機動戦士ガンダムが39年も愛された戦略【ヒット映画の仕事術に学ぶ。】
2018.04.26(liverty web)
Perati Komson / Shutterstock.com
《本記事のポイント》
- ガンプラチームによる30ものターゲット区分
- 『サザエさん』にみる「親子フック」
- 具体的な誰かをイメージし、次第に対象を広げる
ロンドンやニューヨークの美術館で開かれる、早朝の美術教室(ギャラリートーク)は今まで、観光客が多かった。しかし近年、背広を着たビジネスパーソンが、出勤前に顔を出すようになっているという。
世界有数の美術系の大学は、グローバル企業の幹部に向けた美術プログラムを提供し始めている。そこには、フォードやビザといった名だたる大企業の幹部が送り込まれている。
アップル社の創業者スティーブ・ジョブズもデザイン哲学を学んでいた。商品開発に芸術性を盛り込むことで、今世紀最大のヒット商品「iPod」「iPhone」を世に送り出した。
今、世界においても日本においても、経済における競争の局面が、「商品の機能の差別化」から「情緒の差別化」へと変化している――。社会の潮流を予測し、世界的なベストセラーになったダニエル・ピンク著『ハイ・コンセプト』は2005年、そう指摘した。
人々は、自分の美意識に合った商品や芸術性が高いものを所持し、精神的な高揚や満足感を得ることを求め始めている。
こうした付加価値を生み出す商品やサービスは、今までMBAで教えていたような、論理や分析のみで創造することが難しい。ビジネスパーソンたちは、より高度な芸術性や創造性が求められる時代となっている。
この傾向は、AI(人工知能)の発達で、さらに加速する。ロジカルな分析に基づく仕事は、コンピューターにシフトしていく可能性が高い。
本欄では、映画、小説、アニメーションなどにおける「ヒットが生まれた現場」に目を向ける。そしてそこから、ビジネスマンが仕事に「芸術性」「創造性」を加え、感動を創造するヒントを探っていく。
◆ ◆ ◆
(1) 「ガンダム」が長く愛される秘密とは――。
第3回では、日本人であれば誰もが知っている「機動戦士ガンダム」が、長く愛されている秘密を探っていきたい。
折しも映画「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 誕生 赤い彗星」が5月5日から劇場公開され、11月には映画「機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)」も公開予定となっている。また、4月20日より全国劇場公開中のスピルバーグ監督による映画「レディ・プレイヤー1」でも、ガンダムが登場している。
そんなガンダムの歴史は長い。いわゆる「ファーストガンダム」と呼ばれる『機動戦士ガンダム』は、1979~1980年にTV放映された。それ以来39年間、「ガンダムシリーズ」として、『機動戦士Zガンダム』(1985年~)をはじめとする21本のTVシリーズと、多数のOVAや漫画・ゲーム等の派生作品が送り出されてきた。
(2) ガンプラ開発チームのマーケティング
中でも『機動戦士ガンダム』放映終了後の1980年にバンダイから発売されたプラモデル、いわゆる「ガンプラ」は社会現象となるほどの売れ行きとなり、大人も夢中になって買い求めた。
ガンプラの大ヒットは、一時のブームでは終わらず、今もなお根強い人気を誇っている。一体どうやって38年もの息の長いロングヒットを実現したのだろうか。
その秘密は、「マーケティング」にある。と言えば、ありきたりに聞こえるかもしれないが、ガンダムの関連企業が展開するマーケティングの徹底度は、異常性さえ感じさせるものがある。ガンダムへの愛と情熱がそうさせるのか、「決してガンダムの灯を消させない!」と言わんばかりの腰の入り方なのである。
ガンプラの開発や販売では、長期的で、顧客の視点を大切にしたアプローチが続けられている。それによって38年間にわたって市場規模を拡大し続けているのである。バブル崩壊以降、多くの日本企業が短期的なノルマ主義に陥っていたのとは対照的である。
