油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

つむじ曲がり  (5) 

2021-10-03 17:36:33 | 小説
 きょうだいは、男三人。
 種吉は一番先に生まれた。
 「あんたは長男やからな。しっかりせんと
あかんで」
 何かにつけ、母から言われる。
 (ほんなら、えらそうにしてよ)
 種吉はそうひとり合点し、ふたつ年下の弟
Kともめごとが起きたときには、あんちゃん
かぜを吹かした。
 一番下のMとは仲が良い。
 六つばかり年が離れているからか、種吉は
かわいくてしかたなかった。
 彼が幼稚園から帰って来て、母が留守のと
きなど、よく枕もとで、ねんねんころりよと
歌った。
 すき焼きが、なによりのごちそう。
 白い脂肪のかたまりを、よく熱せられた平
たい鍋にほうりこみ、割りばしでつかみ、ぐ
るぐるまわす。
 ぷうんと脂の匂いがし始めたら、具を入れ
る。固いもの順。くじら肉やかしわ。
 かしわとは、鶏肉のことである。
 ほどよく煮えたところで、水菜やあぶらげ
を入れる。
 調味料は、しょうゆ。
 砂糖は、お好みの量。
 豆腐やこんにゃくは、すぐ煮えるから、一
番あとに鍋にとびこんだ。
 「ほら、ちょっとどいてや」
 白い割烹着を着た母が命令すると、きょう
だい三人、わっとのけぞる。
 何を一番に食べようかとそれぞれの箸を突
き出している矢先である。
 それぞれ、ごくりとのどを鳴らして、美代
の次の言葉を待つ。
 仕上げは、水入れだ。
 熱したあぶらの上に入れるからたまらない。
 水がジャアッとはじける。
 白い湯気が天井まで一気にあがり、つるさ
れた傘付きの大きな豆電球が一瞬、消えてな
くなってしまう。
 「ほら、いいよ。食べな」
 美代が、ほほえんで言う。
 鍋の上で、六本の箸が、からまる。
 まるでちゃんばらごっこだ。
 「あにき、おまえ、いま、菜っ葉の下にく
じら肉、かくして食べたやろ」
 Kが主張する。
 「あほ、言うな。そんなことしてへん。お
まえこそ、いま、食べようとおもてたの、とっ
たやろ」
 種吉が言い返す。
 「ちゃんとこの目で見てたんや」
 Kは、種吉の動作を、箸の上げ下ろしに至る
までしっかり、目に刻みつけている。
 「お父ちゃん、今ごろまだ働いていやはる。
きっとおなか空かせてはるで」
 美代がびしっと言う。
 とたんに、三人のからだが、少しちじむ。
 「あにき、おまえが一番わるい」
 Kが口をとがらす。
 「いや、おまえや。こせこせしてるさかい、
からだがいつまでも、おっきならへんのや」
 「なにを、ちゃうちゃう、おまえがわるい。
おれの分まで手を出すからや。ふん、そんな
に太ってしもて。お前の肉、しまいに食べた
るわ」
 ガラッ。
 玄関の引き戸が、突然、開いた。
 ただいま、が聞こえない。
 足音が通路でひびきだした。
 「父ちゃんや。帰って来やはった。きょう
は早いお帰りや」
 種吉が、ひそひそ言う。
 きょうだいふたり、静かになる。
 先ほど、美代がスイッチを入れた真空管ラ
ジオがようやく、うう、ううとうなりだした。
 
 
 
 
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1 コメント

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Unknown (sunnylake279)
2021-10-03 19:09:50
こんばんは。
おいしそうなすき焼きの様子が、ありありと頭に浮かびました。
鯨肉、珍しいですね。
昔おでんで食べたのを思い出しました。
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