全国公開中

 

 

《本記事のポイント》

  • 「神の法は古くなるのか?」という根本的な問題
  • 全体主義化するイラン革命政権
  • 反革命に怯えるイラン体制側の人々

 

 

国際的に高く評価されながらも母国イランでは自作映画で政府を批判したとして複数の有罪判決を受けたモハマド・ラスロフ監督が、2022年に1人の女性の不審死をきっかけに起きた抗議運動(*)を背景に、実際の映像も盛り込みながら、イラン革命政権崩壊の予兆をスリリングに描いたサスペンス映画である。

 

テヘランで妻や2人の娘と暮らすイマンは20年にわたる勤勉さと愛国心を評価され、念願だった予審判事に昇進する。しかし仕事の内容は、反政府デモ逮捕者に不当な刑罰を下すための国家の下働きだった。

 

報復の危険があるため家族を守る護身用の銃が国から支給されるが、ある日、家庭内でその銃が消えてしまう。当初はイマンの不始末による紛失と思われたが、次第に妻ナジメ、長女レズワン、次女サナの3人に疑惑の目が向けられるように。事態は思わぬ方向へと狂い始める。

 

2024年第77回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、第97回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされるなど高い評価を獲得した。

(*)2022年9月、ヘジャブの着け方を理由に道徳警察に拘束されたマフサ・アミニさん(22歳)が、3日後に死亡した事件。その死は当局の暴行によるものとの疑惑から、イラン各地での大規模な抗議デモとその弾圧に発展。死者は約470人、拘束者数は約1万8000人に達し、12月5日から3日間のゼネラルストライキも呼びかけられた。

 

 

神の法は古くなるのか」という根本的な問題

この映画のテーマは、ずばり「神の法は古くなるのか??」という問題である。人間にとって答えようのないこの根源的な問いかけが、現代イランの若者を中心としたデモや自由化の運動と絡めて提起されている。

 

体制側の人間であるイマンにとって、イスラム革命は絶対であり、そのよりどころとなる"神の法"は、古びることのない普遍の真理である。一方、若者世代に属する娘たちにとっては、自由こそが新しい潮流であり、古びたイスラム法によって人々の自由を縛る革命政権のあり方こそ、崩壊すべきものだと真っ向から対立する。

 

このイスラム原理主義のあり方について、大川隆法・幸福の科学総裁は講演「人類の選択」の中で、その問題点を次のように指摘している。

 

現時点のイスラム指導者たちには、神の言葉が聞こえていません。ここが問題なのです。

 

もし聞こえているならば、彼らも反省したり、考えを変えたりすることもできるでしょう。ただ、聞こえていたのは古い古い『古典の時代』です。

 

その時代の言葉に基づいて現代の政治や経済を判断しようとしてもできません。なぜならば、何も語られていないからです」(『信仰の法』より)

 

そして、大川総裁は現代イスラム世界への導きとして、「イスラム教の『原理主義』は変えるべき」であり、イランに対して「西洋化してください。民主化を容れてください。それが生き延びる道です!」と呼びかけた(『地球を包む愛』より)。

 

宗教の教えにも時代適合性があり、形骸化した宗教が人々の自由や行動様式を縛ることを神は苦々しく思っておられるのだ。

 

 

全体主義化するイラン革命政権

またこの映画は、イラン革命政権が全体主義化する中で、人々の間に芽生える深刻な相互不信を描いてもいる。

 

護身用の銃をなくしたイマンは、自分の娘たちを疑い、疑心暗鬼に陥る。そして上司の勧めにより、妻と娘たちを革命裁判所の尋問にかけることにする。

 

映画の中では、イランで日常茶飯事に行われている脅迫的な尋問や、一方的な決めつけによる罪のなすりつけなどがリアルに描かれている。本来、信頼を基礎とするべき家族の中に、体制側による反体制側の抑圧という構図が持ち込まれる中で、イマンの家族は一気に崩壊し始める。

 

愛し守るべき家族の絆よりも、体制内での自分の地位や栄達を優先した結果、イマンは家族の中で孤立し、家族を裁き、痛めつける役割を演じる羽目になっていくのだ。

 

大川総裁は『法哲学入門』の中で「『人権』というものが守られずに、暴力が公然と行使されているかどうか」がその国が全体主義国かどうかを判断する基準の1つであると指摘している。

 

この意味で、イランの革命政権は北朝鮮と同等の"全体主義体制"とみなされても仕方がなく、全体主義特有の人間不信の蔓延と絶望が巧みに描かれている点に、この映画の秀逸さがある。

 

 

反革命に怯えるイラン体制側の人々

この映画で驚かされるのは、体制側の人間であることに誇りを持ってきたイマンの妻が、遠からず革命政権が反体制側のデモによって転覆され、報復を受けることに怯えていることが描かれている点である。

 

映画の所々には、スマートフォンで撮影された2022年の暴動の様子がインサートされており、数千人の怒れる若者たちが街頭練り歩き、ヘジャブを路上で燃え上がる炎のなかに投げ込み、肌をあらわにして、街を闊歩する若い女性たちの姿が描かれている。

 

そこにあるのは、自由を求める人々の抑えようのないエネルギーだ。古びたイスラム革命がやがて投げ捨てられるのは時間の問題だと予感させる。

 

モハマド・ラスロフ監督は「製作中、私と仲間や友人らはたいへんな制約を受けました。それでもなお私は、イスラーム共和国政府の検閲による介入を受けない、より現実に近いストーリーを目指しました。表現の自由の制限や抑圧は、たとえそれが創造性を刺激するものであったとしても正当化されるべきではありません。しかし道がなければ、造らなければなりません」と語る(公式サイトより)。

 

本作品の制作により重い禁固刑が下されることを察知した同監督は、昨年、秘密裡に国外脱出。28日間かけてカンヌ国際映画祭会場に辿り着き、本作品のプレミア上映に参加。審査員特別賞を受賞した。

 

イスラム革命の歪みと限界を体制側家族の崩壊する姿に象徴させて描いた本作品は、やがて本格的に訪れるイスラム圏の自由化と民主化を先取りしている点で、ある種の予言的な映画とも言えるだろう。

 

『聖なるイチジクの種』

【公開日】
全国公開中
【スタッフ】
監督:モハマド・ラスロフ
【キャスト】
出演:ミシャク・ザラ ソヘイラ・ゴレスターニほか
【配給等】
配給:ギャガ
【その他】
2024年製作 | 167分 | ドイツ・フランス・イラン合作

公式サイト https://gaga.ne.jp/sacredfig/about/

 

【関連書籍】

いずれも 大川隆法著 幸福の科学出版