ガンプラには、コンテンツ開発のサンライズ、版権ビジネスの創通、関連商品を企画・開発・販売するバンダイが関わっている。これら企業のガンプラ開発チームは、日本国内の全消費者を、数十のマーケットに区分し、その全てに毎年アプローチを続けているのである。
下記の表をご覧いただきたい。
『日経ビジネス』 特集「ガンダム日本再生計画」(2015年10月12日号)参照
これは、開発チームのマーケティングにおける対象の区分一覧である。ただし、この内容は企業秘密となっており詳細は不明で、『日経ビジネス』2015年10月12日号の記事にて判明した内容に基づいて筆者が作成したものである。
ガンプラの顧客は、「新規→休眠→ライト→コア→ロイヤル」と、ガンプラを購入した個数によって五段階で区分され、それぞれが10代から60代の世代ごとに区分されている。この2つの軸により、30区分に対象を分けているのである。
これらの区分は、ガンプラという商品のみの展開を考えたものではなく、関連するTVアニメや映画などの多様なコンテンツや商品・サービスをからめた総合的な展開につなげられている。
例えば、冒頭にふれた『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』は、「コア」と「休眠」の「40代」を主に対象としたものだ。
同時期に放送された「ガンダムGのレコンギスタ」のプラモデルは、また違った対象に向けたもので、「コア」の「30代」と「40代」と、「20代全般(深夜アニメのファン層)」を狙ったという。
このように、あらゆる世代の日本人を視野に入れて取り組み続けることで、ガンダム関連のコンテンツや商品のロングヒットを実現しているのである。
卓越しているのは、すでにいるファンに対し、常に良質の作品を送り出して喜ばせつつも、一方で新規の顧客創造もぬかりなく進めているところである。
リピーターづくりと新規開拓の同時進行を、高品質を保ったまま実現しているガンダム開発チームのマーケティングは、まさにガンダムの主人公たちのような"ニュータイプ"の域に達したスゴ腕のものである。
さらに特筆すべきは「親子フック」と呼ばれる企画である。これは、文字通り、親子が同時に楽しめる商品やサービスを提供するものである。
例えば、TVアニメ「ガンダムビルドファイターズ」(2013年放送)のガンプラは「新規・10代」(小中学生)と「休眠・30~40代」などを対象にしている。ストーリーは今風に仕上げたが、モビルスーツは初期のデザインをベースにしている。こうして「子が夢中になっている姿を見て、親も久しぶりにガンプラを作るかという気分になる」(『日経ビジネス』)という「親子フック」の仕掛けを編み出している。
(3)『サザエさん』にみる「親子フック」
「親子フック」といえばTVアニメの『サザエさん』は代表的な成功例である。『サザエさん』は、1969年より放送が続く国民的アニメ。放送期間は48年と世界一を誇り、ギネスブックに登録されている。平均視聴率も、最近は低下傾向にあるものの、2014年2月まで21%を超えていた。
メインの登場人物の年齢は、タラオ・ワカメ・カツオの子供世代(3歳~10代)から、サザエ・マスオ・フネ・波平(20~50代)の親世代まで幅広い。これらの登場人物が、エピソードごとに入れ替わりで主役となって活躍していく。また、次回予告も、登場人物が順番で担当している。そのため、幅広い年代の視聴者がそれぞれの年代の登場人物に感情移入して観ることができる。
放送時間帯は日曜日の18時30分から30分間に固定されており、家族団らんで視聴されていることが多い。そのシチュエーションに配慮し、家族で安心して観ることができる内容となっている。
過激な暴力シーンがないことはもちろん、大事件も決して起きない。大怪我・大病・離婚・倒産・死別など、物語につきもののトラブルとは無縁であり、仏教が説く「生・老・病・死」の人生の苦しみは存在しない。
しかも、折々の季節にちなんだエピソードは描かれるが登場人物の年齢は進行せず、諸行無常の理は「サザエさん」の世界では通用しない。こうした工夫のため、大きな感動はないものの、親子でなごやかに視聴できる。
これらの「お約束」を守り続けることで、家族みんなで安心して楽しめる要素を保っているのである。この点、「親子フック」の典型といえる。
