くの米空海軍を、アジア・ピボットせよ」
必要なのは、中国に台湾侵攻を思いとどまらせるための抑止力を示すことである。それは「空軍と海軍のできるだけ多くの部隊をアジアに配置換えすること」。こう説くのがタフツ大学准教授のマイケル・ベックリー氏だ。
同氏は「America Is Not Ready for a War with China(アメリカは中国との戦いの準備ができていない)」というフォーリン・アフェアーズ誌に掲載した論文で、アメリカは10年前にアジア・ピボット戦略を発表したが、多くの軍事力は依然として他の地域に投入されたままであるとして、インド太平洋軍から必要な装備を奪い取っていると分析する。
そして欠けているのは、明確かつ持続的なトップレベルのリーダーシップだとして、「対中抑止が最優先だ」と明言しつつも、行動が伴わないバイデン政権を批判する。
朝鮮戦争も湾岸戦争も同盟国のためにアメリカは参戦しないと見たときに始まった
またフーバー研究所のマーク・メイヤー氏は、同研究所のコラム「U.S. Resolve is Taiwan's Best Defense(アメリカの決意が台湾の最高の防衛となる)」で、台湾侵攻の抑止力には、アメリカの能力を使用する意志があるかにも依るとして、こう述べている。
「中国が台湾を攻撃するのは、アメリカが台湾を守る意志を失ったと判断した場合に限られる。アメリカの最近の2つの戦争(朝鮮戦争と湾岸戦争)は、アメリカが同盟国のために戦争をしないという意志を示した後に始まった。バイデン政権は、アメリカが台湾を防衛する意志があることを明確にし、前政権の武器売却方針を継続することで、そのメッセージを強化することが必要である」
党派を超えてバイデン政権の台湾政策に業を煮やし始めた
バイデン政権発足後6カ月が経過する中、バイデン政権のリーダーシップの必要性や、台湾を守るという意志表示の重要性を訴え始める論文が増えている。今一つ煮え切らないバイデン政権に、党派を超えて業を煮やし始めたと言っていいだろう。
懸念が高まるのも無理もない。バイデン氏が副大統領を務めたオバマ政権下で行われた「アジア・ピボット」は、口先だけで終わっている。
戦力の約60%をアジアに振り向けるとしていたが、軍事費削減の流れの中で、振り向けられる戦力自体が小さくなったことがその一因だった。バイデン政権の軍事費も、インフレ率を加味するとマイナスとなるので、今度こそ本当にアジア・ピボットが実現するのか、今一つ確信を持てないのである。
「中国との競争に勝つ」と銘打つインフラ投資も、ばら撒きが過ぎて経済成長の鈍化を招きかねないものであるし、台湾に対する「曖昧戦略」も、関与政策が維持されているうちは、放棄されないだろう。
そんなバイデン政権の生ぬるいやり方では中国に立ち向かえないと、リベラルも保守も警告を発し始めたと言える。
チェンバレンは一皿ずつ食べて満足するよう説得しただけ!?
関与政策や曖昧戦略で中国に太刀打ちできるという考えは、全体主義国家の"恐ろしさ"についての十分な洞察が欠けている。
そんな対応は、チャーチルが語ったように、全体主義国家というビヒモスに「料理を一皿ずつ」差し出すようなものである。
チャーチルは、1938年9月に行われたミュンヘン会談を受けて締結されたミュンヘン協定の賛否を問う下院審議で、こう演説している。
「チェンバレン首相がチェコスロバキアに提供できたのは、ドイツの独裁者がテーブルの上の料理を奪い取るのではなく、一品ずつ出されるのを食べて満足するよう説得したことだけだ」
「いまや、全てが終わった。チェコスロバキアは、沈黙し、嘆き悲しみ、見捨てられ、分割され、暗黒の中に消えていった。西ヨーロッパの民主主義国と国際連盟に忠実にしたがってきたことが裏目に出たのである」
そしてチャーチルは、「数ヵ月のうちに、チェコはナチス体制に飲み込まれるだろう」と未来を見通したのである。
全体主義国家は常に敵を作り続ける
この発言から6カ月後、チャーチルの予言通り、チェコスロバキアはズデーテン地方以外の地域もナチス・ドイツに併合されることになる。
それでも宥和政策を捨て切れず、チェンバレンは、ヒットラーに最後まで対話による説得を試みた。それを見透かされたのか、ポーランドを守るためにイギリスは開戦も辞さないと宣言しても、本気だと思わなかったヒットラーは、1939年9月にポーランドに攻め込んだのである。
オバマ政権時代、アメリカは中国に南シナ海のスカボロー礁の実効支配を許し、バイデン政権下でも香港の一国二制度を踏みにじることを許容してしまっている。
現在の中国が、バイデン大統領の台湾防衛に、本気度を感じられなければ、台湾に攻め込む可能性は否定できない。
アジア問題専門家のゴードン・チャン氏はフーバー研究所に発表したコラム「Taiwan: Deterrence of China Is Failing(台湾: 中国に対する抑止は失敗しつつある)」の中で、環球時報が4月、「軍事バランスは中国に有利になってきているため、中国の指導者層は、アメリカは台湾を護る意志を持っているとは見なしていない」と述べている。
全体主義国家の性質について、大川隆法・幸福の科学総裁は御生誕祭法話「エローヒムの本心」でこう語った。
「全体主義国家というのは、常に敵をつくり続けるのです。どんどん新しい敵をつくって、それを敵として戦い始めて侵略したり、粉砕したりしていくようになっていきます」
歴史家のイアン・カーショー氏がかつてこう述べたように、ナチスの野心はとどまるところを知らなかった。
「ナチス・ドイツは、モスクワが陥落したとしても満足しなかったはずである。ヒットラーと国防軍首脳は、中東への進出を話し合っていた。……ナチズムは持続的で際限のない膨張を本性としていた」
同様に全体主義国家・中国も、膨張と拡大にその本質がある。香港を制圧したら、次は台湾、沖縄、尖閣、フィリピン、ベトナム、東南アジアと、その触手は伸びていくだろう。
チャーチル「民主主義は勝利しなければならない」
ミュンヘン協定に対するチェンバレンへの批判は極めて的をついたものであったが、チャーチルの人気は、それで回復したわけではなかった。チャーチルの運命が好転したのは、ヒットラーが1939年3月にミュンヘン協定を破ってチェコスロバキアを併合し、国民世論が180度変わってからである。
皆が「チャーチルしかいない」と思うようになった。
チャーチルは、第二次世界大戦を民主主義対全体主義との戦いであり、普遍的な価値を護るための戦いだと位置づけることができた。
チャーチルにとって、自由や法の支配、個人の権利といった普遍的価値の受託者は英米諸国だった。そうした確信を持っていたので、「民主主義は武装したチャンピオンとなり、勝利しなければならない」と語り続けることができた。
バイデン政権及び西側諸国は、チャーチルと同じく普遍的価値のために一歩も退かない決意を示すこと。それが抑止力の鍵となる。
(長華子)