『サザエさん』の場合、半世紀近く放送しているため、「親子」どころか「親・子・孫フック」までかかっている場合もあるだろう。
ビジネスマンに活かせるヒント
マーケティングの力を活かす方法は、ビジネスパーソンでも以下のように活用できる。
(1)具体的な誰かをイメージする
マーケティングというと難しく感じる人もいるかもしれないが、まずは「具体的な誰か」をイメージして仕事をしてみることで、成功した創作者は多い。
『ローマ人の物語』などの作品で著名な作家の塩野七生氏は、「あなたは、どんな読者を想定して書かれますか」とインタビューされたとき、「カイロから来た男」を思い出したという。
その男とは、ローマの国立美術館で偶然知り合った40代のもの静かな日本人のことである。彼はアスワンハイダムの工事を指導するため派遣されエジプトに滞在していた。二年の滞在期間が過ぎ、機械ばかりを相手に仕事をしてきたが、知らず知らずのうちに、美術や人間に興味が湧いてきたという。
そのため、仕事を終えて帰国する前に、ローマまで足を伸ばし、若者のような心のときめきを大事にしながら美術館や歴史的な場所に足を運んでいたのである。
塩野氏は彼と、ローマ国立美術館のヴィーナス像を前にして、思わず何時間も話しこんでしまったが、名も住所も互いに告げずに別れた。これをきっかけに、彼のような人を読者に歴史物語を送り届けたいと思うようになったという(『イタリアからの手紙』「カイロから来た男」より)。
歴史小説家の司馬遼太郎氏は、「自分の小説は、20代の自分自身への手紙のようなものだ」と語っている。彼は、20歳の時に学徒出陣し九七式中戦車に搭乗する兵士となっていた。大東亜戦争末期の帝国陸軍の戦車は装甲が薄く、敵戦車に砲撃されれば一撃で貫かれ鉄の棺桶と化してしまう。極限のなか、彼は考えた。「なぜ、こんな愚かな戦争をはじめたんだ?」「日本人とは何か、日本とは何か――?」
司馬遼太郎氏は、22歳の時のこの疑問に答えるため、自分への手紙として小説を書いているようなところがあるという(『文藝春秋』2016年3月特別増刊号「司馬遼太郎の真髄」より)。
この疑問は、当時を生きた多くの日本人にとっても切実な問題であった。そのため、過去の自分を具体的な相手として作品を生み出すことで、歴史から学ぼうとする日本人に広く訴えかけることが可能となった。
死後も作品が長く愛読され、小説『坂の上の雲』などがドラマ化もされるのは、こうした自分を含めた「具体的な誰か」への念いがあったからではないか。
(2)対象を広げ、異なる相手や幅広い世代を喜ばせる
「具体的な誰か」に喜ばれる仕事ができるようになったら、「親子フック」のように、その対象を少しずつ広げていくことで、さらに仕事を大きくすることができる。
TVアニメ『ドラえもん』は、最初は小学生をメインの対象として制作されていたが、1979年から長く放送されることで、親子二代にわたって視聴されるようになっている。
『ドラえもん』の主人公は、あくまでもドラえもんとのび太ではあるが、彼のパパやママが主役級の活躍をする話も放送され、『サザエさん』と同じように、親世代が感情移入して観ることができるようにもなっている。「親子フック」のお手本となる作品でもある。
経営学を発明したと称されるドラッカーは、「マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。」(『マネジメント』)と述べている。
仕事にあたって、まず、「誰をどのように喜ばせるべきなのか?」を考えてみる。そして、その相手を異なる対象へと広げていく――。ここに、ロングヒット誕生の秘訣がありそうだ。
筆者
内田 雄大
(うちだ・ゆうだい)京都造形芸術大学芸術学部卒。ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ アソシエイト・プロフェッサーとして、「総合芸術論」「世界宗教史」等を教える。第6回「幸福の科学ユートピア学術賞」優秀賞(「プラトン芸術論の真相と現代的意義」)。筆名・小河白道で美術評論を執筆し、「幸福の科学ユートピア文学賞」において、2013年度から2015年度まで連続入賞を果たす。
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